第4話 拭えない自分(八)
(八)
闇に覆われたのは裕市の心とて同じだった。全身の体が震えている。裕市の影から召喚したビーガルだが、肉体的に連動されているわけではない。しかし、大量のサビがビーガルに群がっている光景を見て自分もダメージを受けているかのようで死すら意識した。
しかしビーガルは自身の肉体を搬送波化させてその戦場から離脱している。戦闘によるダメージは大きい。しかし今はそれ以上に心を痛めている主の下に向かわなければならない。キラキラした光を小さく放ち続けビーガルは裕市の身につけているアームレットへ帰還した。ビーガルが裕市に触れるとまばゆい光を放ち周囲を包んだ。闇に閉ざされた裕市の精神世界で彼は譫言のようにビーガルに問いかけている。
「なぜ、倒せなかった・・・?」
繰り返されるその問いかけにビーガルは声を失った。敵は無尽蔵の力を手に入れている。正攻法では倒せないが、その敵の力を利用すれば自分たちもまたそれに対抗することができる。
「そのためには君の力が必要だ。力を貸してほしい。」
ビーガルは自分が知り得ている能力を裕市に話した。映像世界のエネルギーを自分の超周波に還元して自分の力とすることである。フィルムに焼き付けられたこの世界は自分たち以外に「生命」は存在しない。そんな世界に存在するエネルギーはこのフィルムに宿る想い残留思念だということは裕市にも分かっている。現にそのエネルギーを受けて今も建屋から次々と怪物が出現し続けている。しかし・・・。
(その力は危険だ、将来そのことで多くの悲劇が生まれる。)
1986年のチェルノブイリ事故。2011年の震災に伴う原発事故とこの時代の後にいくつもの原発による事故が生まれ、産業の面でも縮小傾向が続いている。それを知っている裕市にとってはとても大和田工業のように希望を持つことはできない。その力を受け入れることは裕市にとって想像するだけで毒を直接注射される思いであった。
「なぜだ。俺の夢よ・・・俺の力になれ!」
突如として男が大声で叫び続ける。それは裕市とビーガルだけの精神世界にも聞こえてくる。裕市はその声に気付いて慌てて外へ飛び出した。現実世界で膝をついている自分に気が付くと咄嗟に裕市は体制を立て直した。顔を上げると目の前には渉の姿があった。事故の当事者でもある大和田工業の社長も最早すべてを失った廃人のはずである。
「つい先ほど、ウチの監査室長の直原から辞表の提出があったと報告があってね。」
「あのコンサルタントか?」
裕市はすぐに渉の先日の会議で渉のそばにいた男のことを思い出した。
「新しい産業としてこの事業を提案したのも彼だった。留学時代の友人の伝手で米国燃料社とも事業提携にまで取り付けた。ここに至るまで十年はかかったが、初めて自分が主導で行った産業だ。苦ではなかった。しかし・・・。」
直原の辞表は直接、渉には手渡されなかった。このことは渉に自分の友人であることが何かを隠す上っ面であることを感じさせた。その仮面の下には何があるのか。こうした事態を予期して先代社長の子飼い面々が仕掛けたのか。今となってはわからない。それでもこの事業のオトシマエは現社長である自分がつけなければならない。男はそのことをかみしめて苦笑した。裕市にはその男の言動が理解できない。
「自分が打ち出した産業が生んだ怪物たちを前にして随分冷静だな。」
「確かに、これは俺の責任だからな。これから謝罪会見で忙しくなる。」
「なら、こんなところで油売ってないで、マスコミの前に謝罪に言ったらどうです?」
「そうだな・・・。」
この状況でも新社長は明るく微笑んでいる。裕市にはその不敵さが理解できない。先の「俺の力となれ!」という激昂も含めてこの男には共有するすべはないと結論付けている。
「でもやるしかないなぁ。俺の仕事だから。」
そのことで男はさらに凛々しい表情を浮かべた。こうすることで男はモチベーションを高めているらしい。こういう時に渉はいつも言い放つのだという。「俺の力になれ!」と。世界的企業のトップである自信と責任がこの言葉に集約されているというのだ。
「・・・俺の・・・力になれ・・・。」
「え?」
裕市の思いもよらない呟きに渉は戸惑いの声を上げた。勿論こんな言い回しは裕市の人生で一度たりともない。「俺」という一人称でさえ違和感がある。しかし、この男が持つポジティブの原動力がそこにあるなら裕市はそれに賭けてみた。自分本位の言い回しだが、呟いてみると悔しいが、これまでにない高揚感を与えてくれる。今度は態勢を怪物たちが群がる建屋の方に向けて自分の言葉で発してみる。
「ぼくの力になれ!」
だが状況は変わらない。それに違和感と気恥ずかしさを覚えて裕市は唇をかんだ。
「無理をするな、裕市。お前にその言葉は似つかわしくない。」
「それでも何とかしないと。」
焦る裕市に姿を見て渉は確信した。どうやら未来はあまり景気がよくないらしい。裕市の希望の持てない姿勢は景気の良さを知らないことにある。全体的にネガティブに走る。それは元来日本人が持つ滅びの美学と相まって景気の良い行動よりも悪いことを考える方が理知的であるという格好つけた思想が蔓延している世界なのだろう。顧みて、滅びを愛する国のものとしてこの絶望下の中で「陽」をもってそれに抗う自分はビジネスマンという西洋かぶれの異端なのかもしれない。でも渉はそれでもいいと苦笑した。
「どうやら未来はあまり景気のいい世界ではないらしいね。」
渉は再度、裕市に問いかけた。
「がっかりしましたか?」
「半分ほどね・・・。」
「半分?」
「もう半分はその未来をよくしたいと思ったよ。」
「この世界であなたがそう思っても未来を変えることはできませんよ。」
「そんなことは知らない。俺はこの新しい産業に賭けている。これは大和田グループ最高責任者である私の使命だからな。」
渉はまた眼の色を変えた。裕市のような凡人にはたどり着けないオーラをまとっている。そのオーラに共鳴するかのごとく別の場所から光が注がれる。二人はその方向に対して一瞬手を覆う仕草をした。
「どうやら今のお前に迷いはないようだな、渉。」
「!」
聞き覚えのある古ぼけた言い回しに振り返る渉と裕市はその男の姿に目を丸くした。そこには後光とともに半透明化した竜馬の姿があった。
お読みいただきありがとうございます。
次回、姿を変えた竜馬の正体が明らかに!お楽しみに。