第4話 拭えない自分(七)
(七)
裕市がおそれていた瞬間、強い衝撃が裕市の背中を貫くように響かせてやってきた。それは稼働が開始された建屋が破裂したという知らせである。多量の放射能と汚染物質があたりを包んであるという。さらにそこから産み出される黒い影の存在があるという。「サビだ!」裕市は直感とともにすぐに現場へ駆けつけた。
「なんだあれ・・・。」
渉は思わず冷静さを失った。
「この世界を破滅に陥れるものです。とにかく今は逃げて。」
「逃げて!」
裕市は渉だけでなく周りにも促した。その大声に現実を知り、とにかくその場にいた人々は一斉に避難行動をとった。救援部隊が来るはずもない状況の中での現場の混乱状況は最悪だった。皆われ先にと狭い通路に人がごった返す。順番という言葉を失っていた。そんな状況で冷静さを取り戻した新社長はこの場の責任という支えを伴って唯一、周囲とは反対の裕市の方へ目線を向けている。
「あなたも逃げてください。」
「君はどうするつもりだ。」
「私はこの世界を守らなくてはならないから。」
(シャドーライザー)
裕市は影をまとい、見る間にビーガルを巨大に召喚した。本来、裕市はフィルムを修復することが目的でありながらあえて遠回りをしたことを後悔した。この記録媒体の世界に潜伏して大和田工業の社長・大和田渉に接近してこの世界の実情を知り、サビの出所を突き止めて駆除する。ビーガルという搬送波生命体に出会い特殊能力を身につけた割には不便さばかりが頭をよぎるが、それもこの一戦が片付けば全てが終わる。相手はこれまで幾度ともなく蹴散らしてきたサビの怪物たちである。いくら束になってかかろうが、ビーガルが手にした鏡棍=リヘッドラムカジョルを一振りすれば、世界は元の明るさを取り戻す。サビの根源となるコアのパーツは爆発した原子力建屋の奥に存在しているだろう。消防庁のヘリコプターよりより散布された冷却水の影響で蒸気が拡がりそのコアは見いだせないでいるが、それもビーガルが接近すれば振り払うことができる。
(でも、近づきたくないな・・・。)
心の奥で疼くものを抑えながら、裕市はビーガルの握り返した鏡棍に期待した。当のビーガルも恐れることはなく即座に相手に立ち向かった。ビーガルの敵ではないとはいえ怪物化したサビの数はすでに三十体を超えている。あまり長引かせては、この世界で異物である裕市の呼吸で酸化を招くことにもつながる。勢いをつけるためにビーガルの手にした鏡棍は一番手近な怪物に向けて振り下ろした。
だが、咄嗟に振り払おうとする怪物の腕がそれを防ぎ切った。ビーガルはすぐに態勢を立て直して敵と再び対峙したが、ビーガルにとっては想定外の事であった。最初の一振りで怪物を一蹴して二体目、三体目と続いて相手するはずであったが、出鼻をくじかれた。
(チッ!)
元々、怪物の腕は肥大化している。サビの中には亀の甲羅のように硬化した個体がいてもおかしくはない。戦士はこれまでの経験を活かして慌てず、今度はその腕を薙ぎ払って懐に飛び込み比較的肌の柔いみぞおちに向けて鏡棍を振りかざす。すると今度は見事に粉々になった。
(これならいける!)
戦いに確信したビーガルは慎重かつ確実に敵を撃破した。原子力エネルギーを取り込んでいながらもそれは記録媒体に宿る残留思念によるもの。ビーガルの武器が通用するならこの戦いのゴールも自分には見出せていた。
しかし、それを見つめる裕市の眼は徐々に険しくなっていた。ビーガルと異なり高台から全体を見渡せる位置から建屋より次々に増殖するサビの大群化に無意識に身体が震えていた。
(時間が掛りすぎる・・・。)
ビーガルが巨大化してから五分ほど経過した。それでもこれまでの『村雨行脚録』や『スポットナイトショー』での戦いと比べてまだ半分ほどであった。裕市の体感時間は建屋より増殖する怪物を必要以上に考慮してしまいこれまでの倍ほど長く感じていた。
「何をしているんだビーガル!これではキリがないぞ。」
敵は原子力エネルギーを利用してますます増大化している。この関連性に気付いたとき裕市は冷静ではいられなかった。ビーガルも今のままではコアにたどり着けないことは分かっている。そしてこの状況を打開する「術」があったが、眼下の裕市の焦る姿を見てその想いを押しとどめた。敵は目の前の怪物群ばかりではなかった。それを知って独りで怪物群に飛び込もうとする無茶をした。もはや二人の心の連携は破綻していた。
すでに百体を超えたサビの大群の中にビーガルは埋もれるようにして消えた。鏡棍を振りかざしたことによって明るさを取り戻した箇所も怪物が破壊することによって再び闇に閉ざされた。
お読みいただきありがとうございます。
ビーガルが倒れ闇に閉ざされた世界。失意の中で裕市が導き出す逆転のキーワードとは?
次回をお楽しみに。