第1話 かつてからの招待状
オリジナルSFものを創作したいと思い執筆しました。作品自体は正統派の特撮ヒーローとして考えていますが、新たな要素も取り入れているつもりです。
「どうしたんだ?だれもいないのか・・・監督!」
花島は突如として不安となり手近にいたはずの者を呼び続けた。彼は古びた農家で細々と家族を養う若者・伊助という役に入り込み周りが見えていなかった。何しろこのシーンは自身が初めてワンショットで映るシーンであることを聞いていつも以上に気持ちを高めて本番に臨んでいたからだ。そのせいかこの本番では役者活動して三年目にしてようやく「役に入り込み自分の世界に入った。」というかつてのベテラン役者が口にしていた領域にまで達したかのように感じた。
しかしシーンが終了してもカットどころか次に出てくるはずの役者が一向に現れない。そういえば辺りがカメラよりも先の空間が真っ白としていて誰一人としてスタッフの気配が感じられない。「まだ自分は役の世界に入り込んでいるのだろうか?」そんなことはない山奥の場面を撮影といえどもここは局内のスタジオである。映画どころか生放送の時代劇の現場である。本来なら監督を呼び続けたりすることは許されない。撮影中に怒られることは何度となくあったが、自分でも悪気を認めながら何も言われないのは逆に不気味に感じた。
「とりあえず掃けるか・・・。」
頭をかきながら舞台をあとにしようとしたとき、草むらの影で一人の男が倒れていた。白いYシャツと青黒いパンツを履いた青年。歳は自分より上のようだが、軟弱な顔・身体つきから自分と同業の匂いを感じ取れない。
「局内のスタッフか?」
とにかくこのセットに寝ていては困る。花島は男を抱え上げるために手を伸ばした。男の左腕には見慣れない金属の腕章が巻いている。鋭利なデザインでとても印象的だったが、花島はダッコちゃん人形のようなおもちゃの類と考え余計にこの男が幼く見えた。
花島は男を肩に担ぎ上げたとき、ようやくその男は目を覚ました。
「ゴホッ、ゴホッ、ゴホッ・・・」
繰り返し咳き込む男の姿に花島は妙な違和感を覚えた。まるで海からおぼれてから一命を取り留めたかのような様子で余計に気になってきた。この男はどこから来て何者なのか?
「おいおい、大丈夫かよ。」
「・・・すいません。お気遣いありがとうございます。ここは一体どこですか?」
「どこって撮影のスタジオだよ・・・のはずだよ。」
男はそれを聞いて目を疑ったような表情を浮かべた。庄野と名乗るこの男は辺りを見回してスタジオの周りの真っ白になった空間見た後、カメラの傍から存在するスタジオの山郷のセットを眺め何かを確信したようだった。
「まさか・・・映像の世界に入り込んだというのか?」
庄野は花島に今が昭和何年かと今何を撮影しているかを問いただした。昭和36年の3月、番組は今年の初めから放映されている時代劇の『村雨行脚録』という遠岡傳十郎主演ドラマだということを庄野に伝えると彼は確信と共に頭を抱えて落胆した。
庄野はこの時代劇のことは花島以上によく知っている。この作品は人気を博した作品であるが、生放送の撮って出しの製作展開と局の構成への資料的価値認識の甘さから現存するテープがほとんど残っていないため、当時の時代劇ファンからも幻の名作として語り継がれておりそのファンでさえも現在では幻の存在となりつつある。そんなことを花島に行っても仕方のないことだが、話をしているうちにとにかくこの場から出ることが結論として上がった。
カメラが映し出していない白い空間の先。二人がそこへ向かおうとしたとき庄野の頭に中に聞き覚えのある声が届いた。
「そこから先へは進めない。君がライブリマスターの能力を引き出さない限り。」
それは聞き慣れたものではないが庄野にとっては気を失う前に初めて呼び掛けられた声なので忘れてはいなかった。ふと気づくと自分の左腕に付けられた見覚えのない腕章が取り付けられている。腕章の中央部には赤・青・緑の宝石状のボタンが配置されており、自分が知っている失われた力を思い起こさずにはいられなかった。
そのボタンに手を掛けると庄野の体が光に包まれ赤・青・緑の発光体が1つに集まるとその三原色を基調とした特殊スーツへと変貌した。しかしそれは先程までに着用していたものと所々容姿が異なるので違和感を覚え何度も見渡した。
「これは?リマスターパーツは失われていなかったのか。」
「この空間に対応した形態にカスタムしている。君の肉眼ではそう見えるだろう。さあ、君の仕事を始めるんだ。左肩に装着されたバスターホースからスペリングチューブをこのセットの山奥の真っ白な空間に向かって放て!」
僕の仕事・・・それを聞いて庄野はここでやらなければならないことを思い出した。自分が想定していた状況とかなり異なるが、庄野は自分に問いかける声の指示に従った。
「・・・お前は、人間じゃないのか?」
庄野の変貌にすっかり置いてかれたようになっていた花島はここにきてようやく口を開いた。庄野は誰かと話をしているようだが、悪い宗教的なもので神と交信している類だと考えるとこれ以上関わりたくなかった。
「花島さん、もうすぐ本番が始まります。役に入る準備をお願いします。」
妙な鎧を纏った庄野にそのようなことを言われてもさすがに体が動かない。続いて庄野は左肩に装着されたホースの様な砲身を白い空間に向けると大砲を放つように何かを放った。すると白い部分が何かに感電しその電気が花火のごとく放射状に広がっていく。放射状のエネルギーは波打ちながら空間に振動を繰り返し与えながら、次第にその先の景色が広がっていく。庄野は大きく飛び上がり広がった景色の中心部へと跳んでいった。テレビ局のセットだというのにまるで本物の山間に向かうかの如くその姿は遂には見えなくなっていった。それと入れ替わりに回復したセットの景色の陰から一人の浪人が現れた。
「伊助か・・・お前さんには悪いが『いせ屋』の面子のためだ。死んでもらうぜ。」
正確には浪人に扮した役者であるが、花島には次の台詞を思い出すだけの余力がなかった。次の瞬間、助監督にセットから引きずり落とされ速攻で監督の蹴りが飛んだ。
「バカヤロー、なにつっ立ってんだよ!」
場面は伊助が浪人に映らないところで切り殺されたことになっていた。
「最悪の日だ。よりによってこんな時に・・・。」
ふと花島がスタジオの扉に目を向けると怒りの対象が何事もなかったかのように先程の鎧を外してセットの様子を眺めていた。花島はすぐにでも飛び出して殴ってやりたい気持ちがあったが、映画会社の専務が睨みを利かせている今はとてもじゃないが動けなかった。
庄野もその気配を察したのかゆっくりとその場を後にした。
庄野は花島も驚くほどの超パワーを身につけたが、それは自分でもまだ分かっていないことが多かった。現になぜ自分がこの映像の世界にいるのかさえも謎である。庄野は事の成り行きを整理した。庄野裕市・株式会社スコーピストの社員であり映像資料復元チーム・ライブリマスタープロジェクトのメンバーである。
ライブリマスター。失われた多くの資料的映像記録を復元する技術が進んだ現代。各社がリマスタング技術を競合する中、大手映像デッキ開発メーカーである株式会社スコーピストでは独自にライブリマスター理論を構築。その一部としてスペリングチューブと呼ばれる特殊ゲルを使ってテープの中でわずかに残された磁気痕跡を修繕させる方法がある。しかしこのスペリングチューブの取り扱いには細かな修復技術を必要とするため人間を周波数変調(事実上のミクロ変換)させることでテープ内での作業を行う。
その運用展開のためプロジェクトチームが編成された。メンバーは総合マネージメントを勤める仁王允チーフをはじめ、宝生明帆、山本秀生という二名の修復オペレーター、そして直接作業を行う技術班実行マネージメントとして庄野裕市が抜擢された。入社二年目である庄野のマネージメントとしての抜擢は本人も驚くところだったが、仁王チーフの強い推薦から自分が選ばれたことを誇りに思っている。
「実行役は大役だが君のような若手がかつての映像資料に関心を持ってもらうことはこれからこのプロジェクトを進める上で最も重要だよ。」
この一言に庄野は参加を決心する。試運転の時、社内の研究室では庄野がリマスターパーツと呼ばれる赤・青・緑のカラーリングと左肩に装着されたバスターホースが印象的な強化服のような機械を纏い、テープの映像記録復元に必要な機械の備えられていたケースの中の椅子に腰掛けていた。その横には修復するテープがセットされている。当時のテープのその大きさは修復される側であるにも拘らず何かこちらを威圧するような態度だ。
「これより試運転を始めます。」
山本の一言で機械を始動させるとケース内に特殊なウェーブが注がれる。リマスターパーツを装着した庄野は細かい振動が見受けられるものの特に痛みはなく気がつくと真っ暗な空間に一人浮かんでいた。その下には先ほどのテープが高速道路程の幅になって広がっている。
「周波数転調を確認。リマスターパーツ内異常なし。これより作業に入ります。」
オペレーターとの連絡も良好で庄野は作業に入るために右腰に装着されたカプセルを開放。するとカプセル内から透明なフィルムが広がり巨大なテープを包み込む。
「まずは9900コマで試してみよう。」
リーベストリーフ。リマスターパーツから飛び出したこの特殊フィルムは上書きされたテープの映像記録データを階層化させて各自データをリーベストリーフに貼り付ける。2分後に庄野が両腕を高く引き上げると何層にも渡って格番組の記録データが映し出される。庄野は今回の復元対象である『村雨行脚録』探して更に深い層まで移動した。途中、いくつもの番組が見受けられ当時、2インチの業務用テープ高価だったため資料的価値を無視して名作を消去した変遷が見受けられる。中には『ゲラゲラ!笑いのツボ』といった低視聴率のために打ち切られた番組もある。食べ物を粗末にしながらもつまらないギャグを繰り返す趣向のようだ。
「こんな教養のかけらもない番組のためにかつての名作は失われたのか・・・。」
そう思うと、庄野は呆れたタメ息をついた。庄野は少年時代の両親と暮らした頃の家庭を思い出した。PTA役員を務めていた母はBPOとも通じており、テレビを見ていて気になることがあればすぐにその知り合いに電話を掛けた。
「あっ、○○さん。先ほどの番組見ました?頭ポンポン叩きすぎですわ。いじめを助長しかねませんね。そう・・・。」
このとき庄野はクッションを被ってなるべき耳に入らないようにしていたが、母の言うことも一理あるようにも思えて低俗なお笑い番組とやらは避けて通ってきた。周りの友達とは話が合わないようなこともあったがそれほど彼には気にすることはなかった。元々、人と関わることが好きはなかったので今のこうした仕事にも満足していた。
復元対象となっている『村雨行脚録』はこのテープに収録してから50年ほど経過しているためさすがに磁気痕跡が薄くなっていることが確認できるたが、スペリングチューブは一世紀間の修復が可能であるため恐れることはない。左肩に備えられたバスターホースからスペリングチューブの透明なゲルが映像の欠けた箇所に向かって放たれる。磁気信号の変調作用が起こって火花のように舞い上がる。それは当時製作したドラマスタッフたちの熱意が現代の我々の前に姿を現す瞬間である。その第一号が自分だと思うと庄野は血が滾る思いだった。テープの魅力が無意識に庄野を引き寄せる。
「それ以上このテープに近づいてはいけない。」
彼の声を聞いたのはこのときだった。忠告に身体を止めたもののスペリングチューブとテープとの間の磁界は予想以上に強力だった。
庄野は自分の体が感電死するはずだった代わりに今ここにいる。テレビ局の外はいつも以上に青空が広がっていた。それは子供の頃、母の実家に遊びに行ったときの田舎の空を思い起こさせる。
「これは本当に東京の空か?」
「正確には君が修復させたことにより出現した架空のビジュアル世界。人間たちの世界で言うところの残留思念だよ。」
その声は再び庄野に語りかける。
「誰だ!どこから話しかけている!」
「すぐ近くだ。君が纏っているリマスターパーツにエネルギーを宿している。今は左肩に装着したウイングアームレット(腕章)に納まっている。」
「!?」
「私の名はビーガル。人類が映像記録をとる際の搬送波の変調を繰り返したことで突然変異を起こした超周波生命体・・・とされている。」
「どうされているか知らないが、なぜ僕の体に取り付いた?」
「もうすぐこの空間が君の存在によって錆付いてしまうから・・・。」
「え?」
庄野の疑問をよそに先ほどまで快晴の空が広がっていた街並みは茶色くひび割れた空の顔を見せる。局外を往来していたものもその様子に気付き青天の霹靂を警戒した。
しかし、ひび割れた空の隙間から飛び出したのは雨ではなく人影。飛び降り自殺か?だが違う。それは人影ではなく灰色と茶色を斑に配した怪物だった。それが相当数にも降り注ぎ、逃げ惑う群衆と併せてまるでこの世界の終末ともいえる光景だった。怪物たちは足を踏みしめるたびに周囲を怪物と同じ色に変えていった。その魔の手は庄野にも迫っていた。
「お前らは一体なんだ!」
「・・・。」
「『サビ』である奴らは人の声を聞き入れることはない。」
ビーガルはその存在を知っていた。ビーガルが取り付いたリマスターパーツを纏う庄野にはこのテープを劣化させる『サビ』が怪物視できるようになっているらしい。そして今それを活性化させているのは・・・。
「僕が奴らを呼び寄せているというのか・・・。」
「そうだ。この空間で唯一『命』を持っている君が呼吸をすることで酸化が起こる。そこに目をつけて大量に『サビ』がわいてくる。至極自然な道理だよ。」
その現実を知り、庄野はあの時と同じようにクッションで耳を塞ぎたい心境だった。だが体が思うように動かない。周りの群衆と同じようにして逃げ去りたいが奴らの出現の一因は自分にあるという現実を知った今、彼がとる結論は・・・。
「どうすれば奴らを止められる?」
「左腕にあるウイングアームレットで『私』を開放するんだ。」
庄野はあの時と同じように左腕に手を掛けた。
「ライブリマスター・・・僕はこの新技術を信頼しているんだ。だから、僕を守って見せよ!」
庄野の力強い掛け声と共に三原色の光がその体を包むと一人の戦士として『サビ』である敵の前に姿を現した。戦士ライブリマスターは左肩のバスターホースよりスペリングチューブを放った。『サビ』の数体が吹き飛び同系色と化していたその空間がモトの街並みを取り戻すも再び降り注ぐ『サビ』の増援によって再び灰と化す。
怪物たちはライブリマスターに敵意を示し続々と迫ってくる。ビーグルの指示を受けた庄野=ライブリマスターは右背部に備え付けられたリヘッドラムカジョルを引き出した。元々、ドラムヘッドを回転させることでテープ自体のクリーンアップを目的としているが、ビーガルのカスタマイズによってドラムヘッドから柄を伸ばした棍棒のような形態にして襲い掛かる敵を次々となぎ倒す。しかしこれも次々を出現する『サビ』の前では焼け石に水。ビーガルは次に浮上して空中で敵を処理するよう指示した。庄野はビーガルが戦いの最中何かを探しているようだったがそれを聞き出す余裕はなかった。
「ハア、ハア、ハア・・・。」
庄野の息切れは『サビ』の活性化を意味する。ただでさえ体力に自信がないのだから、せめて気力だけは強く持とうと思ったが、敵の数が無限と現れてはその付け焼刃も続くはずもない。遠のく意識・・・。
「庄野!仕方がないか・・・。」
ビーガルはリマスターパーツに意識を集中して庄野を引き上げた。首をだらんとさせて気絶しながら空に舞い上がるヒーローはあまり見たくない格好の悪い状態だった。
目を覚ました庄野は会社の会議室のソファで横になっていた。「今度はどこの世界だ?」と寝覚めはさすがにぼんやりとしていたが、プロジェクトチームの三人がいることでここがようやく現代であることを確認した。仁王チーフによると試運転のノルマとしていた45000コマ(約25分)の復元には成功したという。
「ご苦労様、君のお陰で予想以上の効果を獲得することができたよ。」
復元したテープをコピーして再生した映像は鮮明に映すだけでなく、それを記録した時代の温もりまでも感じ取れるほどと絶賛した。映像の温もり・・・ビーガルが言った残留思念のことか。
今回の成功を喜ぶ仁王たちをよそに庄野はマスターテープを気にしていた。あのテープには未だに自分が残したつめ跡がある。とても成功とは言えない。休息を勧められたが、とてもそんな気分になれなかった。どちらにせよライブリマスターは次回の試運転に向けて五日ほど再調整に入る。オペレーターの山本はその間カンヅメになり作業するが彼はそれを嬉々としていた。彼はプロジェクト最年少で一人でいることを好む点では庄野と同じだが、お互いに理解しがたい領域にいるようで近寄りがたく庄野としては厄介な後輩を持ったと感じていた。
翌日、庄野は同じプロジェクトメンバーの宝生と共に文化庁メディア文化課のアーカイブセクションに所属する石田真奈美と合流した。現代の映像資料の復元技術の向上に伴い政府からもその有用性が認められ開発援助の対象とされておりアーカイブセクションでは復元作業を行う各社メーカーに提供する古物資料を管理している。当の株式会社スコーピストに『村雨行脚録』の2インチテープの復元要請の取り決めもアーカイブセクションがプロジェクトの実績等を考慮して行われた。
庄野と宝生は更なる資料の提供を求めるために担当の石田の元を訪れた。テープ収録以前の撮影されたフィルムが現存していないか問い合わせるためである。『村雨行脚録』のフィルム所有者として有力なのは関係者のキャスト・スタッフ・制作会社・放送局である。だが、作品の年数の超過に伴いその発見は困難を極めている。キャストが個人的に録画したテープを所有しているケースが70年代初めから出始めているが、60年代初頭ではそうした個人的な保存の可能性が低く、当時、この作品で主役を勤めた遠岡傳十郎氏の記念館でも最晩年のテープでしか残されておらず、修復作業は現状のテープを使用するしか手立てがないようだ。
現状を知りその後様々な手続きをしたが、宝生と石田は二人で女性同士の会話をし始めた。彼女たちより年下の庄野は黙々と必要書類に書き込むだけだったが、頭の中ではテープの中身のことを気にしていた。こうして自分が何気ない日常を送る中にもあの時の怪物たちが今でもテープ内の世界を侵食しているのではないかと感じていた。庄野は一人の男の存在が気になった。
会社に戻り業務時間終了後、庄野は会社のパソコンで「花島歩」のキーワードを紐解いた。『村雨行脚録』の主役である「遠岡傳十郎」というスタアでさえ今回の仕事に触れるまでは知らない存在である中、花島歩という役者に目をつけるのは余程の映画通でも恐らくしないだろう。庄野の期待は高まった。
だが、花島歩という個人のファンサイトはなく、映画ファンが開設している俳優サイトを覗くと1962年の出演作を最後に活動表が途絶えている。
「なんだ・・・結局、売れないまま終わった役者か・・・。」
実際に花島に会ったときのあのギラギラした印象的な目を見るともう少し骨がある男かと思ったが、少し期待はずれに感じてならなかった。しかし、あの時出会った花島歩という若手役者が今後の歴史を見るとわずか1年ちょっとで終了してしまうことが分かると虚しさがこみ上げてくる。そしてその人生を自分に置き換えると・・・
「俳優なんてなるもんじゃないな・・・良くも悪くも経歴が後世まで残るんだから・・・」
五日後、再び起動のときを向かえて庄野の目は入社以来生き生きとしていた。自分の中では納得のいっていない作業を行える機会が再び巡ってきた。リマスターパーツを纏いライブリマスターを起動し周波数変調を行うと何処からともなく訪れるこの心地・・・。
「あの時と同じだ。」
庄野は前回のように気絶しないようにビーガルと融合した際の衝撃に備えて精神を集中していた。だが、それは庄野が予期していたものとは少し異なっていた。
「待っていたよ、ビーガル。」
「・・・ビーガル?どうして私の名前を知っているのですか?」
「え?だって君は前に一度このリマスターパーツに融合したじゃないか。」
「私は超周波生命体・・・人類の技術が発生させた搬送波に変調を繰り返したことによって突然変異を起こした存在・・・」
庄野はビーガルが聞き覚えのある説明をしたことに唖然とした。どうやらライブリマスターを解除してビーガルがリマスターパーツとの融合を解くと通常の周波を取り戻しそれまでの記憶を失うらしい。
「ややこしい話だ。」
庄野が溜息まじりにつぶやきながら降り立った映像の中では何事もなかったかのごとく『村雨行脚録』の撮影が続けられていた。主演の遠岡傳十郎演じる土方大治が社の外のセットで浪人と対峙している。その浪人は前回、庄野が訪れたときに花島が演じた伊助を切り殺した男である。生放送だと考えるとどうやら撮影は佳境を迎えているようだ。本番は緊張が高まる静寂の中、浪人の男が居合いによって白銀の刃が伸び自慢の長刀がその姿を現す。だが、土方はそれを間一髪でかわし、右足で踏み込んだ身体が浪人の懐に入り反撃の太刀を浴びせる。一瞬の出来事だった。戦後の時代劇役者での最高峰と称されるその殺陣は速さと重厚感を持ち合わせ、遠岡の後期の作品であってもその迫力は十分だった。担当のベテラン監督は遠岡の理想とする絵が撮れて満足げだった。
だが、庄野はその殺陣から目をそらした。正確には、斬られる側の浪人からである。現在では表現不可能な量の血が体中から吹き上がり払った刀の持ち手は在るべき場所には無く地に臥していた。
「本当にこんなになるのかよ・・・。」
目を細めて現場の様子を避ける庄野を見ていた男が頃合を見計り近寄って来る。
「おいおい、こんな事で気分悪くなるのかよ・・・血合いだよ。あの手も作り物。」
音声が拾わないようにささやく花島は自分の出番を終えてスタジオ内に残っていた。庄野は普段着の花島の姿を見るのは初めてだったこともあり一瞬と惑った。花島は今の庄野の姿を見て優越感のある表情を浮かべていた。
「仕様が無いじゃないですか。演出の刺激が強すぎます。僕の時代じゃこんな演出は青少年へ悪影響が出るからBPOに抗議がいくでしょうね。」
「お前がいつの時代から来たか知らないが、軟弱な奴だな。余程のお坊ちゃんじゃないか。」
庄野はどうしてもPTA役員だった母親のことを気にして考えるようになっていた。花島はそんな庄野の言動をあまり相手にしたくは無かった。花島がいつも以上に情熱をぎらつかせていたのは今回の主演である遠岡の存在である。遠岡が映画からテレビの世界に移ってからというものヒット作に恵まれない状態が続いている今、花島歩という存在を少しでも周りのスタッフや共演者に認めてもらいたいからである。
「養成所の時代から殺陣には自信があった。だから俺にだって。」
時代劇役者として売れたい。逸る気持ちを抑えつつ、花島は撮影中の遠岡の立ち回りを見学することに集中した。しかし、花島が後に役者として大成しないことを庄野が知っているとは思いもよらないことだろう。花島は少し哀れんだように見つめる庄野の視線が振り払いたくなるほど気持ちが悪かった。
そんな気持ち渦巻く中にも生放送の進行は続いていた。遠岡演じる土方の気風のいい決め台詞が光る。
「てめぇらの私利私欲のために何の関わりの無い一家を・・・殺しやがって・・・。てめぇらに唱える・・・念・・・ぶ・・・つ・・・なんざ必要・・・ねstんvfdか・・・らな・・・」
庄野は遠岡の台詞の擦れ具合と舞台のチラつきを見た。撮影現場全体もそれに合わせて動きが鈍くなってきている。この場面でも劣化が進行しテープが伸びているようだ。庄野は即座に左腕に取り付けた腕章に手を掛けた。
「さて、仕事、始めるかな・・・。」
三原色の光に包まれリマスターパーツに包まれた庄野は撮影カメラが映し出す方向に合わせてスペリングチューブを放った。
ガシィ!
チューブが放った先は何か別のエネルギーによる干渉が起きたかのように弾かれてしまった。だが、それにより拡散されたチューブは撮影現場全体に降り注ぎ、動きや画像が乱れていた撮影スタッフの再びその平生の動きを取り戻した。
「成功か?」
だが、庄野にはスペリングチューブをはじいた干渉波の存在を気にしていた。それは未だにセットの中心に鎮座している。球状の赤いバリヤーのようなそれは周りの元に戻ったスタッフにも確認できるらしい。
「なんだあの丸いのは・・・撮影の邪魔だ。おい、どけろよ。」
監督が助監に指示している。だが、助監たちが動く前にその球状のバリヤーはひび割れていく。そして、裂け目に手を掛けてバリヤーを引きちぎり飛び出してくる「あの時」の怪物たち。
「ぎゃあああああああああああああああああ!」
先ほどの静寂だった緊張感のある生放送時とは対照的にスタッフたちは悲鳴と共に混乱と逃げ惑いが始まった。怪物たちから逃げ遅れた人々はその手に触れられるだけで命の輝きを失い、放送終了後の砂嵐の色の変わってその場に倒れこんだ。それを見た人々によって更なる混乱が広がる。また一人その怪物の手にかかる男が・・・
「た、助けてくれ。」
だが怪物はその前に立ちふさがる大きな棍棒の前に吹き飛ばされる。
「速く逃げてください。」
庄野はリヘッドラムカジョルを手に携え怪物たちを迎え撃つ。その巨大な棍棒は引き続き怪物たちに有効だが、ひび割れた空間から無量に発生する怪物たちの対処には追いつかない。スタジオ内が劣化現象に埋まってしまい庄野は仕方なくその場での戦闘を手離した。
スタジオの外を飛び出し、この無数の怪物を迎え撃つ。そう身構えた庄野の前に複数の怪物たちが融合し50メートルほどの怪獣たちが姿を現した。
「な、これも『サビ』だというのか・・・こんな怪物は反則だろ・・・。」
怪獣化した『サビ』が放つ光線で周囲の市街地一帯は高度経済成長期の勢いを失い一挙に風化してしまう。庄野が対抗しようにも次々と出現する等身大の『サビ』の怪物の対処に精一杯で巨大な敵の前に近づくことさえできない。
「このまま、この映像内が『サビ』化して修復できなくなる・・・。」
「しかしビーガル、この状態でどうすればいいんだ?」
崩壊するこの世界の中で自分の生命さえも危機と感じたとき、庄野の脳裏にかつてビーガルが何かを探している仕草をしていることを思い出した。
「ビーガル、そういえばあの時、君は何かを探していた。あれは一体何なんだ?」
「私が探していた。分からない。私が超周波生命体として流動している際は常に搬送波の影響を受けて、このメモリは常に変化する。そのとき得る情報もあれば抜け落ちる情報もある。」
「そんな・・・。」
「だが、今の私にも持っている記憶がある。」
そう語るとビーガルの意思としてリマスターパーツの左腕に装備したウイングアームレット(腕章)に手を掛ける。
「ライブライザー!」
ビーガルの掛け声に呼応してウイングアームレットが庄野の知らない輝きを放つ。その光は周りにいる『サビ』を怯ませリマスターパーツの背面部分から一人の男が飛び出した。黄金色の王冠や薄い鎧を身に付けてはいるもののそれは紛れも無く庄野であった。
「これは・・・?」
「これが私が持っている情報。リマスターパーツの装着者を解き放ち私の力でリマスターパーツを動かすことが可能となります。」
「解き放たれた僕はどうすれば・・・?」
「特殊な超能力を発揮できます。残念ながら『サビ』と戦う力はありませんが、その力が必要とされたとき、自ずとその力を引き出すこととなるでしょう・・・ショーコマンダーとして・・・。」
「ショーコマンダー・・・僕の力・・・。」
「ただし、その活動時間は10分間。それを過ぎるとあなたは二度とこの記録媒体の中から出られなくなります。」
ビーガルの脅しとも取れる宣言は一瞬、庄野の顔をゆがませたが、崩壊していくこの世界の中では逃げ出すという選択はなかった。更にビーガルはこれら『サビ』に対抗する方法があるという。それを得るために庄野がやってきた撮影用カメラが必要だという。それを持ってくるためにショーコマンダー=庄野は再び撮影スタジオへ向かった。
「頼むぞ庄野。その間、私がこの『サビ』を引き付ける。」
かくして戦いが開始された。撮影スタジオへ向かったショーコマンダーは無人となり歪んだ空間の中から横たえた撮影カメラを発見した。
「これで奴らと戦える。」
カメラの無事を確認し担ぎ上げたショーコマンダーはひとまず安堵した。
「ふぅ・・・。」
だがそのため息に呼応してひび割れた空間から再び二、三体の怪物が飛び出してきた。
「そういえば、僕の呼吸に反応するんだっけ・・・。」
しかし、ビーガルにリマスターパーツを預けた今の庄野では奴らには対抗できない。『サビ』に四方を囲まれまさに絶体絶命のとき手元の脚立を抱えその怪物に向かって振り回す無謀な男が現れた。振り回した脚立の先が『サビ』に命中するもののそれを物ともしない怪物は男に目をむけその脚立の柄を掴むとその手から劣化現象が始まる。男は思わず脚立から手を離した。『サビ』からの包囲網から脱出したショーコマンダーが男を目視したときそれは見覚えのある男だった。
「花島・・・さん?」
「お前は・・・庄野じゃないか。今度はなんだ、その格好は?」
「こいつらを駆除するためだよ。君こそどうして?」
「なんか許せなくなってな。こいつらのせいで世界全体が腐っていきやがる。なら戦うしかないだろ。」
花島は今度は手近あるスタンドを畳んで身構えた。
「あなたじゃ無理です。逃げてください。」
「俺はな、新潟にある酒屋の跡を継ぐのが嫌で上京してここまでの役を得たんだ。今更ここから逃げろだと?俺は撮影場所を生きがいにしてきたんだ!今更逃げられるか!」
「そんな熱くなっちゃって・・・。」
庄野は花島のヒーロー然とした姿を煙たく感じた。だが、ショーコマンダーとして身に纏った羽衣が白く明滅して反応している。「その時」が来たというのか?ショーコマンダーは抱えたカメラを再び下ろして、『サビ』から掻い潜りってセットに残っていた浪人用のタケミツを手に取った。
「花島さん、受け取るんだ。これがショーコマンダーとしての僕の力・・・戦う力を授けます。」
花島はスタンドを放してショーコマンダーが手渡すタケミツを手にする。ショーコマンダーはその手を覆い瞑想するとその力を刀に集中させた。するとそれまでただのタケミツでしかなかった刀が見る見ると黄金色へと変化していく。この刀を持っていれば怪物に対抗できるらしい。
「あなたの言葉を信じよう。ここを守って見せろ・・・。」
「あ、ああ・・・。」
ショーコマンダーはこの場を花島に託してビーガルの元へ向かった。花島はこれが庄野との最後の会話だと気付くのはしばらく経ってのことだが、後に庄野との数奇な出会いを考える中で最後になぜ淡白な返事しかできなかったのかと後悔することがある。
花島は半信半疑だった黄金の太刀を一振りすると切っ先にクリーニング機能がついているらしく怪物は苦しみながら次々と消滅していく。だが怪物は増殖を繰り返していく。
「きやがったな・・・でもこれなら戦えるぜ!」
花島はある種、夢がかなったような心地がした。自分が憧れていた時代劇スタアと同じく理想的な殺陣を舞っている、そう感じたからだ。スタア気取りかもしれないが、このときの花島には生きることへの執念と相俟って嘗て無いほど『スタア役』に入り込んでいた。
勿論、テレビ局外でもリマスターパーツを身体にして『サビ』と戦うビーガルの姿があった。だが、リヘッドラムカジョルを振り下ろし続けるその力にも限界が迫っていた。
「このままでは、私も『サビ』の餌食になる・・・何とかしなければ・・・。」
ビーガルの力が限界に近づいたとき、待望の男が撮影用カメラを肩に抱えて局の玄関先にようやく現れた。
「ビーガル、遅くなってすまない。」
『サビ』の猛攻を縫ってビーガルにたどり着いた時、出会った頃にはないショーコマンダーの必死な形相を見てビーガルは決意した。
「庄野、私は君と再会する前の自分を知らない。フォローを頼む。」
「そうだね、君が何を探していたのかまだ分からないが、ビーガル・・・ここを守ってくれ。」
「了承した!」
するとビーガルは巨大な『サビ』に向かって戦闘体勢をとった。それは一見すると無謀ともいえる光景である。それをカメラに収めるショーコマンダーはファインダーを覗き込みフォーカスを調整している。
「よし、今だ!ビーガル。」
「メガ・ライブライザー!」
カメラから光が照射されるとリマスターパーツは巨大化した『サビ』に合わせてその身体を引き伸ばした。サビ怪獣たちはその巨大戦士に目を見張りながらも警戒し、あるものは威嚇した。しかし、ビーガルは巨大なリヘッドラムカジョルを振り回して徹底抗戦の覚悟だ。その棍棒は巨大化すると一段と迫力を増して、この時代ではまるで東京タワーを引き抜いたようだ。
「いくぞ!」
ビーガルは立ち向かうが怪獣たちは一斉に火球のようなどす黒いサビを放ってフクロにした。だが、ビーガルはリヘッドラムカジョルを高速回転させてその魔球を振り払う。両者は一定の距離をとったまま次の攻撃の機会を窺うために緊迫した。
「庄野、何処だ。私が探していたのは?」
「分からないよ。前の時の君は『それ』を探すために上空を飛び回ったりしていた。」
「・・・上空?」
「あの時もこんな『サビ』が増殖していたときだった。ひょっとしたら『それ』を見つけることでこの劣化現象を抑えることができるかもしれない。」
「それが、奴らの核となっているということか・・・了承した。」
ビーガルは『それ』を求めて上空へ飛び上がった。それが何かは分からないが、それを見つけなければ、この無限なる戦場を食い止めることはできない。
それに無限なる戦闘を行っているのはビーガルだけではない。依然としてテレビ局内のスタジオでは『スタア役』としての花島の殺陣が続けられていた。怪物は次々と出現するものの、花島は役者として「監督からのカットがかかるまではその芝居を続ける。」ようにと
意気込んでいた。
「まだか、まだなのか?」
ビシィ、ビシィイイイイイイイ。
黄金色の切っ先が確実に怪物たちを仕留めるものの、それを持つ腕の握力が落ちてきたのか徐々にその音も鈍くなり、切れ味が悪くなっていくことを花島自身が感じてきた。
「監督のカットがかからない・・・駄目なのか?俺はもう限界だ・・・。」
力の無い呟きと共についに黄金の太刀を手放してしまう。動けない身体の花島の眼前に群がる怪物たち。
「俺もここまでか・・・。」
霞み行く眼をサビ付いた手が覆うとするが、スタジオ入り口から勢いよく駆け込んで来る何かが花島が手離した太刀をとって怪物たちを電光石火のごとく吹き飛ばした。
「おい、気を確かに持て!」
その呼びかけは紛れも無く遠岡傳十郎その人だった。彼もまた自分が生きる撮影所が汚されることが許せなかったのだろうか?だが、花島にとってそんな理由はどうでもよかった。目の前に映る遠岡の颯爽とした活躍は嘗て自分が憧れていた映画館で見た時代劇スタアそのものだったからだ。ここしばらくテレビドラマの台頭で低迷を余儀なくされていたが、その殺陣は円熟味を増して貫禄十分。何より花島が絶体絶命に在って寸でのところで自分を救ってくれるところは時代劇の王道・・・。その時花島は感じ取った。
「この人には・・・勝てない・・・。」
この世界の崩壊、そしてショーコマンダーのタイムリミットが迫る中、空中でリヘッドラムカジョルを振り回し戦闘を続けながらもその様子は行き詰まっていた。バスターホースから放たれるスペリングチューブは残存弾数を打ち尽くしたものの増援する怪物たちを止める手立てにならず、一方のショーコマンダーも建物内に身を潜めながら思案をめぐらせていた。
「全てのものは劣化していく中で本当に『それ』は存在するのか?」
ショーコマンダー=庄野が周りを見渡しても今以上にビルなどが無い時代では虚無のようでしかなかった。在るのはただ広がる青い空・・・。
「青空・・・?太陽は未だに天高く輝いている。馬鹿な、『村雨行脚録』の放送時間は夕方の18:00〜19:00だ。なぜ、正午のように太陽が真上にいるのか?」
そうなるとするべきことを導き出す事は簡単だった。
「ビーガル、太陽だ!あの太陽が核の役割をしている。」
「そうか、ならば私のウイングアームレットを使え!あの太陽を破壊する。」
リマスターパーツ左腕に備え付けられたウイングアームレット(腕章)はリマスターパーツを制御するだけのものではない。巨大投影した際、ショーコマンダーが乗るバイク上のビークルに変形する。そのビークルがリマスターパーツの腕を伝って放たれるときライブリマスターの最後の攻撃となる。今まさにこの映像を劣化させる『サビ』の核を破壊するためにショーコマンダーがウイングアームレットに向けて飛び上がった。バイク上に変形したウイングアームレットに乗り込んだ庄野は小声で呟く。
「これですべてが終わる。」
安堵と共に一息つくが、次の瞬間その目は核に向けて鋭くなる。ビーガルはゆっくりと標的に向けて左腕を伸ばした。
「これが僕たちの最後の攻撃だ、行くぞ。プライマリーバスター!」
マシンに変形したウイングアームレットがビーガルの左腕を駆け上がりその摩擦と共にエネルギー化して核に向かって飛び立つ。その光弾が太陽に模した核に接触したとき、巨大な爆発と共に解き放たれた光は錆付いていた世界を包み、怪物たちを一掃していく。核のあった上空から庄野は世界の再生を見届けるとその記憶も光色に染まっていく・・・。
庄野が気付いたときにはテープは早速、文化庁アーカイブセクションの手によって回収されておりリマスターの作業が進められていた。といえどもスペリングチューブの復元精度は予想以上のようで殆どブラッシュアップする箇所が無いほどでリマスタング担当者も驚いていた。
「当然だ、僕があれだけの苦労掛けてやってきたんだから・・・。」
庄野は夢とも現実ともつかない状態から回復するためにもう一日だけ休暇を申請した。
二日後、庄野は宝生と共に文化庁を訪れた。『村雨行脚録』の修復完了に伴い利権手続きの立会いに呼ばれたためである。面倒くさい話だ。肖像権の関係上、当時の出演者である遠岡のプロダクションなどを含め交渉する必要があるからだ。ここで庄野は答辞に赴いた際に出会った『あの男』のことが気になった。
「花島歩・・・?」
アーカイブセクション担当の石田は首をかしげた。今回、初めて復元されて映像の中にワンショットで映っているシーンがあるとはいえ、パブリシティーに影響の無い人物である。石田はそばにいた映画通と謳われる河野というセクションの係長を呼び出した。
「その名前・・・若いのによく知っているね。」
庄野はまさかこのことで褒められるとは思わなかったが、河野が放つ脂ぎった見た目からあまり話しが合わない男と感じ取っていたので、同じ映画通として見られたくなかった。
河野は個人的興味で花島に関して映像が見つかったことで彼の遺族にその旨を伝えたようだ。本名・木本大介は役者を引退した後、実家である新潟の酒屋を継いだとのこと。妹の木本幸恵が言うには引退後、兄は家族との軋轢を生んだ役者業に関して語ることは無かったという。幼かった幸恵も兄が戻ってきたことが嬉しかったのでそれ以上思うことは無かったが、今は兄の軌跡を見直したいとその考えが変わってきたという。
時代が移り行く中で『村雨行脚録』という作品が与える影響は次第に薄まっているのかもしれないが、今回復元したことでちょっとした人の気持ちを動かせたことが分かり「自分が命を掛けることも悪くないな・・・。」と庄野は『村雨行脚録』の試写で使命感というものを感じつつあった。
-第一話終わり-
投稿自体が結構前なので、いずれこの話もブラッシュアップする予定です。