第4話 拭えない自分(三)
(三)
数分後、場面は切り替わった。裕市が事前に視聴した映像を思い出すと大和田工業の社内のようだ。太くて重そうなスーツを着込んだ男たちがおよそ十人単位でずらずらと一つの扉に向かって入っていく。太めのスーツのせいか、皆一様に威厳と重厚さを醸し出していて裕市も思わず一歩ひいてしまう。何とか体勢を立て直して裕市はその人の流れに乗って皆が向かう扉の先に入ろうとした。だがその考えは扉の前に控えている警備役に止められた。
「今日は重役会議ですから関係者は立ち入り禁止です!」
警備の男の力は強く、激しい口調とともに大きな掌で裕市を振り払った。「さすがに、この服装では無理があったか。」と先日、明帆に選んでもらった服を着てきたことを後悔した。追い返された際、裕市は少しだけ扉の先の様子を垣間見た。それは紛れもなく事前に原版確認した一場面と同じ大広間があった。スーツの男たちに交じってカメラを抱えたマスコミ関係者も入っており、彼らは緑や青の腕章をつけている。今更マスメディアと偽って手続きを踏む余裕はない。裕市の戸惑いをよそにその大広間へ通ずる扉は時間となり警備役の男によって閉ざされる。それと同時に黒い煙を裕市は見た。
(あの闇は・・・やはり焦げ付きか)
裕市の懸念は間違いなかった。扉の隙間より溢れた出た煙幕はやがてニュース映画の映像で使われるその場所を覆い隠していく。与えられた映像資料には冒頭二分間はフィルムの焼き付きがある。保存設備が万全でなかったこともあり。リール缶よりだらりと垂れさがったフィルムの端はそばにあったアンプ機材の高熱の影響で変色してしまったという。今回のプロジェクトでも重要度が高いものだ。しかし、今の裕市のいる場所からは暗中を伺い知ることができない。
(ビーガルを呼び出すべきか。)
多少強引だが裕市にはこの手しかない。そう思って左の腕章に手を掛けようとした。
「君、この中がみたいの?」
妙な男が話しかけたので、裕市は先の行為を取りやめた。男は中にいる重役たちと異なり作業着のような動きやすい服装をしている。腕に腕章があるわけでもない。
「何のことです?」
「従業員の割には熱心だね。なら居場所があるからついてきて。」
話しかけてきた男もまた強引だった。それに飄々としている。目の前に徐々に広がっていく闇が見えているはずである。まだこの世界になれていない。裕市はマスクをする余裕もなく。男の腕に惹かれて会議場に足を踏み入れた。
だが男に嘘はなく、会議場のそばにある階段を伝ってその場所が覗ける踊り場が広がっていた。西洋の建築技術を取り入れているこの会館ではそうした階層に数えられない遊びのスペースが多く存在している。土建屋上がりというこの男はこの会社に出社するたびにこうした建物の構造に自然と興味がそそられるらしい。その性分は今の裕市にとってありがたい。
「ここからなら見えるはずだが、あれ、おかしい、停電かな?」
男が案内した踊り場では会議場を見渡せる小窓が一つ存在していた。裕市はその中を覗き込んだが、やはり闇があふれていた。
「フィルムの焼き付けが進んでいる。」
「酒焼けか?確かに営業部長の平川は昨日も呑んでたと思うがな。」
とぼけた男は差し置いて、裕市はビーガルに問いかけた。搬送波生命体が収められているウイングアームレットを議場にかざすと暗転しながらも中の人影が微かに分かる。男の言うように停電のような状態だった。この人影の輪郭が見えなくなると闇と同化してしまいフィルムの修復は二度と不可能になるという。
「これならまだ大丈夫だ。アームレットをかざしてくれ。」
「修復方法を知っているのか。」
「たやすいことだ。」
小窓が開閉式なのを確認してそれを広げ、そこから手を伸ばす。掌にはアームレットより取り出した抗菌性の階層分割シートを広げる。シートは議場の高い天井に展開されて全体を覆う。そしてアームレットをかざすと光が照射された。するとフィルムの焦げ付きはみるみる上空のシートに貼り付けられ、元の議場の明るさを取り戻していく。フィルムの焦げ付きの対策方法はリマスタープロジェクトでも頭を悩ませていただけに裕市にとっては思わぬ収穫だった。
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新たな世界の大和田工業内にうごめくものとは?
次回もお楽しみに。