第4話 拭えない自分(一)
お読みいただきありがとうございます。
裕市が訪れる新たな世界は?
次回もお楽しみに。
(一)
秋晴れの皇居を望める麹町はこれまでの静寂さを振り払うかのごとく多くの人が列を成していた。老若男女問わずできた人だかりの足先は本日、新たにオープンした複合のショッピングモール『モーリアコージー』に向けられていた。スリットのような外柱がいくつもいくつも連なった独特な外壁はプリズムのように注がれ、外でオープンを待ち兼ねる人々にも飽きさせない美しさを与えた。
「うわぁ、素敵!」
リマスタープロジェクトのラボメンバーである宝生明帆はいかにも女の子らしい純粋な声を上げた。それを見つめる庄野裕市もその微笑みにここへ誘った甲斐があったと感じる。とはいえ明帆は常に仕事場でもにこやかな笑顔を振りまいている。内心は何を考えているか知れない。確かにお互い休みの日になれば、それとなく外出するタイプだが、ショッピングモールオープンの口実に二人での時間を作ってくれたのは何かあるのではないか。
(次はどんな手で騙してくるのかな。)
そんな思いを念頭に置いているがために男は徐々に無言になり周りの風景ばかり気にしてしまう。
「庄野さん、何してるんですか。」
「あっ、ごめん・・・。」
『モーリア』のオープンの瞬間を裕市は見逃していた。気が付いたときには辺りは戦場と化していた。女子高生グループも仲睦まじいカップルも親子連れも銘々に目的の場所に向かうために体裁も振り払って駆け出した。その流れに押され明帆と距離ができてしまい裕市はあわてた。気を取り直し当初の目的である2つのアパレル店に入って何とか限定品を手にすることはできた。4階のストーンベリーパンケーキのパフェに入るまで淡く期待したロマンティックな出来事はない。それでも女は笑みを絶やさなかった。
(きっと呆れているのだろう。)
席に座ってオーダーをした時その予感は的中した。
「遅い。」
「不覚を取りました。」
裕市はペコリと頭を下げた。
「庄野さんここ来るのは初めてじゃないんですか。」
「初めてですけど。」
「その割には感慨深げに外ばかり見てますね。」
そう言われて明帆がいるにもかかわらず、またしても窓の外を見つめた。そしてようやくその景色を思い出した。
「ここら辺で大きな建物というと以前はテレビ局の社屋があるぐらいしかなかった。勾配のある坂の脇にはいくつもの小さなビルが立ち並ぶ閑静なオフィス街というほかなかったが、そんな古いしがらみにとらわれちゃいけないなって・・・。」
過去の世界を訪れたことを思い出して呟く裕市はふと我に返り目の前の明帆を見た。いつも通り微笑んでいるだけで変化がない。「しまった。」と心のうちに反省した。
「ごめんなさい。」
表情は変わらないものの明帆には今の裕市が放つ壁を感じていた。瞬間的だが異性としてもみてはいる。庄野裕市という男もそれほど悪い顔ではない。明帆から見て裕市の眼もとと口元を手で押さえてみれば、案外好みの顔ではあった。
「やっぱりそうか・・・周りが見えてない。」
「周り?」
とぼけた裕市に明帆が一つ年上の先輩として少しだけ胸を張った。
「庄野さん、最近一人で抱え込みすぎてない?」
「仕事のことならいつも助かってますよ。」
「また誤魔化す。」
「なぜ?」
「確かに私はこのプロジェクトのラボの助手の立場だから、重要性が違うかもしれないけど、同じチームなんですからね。」
「だから、いつも助かっているって・・・。」
「そういうことじゃなくて。」
明帆は心を閉ざしている(ことに気付かない)男にこれ以上何を言っても無駄だと悟った。今日、同じ目的地に立っていながら最新スポットを満喫する自分に対してこの男は過去の息吹を感じている。しかし、裕市という男がこれ以上、今の仕事にのめり込んでいくことに不安感がつきまとう。それは他人からすると見捨ててもいい感情かもしれないが、明帆にはそこにとらわれてしまう悪い癖があるようだ。明帆には以前の失恋を思い出していた。食事を終えて店を出た時、ふと強い風が吹いた。
(そういえばあの時も強い風が吹いてたっけ・・・)
四月の新生活から慣れない仕事に苦しみ揉まれ、仕事がうまくいく糸口をつかみいくつか成功をおさめ、一つの落ち着きができる。自分はその時に異性の良さを見出すらしい。それがちょうど秋ごろか。
「次もまた、一緒にこういうところに行きませんか?」
裕市はふと問いかけるが、
「えー?おことわりします。」
女は微笑しながら答えその店の会計をこのデートの手切金として支払った。
(そりゃそうだよな。)