第3話 アイドル忘却化指令(十)
(十)
その後の作業は順調に進んだ。ビーガルの特殊能力を使わず、赤星聖也をストックして抱えることもないので気持ちが軽い。過去に未練を持たない前向きなアイドルの姿勢に感化されて、裕市はまた一つ仕事で成長できた。今回のプロジェクトが予定よりも早く終えたことに依頼人の香坂ヨシオは大変満足だった。試写室でプロジェクトメンバーとともに完成版を見終えて男はだれよりも興奮の声を上げている。
「素晴らしい。ここまで僕の理想のものを作り上げてくれるなんて。」
「今回は初めてのこともあったので戸惑うこと真ありましたが、そこにいる庄野技師をはじめ皆が一丸となって予定よりも早く仕上げることができました。」
「君が直接オペレーションしてくれたんだね。感謝するよ。」
香坂は仁王から紹介された裕市の手をとり、何より感謝した。しかし、裕市は香坂の笑顔を見て同じような表情ができなかった。この映像が後に流通素材として使用されるからと言ってなんになるのだろうか。ネットでは芸能界に関しての黒いうわさが飛び交っている(真偽はともかく)。このような小細工で騙せるのは、そうしたものを利用しない一部の高齢者ぐらいだろう。製作者と視聴者の溝はさらに深まるばかりで益々この世界は斜陽していくだろう。
裕市はそのことに軽く笑みを浮かべて、思い出したかのように香坂に告げた。
「そういえば、赤星聖也は消える目にこんなことを言ってましたよ。」
「ほう、なんだね?」
「・・・賞味期限切れだといわれようが、俺は負けない!」
その一言に香坂は激高した。何を言っているのかわからないほどだったが、やがて恐怖したかのように消沈してこの場を去った。まさか当時、自分の頭の中で思っていたことをこの男、いや赤星聖也に見透かされたようで裕市の低い声にぞっとした。そのことで特に大きなトラブルはなさそうだが、そのやり取りを見てチーフの仁王は咎めた。
「おい!あまりクライアントに失礼なことするなよ。」
「これでいいんですよ。赤星聖也との約束ですから。」
事情がよくわからない仁王はこれ以上突き詰められなかったが、仁王自身も今回はあまり気分のいい仕事だったので、とりあえず今回のプロジェクトを終えたことの安心感に浸った。
『赤星、引退』
『完全引退、以降は未定!』
スキャンダルで有名になったアイドルの引退ということもあり、当時のその日に芸能面の一面を飾ったが、いまや事務所の新たなグループである雷神がアイドル界の中心とっていることもあり、翌日のワイドショーは別のニュースになっていた。
この日も馬暮は妹の付き添いで雷神のコンサートを訪れたが、手には赤星引退の号外を携えている。
「引退したか・・・惜しい男だったが、その方がいい。芸能界は闇ばかりだから。」
馬暮はひとり呟いた。馬暮は芸能関係者ではないが、知ったような口ぶりだった。その上、赤星は大きく悲劇を味わった。そのことが馬暮にとって大いに好感を覚えた。結局のところ歌や演技の上手さというあいまいな尺度では評価しない。どれだけ、不幸な人生を重ねていくか。そのことが、馬暮には重要だった。この男は、また不幸を求めてまた歩を進めていく・・・。
-第三話終わり-
お読みいただきありがとうございました。
第3話はこれで完結です。
次回、裕市の新しい物語がスタートします。
第4話「拭えない自分」をお楽しみに。