第3話 アイドル忘却化指令(九)
(九)
(おれたちは用済みか・・・)
そんな思いが赤星の脳裏をよぎった。落胆していく赤星を見て、裕市は言葉を詰まらせてそっと目を閉じて、前髪で目元を覆い全身でうつむきながら影を作った。
(シャドーライザー)
裕市は憤る気持ちを影に託し、ビーガルを召喚した。漆黒の戦士が地面の影より這い上がる様は初見となる香坂たちを大いに驚かせた。戦士とは言えどもこの空間はそれまでの世界と異なり新しく傷や汚れといったものはない。戦うべき対象はいないが、ビーガルには裕市の意思で命ぜられたことがある。「承知した・・・。」そう返答した後、先に赤星に向けて放とうとした行為を香坂たちに向けてその腕を伸ばした。
「何をする気だ。」
「君の怒りの願いをかなえてあげようと思ってね。」
裕市はビーガルにこの記録自体を消滅させるよう命じた。赤星聖也を九体ストックしている状態ではこれ以上はどれかを消去するしかない。自分の怒りを暴力に変換できる手段がない以上、若者の衝動的選択はより猟奇的なものに走った。ビーガルはその流れに従って命令通りの光をたぎらせる。
(この世界そのものを破壊する気か・・・)
その時、赤星は裕市が香坂の使者ではないことを認識した。そしてすべてを破壊する魔神だということが分かると何もかもが納得できた。「すべては終わる、これでいいのかもしれない。」というあきらめという選択に赤星は手を掛けた。
ビーガルに充填される光の収束を見て香坂と宮下は発した唾を飲み込めずにいた。「赤星は死神と契約している。」という思いが二人にもよぎった。香坂はこの世界での成功は神がかり的なものを感じていたこともあり、その功罪をすぐ見えざる者にゆだねる傾向にあった。そう考えれば、赤星がこの密会の場所を突き止めたことにも合点がいった。それを受け入れた時、震えが止まらない宮下とは対照的に再び一呼吸整え下をうつむきその死を受け入れるかのごとく正面に坐した。
その無防備さを目の当たりにしてしまうと、赤星はどうも調子がくるってしまう。そうなると自分がこの忌々しい相手を消した後のことを考えてしまう。自分がアイドルとして残ったところで、自分が芸能界という大海原に孤独に彷徨う姿を想像して鳥肌が立った。
結果的に赤星は裕市の肩に手を掛けた。裕市と出会ったとき、彼自身が自分を消滅させるのをためらっていたときと同じ感情が、赤星の中にもあふれた。ほかの誰かが先に怒りの感情を表されると反射的に落ち着いてその場を取り持つように赤星は反射的にその場を抑えようとした。裕市という男がそこまで計算して行動しているとは思えない。だが、赤星にはその方に回ることで気持ちが落ち着けた。
「やめよう・・・。」
「えっ?」
裕市は怒りの鎧をまとい正気を取り戻した。
「それだったら、俺を消してくれればいい。もともとそれが君の仕事だろ?」
「赤星・・・。」
赤星の眼を見据えて、この男がこの世界へのあこがれの輝きを完全に失っていたことを裕市は感じた。そしてこれ以上何も言えなかった。それを察するかのごとく漆黒の戦士は姿を消した。
お読みいただきありがとうございます。
戦いは終わった。その果てで裕市が導く答えとは?
第3話もいよいよ完結!次回もお楽しみに。