第3話 アイドル忘却化指令(八)
(八)
たどり着いた店の個室の扉を開けると、香坂と引き連れた雷神のメンバーのほか、意外にも水原アカリの所属事務所社長の宮下の姿があった。デビューのお祝いの豪華ディナーが目的だった雷神のメンバーはともかく、トップの二人にとっても今日、陥れた赤星がこの場所を嗅ぎ付けるとは予期していなかったので、魔法に駆けられたかのように硬直した。一網打尽とはこのことを言うのだろう。しかし、対峙した香坂たちを前に裕市と赤星は打ち据える術を持ち合わせていなかった。そのことを理解して赤星はなお憤る気持ちを座席正面の宮下に向けて訴えた。
「宮下さん、あんた知っていたのか。アカリが結婚していたなんて。」
「芸能界で生き残るためにはいろいろあるんだよ。」
水原アカリは赤星と知り合う前、すでにとある広告代理店の取締役だった男と結婚していた。グラビアの仕事も順調につかんでいたのも陰でそうしたつながりがあったからだと、赤星は合点がいった。そして香坂の依頼で、トラップとして赤星に近づいたのである。水原アカリもそのことを快諾した。グラビアで仕事をするにもそろそろ限界であることを悟っていた。「そんなことで仕事になるのか?」と水原の事務所社長の宮下も当初は疑問だったが、この暴露ネタを週刊誌等に売り込むことで得る報酬の方が表立ったタレント活動より遥かに利益があり需要があることが分かった。現に水原アカリは事務所から独立して二度と赤星の前に現れることはなかった。
思い返して憔悴する赤星の方を抑え、今度は裕市が身を乗り出す。
「なぜ・・・この男を陥れるようなことをするんですか。」
「なぜって、君はもう期限切れだからねえ・・・。」
思わず興奮した裕市の問いかけに香坂はあっさりと答えて煙草をふかした。馬暮の妹の嗜好ように常に時代よって変化し、それに伴って取捨される。
だが社長の言葉に裕市は違和感を覚えた。赤星は当時まだ二十三歳で見た目は今からすると脚も長く大人っぽい印象を受けるが、それでも自分とそれほど変わらない若者である。後年、そこにいる『雷神』も三十代になっても未だ第一線でアイドルとして続けている。それならRA BEATzにもまだまだ伸びシロがあるはずだという感覚を裕市は現代的に考えてしまう。
だが、当時は二十代半ばで解散するグループが多く、その儚い時間の中で結果を残さなければならない。RA BEATzのデビュー十周年というイベント期を来年に控え、香坂はこの成熟したグループの岐路を見据えていた。雷神は平均年齢十五歳のグループで半数が中学生である。芸能界を一つの巨大な生物とするならばその生命を維持するために常に新陳代謝が行われてきた。スタッフ、キャストは常に若く新鮮なものを好む。もっともそうした好み、需要は視聴者、購買者といった大衆のニーズであるから、人それぞれが持っている、若く、新鮮なものを好むという生物としての本能的要求が高まったにすぎない。ともかくRA BEATzはそんな巨大生物の中で老廃物になってきた。ただそれだけのことである。
お読みいただきありがとうございます。
全ての真相を知った裕市たち、憤りの先に待つものは?
次回をお楽しみに。




