第12話 世界が劣化するとき(三)
それから、日を改めようと石田は提案した。仁王と祐市はそれに従うしかなかった。
約束の日、再びメディア文化庁を訪れると石田女史と共に並ぶ馬暮の姿はまさに紳士そのものだった。にこやかにこちらを迎え入れる一礼に祐市は腹立たしさを覚える。
「はじめまして、私は馬暮紘一と申します。搬送波生命体です」
「馬暮さんには今回の超常現象のアドバイザーとして参加していただいてます」
石田女史もまたにこやかな表情に祐市の不審はさらに強まった。祐市はいてもたってもいられず馬暮に駆け寄り胸ぐらをつかんだ。
「馬暮、君はいったい何を考えているんだ?」
「考えもなにもないよ。この世界と人々を救ってあげようと言うのだ。決まっていることだろう?」
「救うだと?!」
「そうだよ、既にこの世界にはサビによる腐敗がすすんでいるんだ。フィルムの世界と同じく放っておけばやがて劣化する。それに対処する提案を持ってきたんだ。救世主以外の何者でもないだろ?」
「何を!」
憎しみの形相を見せる祐市をみかねて仁王がその顔を手で塞いだ。
「庄野もういい」
「チーフ・・・」
「まあ、立ち話もなんだから・・・」と石田女史が話を割って入り、場所をSPT社のの会議室に移しての会談が始まった。
案内された会議室には人数分のレジュメが用意されていた。『リマスタープロジェクトによる現世界救済案』仰々しいタイトルを眼にして、祐市はそれに導かれるようにその前の席に座りその紙の束をパラパラと眼を通した。
・現在、地球上に蔓延している大気の劣化は酸素を栄養源として空間をサビ化させているという。
・この危機を的状況を打破するために搬送波生命体からの提案によるサビの除去を実施する。
・サビは生命の呼吸を好みそれを得て周囲を酸化させる性質を持つが、近年はそこから人々の感情にも興味を持ち始めており人類の活動内でのサビの除去作業は困難を極める。
・サビの除去作業遂行のために一時的(10分程度)にすべての人類を仮死状態にする。仮死状態時の人々の魂は世界各所の衛星カメラを通じて馬暮氏の案内する記録媒体に定着させる方式を取る。
「最後の項目はまるで絵空事だな」と祐市は馬暮の方を見て鼻で笑う。
「なにも不可能なことではないだろう?記録媒体に入り込むことぐらい。それを一番理解しているのはおまえのはずだ」
「どういうことだ?」
「君がこれまで記録媒体に入り込んでリマスター作業を行ったことにより様々なデータを得ることができた。前回、君が少女の魂を記録媒体に定着させる凡例ができたのも今回のプロジェクトにはとても参考になった。だから君は予定よりも早く謹慎が解かれたんだ。感謝してほしいぐらいだけどね」
「これまでの僕の行動はすべてサンプリングされていたということか」
「当然だろ?リマスターパーツはSPT社の所有物であって、君の私物ではないのだよ。ビーガルという君が持つ搬送波生命体についてもこれまでにたくさんのサンプルが採れて皆、熟知している」
祐市の全身の毛が逆立つような心地だった。秘め事にしていたつもりではない。落ち着いたタイミングで状況を報告するつもりだった。しかし、祐市しか知り得ない能力を持つことで優越感を得ていたことは確かである。それが現実世界に現れた馬暮の告白で一瞬でその優越感が恥ずべきものに変質してしまった。
祐市は会議室に在席している参加者を見回した。誰もがにこやかにしている。この事が祐市にとって脅威だった。
「なにも心配することはないですよ庄野さん」石田女史が投げ掛けた優しい言葉が入ってこない。
「ということだ、他に手はないだろ?今やサビの怪物たちは人々の思念に興味を抱いている。ビーガルによる除去作業中に余計な雑念は無用だからな」
祐市は黙り込んだ。異世界生命とのファーストコンタクトはもっと前に行われていたのか、その後の進行は淡々と進んだ。作戦決行は2週間後。その間、国連から世界に向けたメッセージが各国に流れる。それ相応の暴動起きたが、世界各地に拡がる赤い空による汚染と喘息のような症状がその反乱を沈黙させた。
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