第3話 アイドル忘却化指令(六)
(六)
「次の世界は、僕が選んでいいかな?」
「何か手がかりでも見つけたのか?」
「・・・たしかに、追ってみる価値はあるかな・・・。」
裕市はそれ以上何も言わなかった。だが赤星はそれでもかまわないと思い承諾した。しかしそれは、赤星自身がこれまで選ばなかった未来の自分だった。
次々にたかれるフラッシュの嵐、犇めきあう報道陣の群れ。槍のようにマイクを向けるその矛先に自分が立っている。
(この世界は・・・一体なんだ?)
戸惑いながら硬直するしかない雰囲気にこれは何かの謝罪会見の場だということが分かる。俺は何をしたんだという思いに周りを見渡しながら前方の女性記者が雑誌を見せて突き詰めた。
「この雑誌の報道は事実なんですか?」
女性記者は興奮して問い詰める。真実を追うというよりは赤星を追い詰めるようでもある。赤星は彼女が手にしている雑誌を見てその意味を理解した。
『トップアイドル、まさかの不倫!』
『大物プロデューサー夫人と禁断の密会!』
『渦中の愛人は妊娠も?』
実際のところ、妊娠は誤報であったが、こんな見出しが躍る記事の写真はモザイクがかかっていながらも、赤星はその女性が紛れもなく水原アカリであることは分かった。先の世界から二年が経っているから少し大人びていて見覚えない容姿をしているが、先ほど逢ったアカリであることに間違いなかった。
「・・・申し訳ありませんでした・・・。」
付き添われているマネージャーにあわせて赤星は心外ながらそう答えるしかなく、これ以上の言葉は出なかった。そのことが、マスコミの興味をあおり、真相を語るのを渋る姿としてバッシングの素材を作った。赤星は耐え忍び、何とかこの会見を終えた。会見場を後にした控室であるホテルの入り口に裕市が待っていた。
「君は知っていたんだね。」
赤星はようやく憤りを見せた。どうにも裕市という男を殴りたい心境だったが、先の会見と未来の慣れない自分の身体にすっかり消沈してしまい、次の行動が湧かなくなってしまった。
「・・・いっそのこと、ここで消してくれ。」
「えっ?」
「そのために来たんだろ?社長の使いで・・・。」
気力ない赤星の類推はある意味間違っていなかったが、裕市にはどうにも頷けなかった。確かに、赤星を消去することを依頼したのは香坂だが、その意図がどうにも理解できないし納得できないところがあった。その躊躇のために裕市は今のところ一人も赤星の記録を「消去」せずに「切り取る」だけにとどめている。特にここにきて社長の存在が全く感じないことに違和感を覚えた。
「社長は、いったいどこに行ったのだろう・・・。」
「えっ?」
赤星には意外だった。裕市のつぶやいた疑問は先の会見中、頭を下げながらも常に自分の脳裏を巡っていたことだったからである。赤星はこれまでにも何度か恋愛スキャンダルがあり普通ならばそのことで世間的バッシングを受けてもおかしくないことがあったが、そのことに関して事務所は報道管制を敷き、ある時は金銭的に、ある時はダンマリを決め込んでその件を見過ごしてきた。その時にも常に社長の香坂はそばにいた。その安心感は今はない。しかし自分が社長の使いだと思っていた男も社長の行方を把握していない。裕市はそのことにあたりを見回すそぶりをしている。だからと言って、簡単に香坂ヨシオが見つかるわけではないことは分かっている。裕市でさえも自分の行動のどうしようもなさを感じていた。
だが裕市たちの視線の先に意外にも見覚えのある男がいた。それは先のコンサートに裕市に語りかけた馬暮紘一だった。二年たったせいもあってか、その風貌は黒を基調としたシックなもので髪も一部分を刈り上げている。あのころの妹想いの優しそうな兄といった印象は見受けられない。あたりを見回しても前回一緒にいた妹の舞の姿も見えない。
「あなたは、赤星聖也のマネージャーだったんですね。」
馬暮がこちらに気付いて声を掛けてきた。
「いや、そうではないんだけど・・・。」
裕市は回答に窮した。馬暮に問われてみるとなぜここまで取り入っているのかという行き詰った気持ちが押し寄せてくる。
「そういうあなたはなんなんです?マスコミ関係の方だというならここは立入禁止ですよ。」
「そうでしたね。これは失礼、自分はどうも行き過ぎてしまう傾向があるようで。」
馬暮は自分の正体をはぐらかした。しかし、改めて裕市が男を見回してもメモ類やレコーダーらしきものを持ち合わせておらず、記者という風貌ではない。
(この男、何者なんだ?)
今回もお読みいただきありがとうございます。
二人の前に現れた謎の男・馬暮紘一がもたらすものは何か?
次回もお楽しみに。