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落ちこぼれガエル 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 こーちゃんって、虫が大丈夫な人かい?

 僕は、昔は平気だったんだけど、最近は触りたくなくなっちゃってさ。動きとか鳴き声とは、ビビりこそすれ、苦手ってわけじゃない。でも指でつかんだりするのは、ちょっとご遠慮したいところさ。

 ぬめったり、ふるえたり、そんな触感が手を伝うと、もう駄目なんだよね。きっとそう考える人が増えてきたのも、殺虫手段の多様化に一役買っているんじゃないかな。

 昔の人も、害虫や害獣の苦情には心気を凝らしてきたと聞くし、僕の地元でもとある生き物について、特に注意を払うようにいわれるんだ。


 ――その話を聞いてみたい?


 こーちゃんだったら、そうくるよねえ。ようし、それじゃ話そうか。



「落ちこぼれガエル見かけたら。しっかり落とせよ、地獄まで。さもなきゃお前が、地獄の果てまで落ちてゆく」


 どう? なかなか物騒なセリフでしょ。僕の地元に伝わる文句で、子供でも知らない人はそういない。

 落ちこぼれガエル。文字通り、他との競争に負けて落ちぶれているカエルのことだ。もし、そんなカエルを見かけたら、手ずから引導を渡してあげる。素手でも足でも、道具を使っても構わないから、早急にね。


 ――どうして、そんな残酷なことをしなきゃいけないのか? そもそも落ちぶれているカエルなんて見つかるものなのか?


 聞いた人なら、たいてい感じると思う。

 でも、落ちこぼれガエルを仕留めなかったことで、起きた事件は過去にいくつもあるらしい。直近では、僕のお父さんが子供のころのことになる。



 ある日の学校帰り。お父さんは田んぼの近くで、カエルの合唱を耳にした。

「もうそんな時期かあ」と、足を止めてひょいと近くに広がる田んぼを見やる。ここからでも分かるくらい、あぜに生えた草たちが震えていた。

 そろそろと近寄ってみると、なんとカエルたちは地べたじゃなく、低く生えた草たち一本一本の先っぽに座り込んでいたというんだ。

 わずかに身じろぎすれば、たちまち折れてしまうんじゃないかと思うほど、細長い葉たちは頼りなかった。新しく乗っかったカエルの足元など、葉っぱごと大きくたわんでは戻るのを繰り返し、即席のトランポリンを思わせる動きだったとか。

 そうして集うカエルたちは、一様に同じ方向を見上げている。ほどなく、お父さんにも聞き覚えのある羽音たちが、続々と集まってきた。


 蚊だ。それも一匹や二匹じゃなく、大量にだ。

 蚊柱の横一線バージョン、とでもいえばいいだろうか。かつて夏に人肌を狙って襲い掛かってきた彼らが、今度はたくさん集まって渦を巻きながら、お父さんの近くを通っていく。

「目の前」じゃなかった。お父さんのすね近くの高さで、彼らは飛んでいたんだ。それはちょうど、カエルたちにとっての「良い高さ」だったわけで。

 頭上を横切っていく蚊たちへ向け、次々と時間差でカエルたちは口から舌を繰り出した。

 獲物を捕まえるときのみ、はちみつを越えた粘り気を帯びるという、魔法の唾液。それをたっぷりまとった舌が、飛び去ろうとする蚊たちを次々に捕らえ、元あった主のあごの中へと引っ込んでいく。


 カエルたちのビュッフェ。

 そこに居合わせたお父さんは、そう感じたらしい。食べる側のカエルはともかく、食べられる側の蚊たちも、この食われるルートを外れることなく、一直線に飛び続けている。食べてくださいといわんばかりのこの行為、何かしらの約定があるのではと、疑いたくなるほどだった。

 しばし、ぽかんと見ていたお父さんだけど、やがてカエルの中の一匹の様子がおかしいことに気がつく。そいつは同胞たちと同じように、蚊が通るたびに口を開くのだけど、中から舌を出してこない。

 いや、出そうにも出せないのか。しゃっくりをするように、わずかに体が震えるも、その先に続くべき、舌の姿が見えないんだ。

 ごちそうを前に、ありつくことのできないカエル。それは野生生物として、あまりに致命的だ。それこそ競争に勝てない、落ちこぼれ……。


 ――落ちこぼれガエル!?


 はっとお父さんが気が付いたときには、件のカエルは狩りをあきらめたのか、田んぼの水の中へ飛び込んでしまい、さらには土の中にも潜っていったのか、姿を見ることができなくなってしまったんだ。



 翌日から、お父さんの学校では妙な話が広がった。

 カエルの鳴き声が聞こえる。複数じゃなく一匹だけ、それも黒板をひっかくような不快な声を、短く何度も漏らすんだとか。

 とうていカエルとは思えない。が、目の前で鳴き始めるところを見たから間違いないという。お父さんが話を聞くと、ちょうどあのカエルのビュッフェが行われた会場の、すぐ近くらしかったんだ。

 お父さんは放課後、ただちにそこへ向かうと、確かにあの耳を塞ぎたくなる音が聞こえてくる。わずかにこすって止め、こすって止めを繰り返し、大半の人類に喧嘩を売る音響のもとへ、お父さんは急いだ。


 そこにはカエルが一匹だけ。あのときの仲間のように、やわい草の上に座り込んでいた。

 周りには、力尽きて横たわる蚊が数匹。飛んでいる最中、人に叩き落されたのと、ほとんど同じ姿でそこにいた。

 そしてまた一匹。カエルの頭上を横切らんとする蚊が。それを認めると、カエルが口を開いたんだ。

 やはり舌は出てこず、代わりに飛び出したのは件の不快音。

 間近で聞いたお父さんは、思わずひざをついてしまったとか。この音、ただ気持ち悪いだけじゃないんだ。頭の奥の深くまでぐらぐら揺らされて、まともに立っていられない状態。

 大人になってから振り返ってみると、ひどく酔っ払ったときと、とてもよく似ていたらしい。そして、この短い音が発せられると、あの元気に飛び回っていた蚊が、いきなり羽ばたきをやめてしまい、あのカエルのそばへと落ちてゆくんだ。

 そうして集まった蚊たちへ、カエルはどんどん飛びついていった。先日、自分が食べそこなった「元」を取り返そうとするかのごとき、がっつき具合だったとか。

 その数秒の晩さんが終わるまで、お父さんは立てなかった。もし落ちこぼれガエルだったら、始末しなきゃいけないのに、動けるようになったときにはもう、カエルはまた姿をくらませてしまった後だった。



 お父さんがことの次第を親に伝えると、その日の夜から、大人たちがローテーションで件の田んぼの周辺を回るようになった。

 昼間も通学路に大人が立ち始めて、明らかに空気が変わったって、お父さんは思ったらしい。同時に、落ちこぼれガエルがどれほど厄介に思われているかも、改めて感じることができたとか。

 そして夜も昼も、あるいは遠くで、あるいは近くで。あの落ちこぼれガエルの鳴き声が、耳を震わせてきたように思ったとか。


 結果として、落ちこぼれガエルが捕まったのは一カ月ほど経ってからだった。

 検分のためか、回覧板感覚でご近所を回ってきた落ちこぼれガエルの姿に、お父さんは目を見張る。

 その図体は、信じられないほど大きくなっていたんだ。両手で抱えられるほどのサイズになっていたそれは、道路に寝転んで動けないところを取り押さえられた。

 そいつは大きすぎる獲物をくわえてしまい、その重さに耐えられず、動きが鈍っていたんだ。大人たちの話だと、落ちこぼれガエルはチワワを呑み込んでいたらしいんだよ。


 あの鳴き声が強まっていたなら、あるいはと、お父さんは思ったらしい。

 そして僕たちの地元には、古来、人間大の化けガエルを見たという目撃談が、根強く残っているんだ。


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