怒涛の休み時間
「俺は佐藤工太」
「ウチは一ノ瀬清加」
二人は離れずに自己紹介を始めた。
「俺らはゆきのダチなんだ」
その言葉に優はやはりという思いと何故という考えが浮かんだ。
しかし戸惑いは拭えずむしろ多少生まれた冷静は周りの恐々たる視線を自覚と意識をさせざる状況のみが確かなものとなった。
周りの視線が痛い。
そう思う優の傍らでは、自己紹介の延長線からのプロフィール紹介を語りながら軽快に雑談を交えて話す。
その大半はむしろ雑談の方が多くを占めていたが優には足りていない話術というかコミュニケーション能力の高さに圧倒され言葉が出なない。
または二人の多弁さに言葉を挟む余地がなかった。
佐藤工太。
着崩した制服や切り立った髪は最早見るからの素行の悪さを表し、制服に至っては原型を思案せざるを得ない程。
口調や身振り手振りの仕草は外見通りの軽薄さを持っていた。
言葉の端々に過多に加えられるボディーランゲージはあまり会話を補強させてはいなかった。
他人は基本的に苦手な優だったがそれでも工太は優の中で苦手意識の第一印象を抱かせた。
歳は優と同じで同学年だったが優は恐々として身を強ばらせていた。
趣味は興味なかったが意外にも甘味巡り。工太は3兄弟の真ん中で整備士の兄の下で時々アルバイトをしている事。自身もバイク好きで兄と同じ整備士になりたいのだという事。こんな風体で喧嘩は苦手らしい事。そのくせ短気で正義感は強いようで幾度となくトラブルを起こしているようだ。
一ノ瀬清加。
工太と同じで派手に着崩しているが着崩された分に増された様に装飾品が多分に盛られている。
口調も軽薄さを博していたが更に工太以上に言葉が足りない。その上意味のわからぬ言葉が淀みなく会話に盛り込まれ優の解語にも限度があった。
工太程ではないがやはりボディーランゲージが多く、更には清加はそれによって会話を上手く補填できていた。それに会話の端々に些細に感じられたのは頭の回転の速さや甘ったれた口調に滲む程度の気の強さ。
クラスはゆきや工太と同じらしく、優も後に知ることとなるが入試成績は上位だった。その為か見た目と違い塾や習い事を幾つか掛け持っているらしい。しかもその上親戚の元とはいえ週に何度か飲食店でのアルバイトもしているらしい。優は素直に凄いと感嘆を抱いたが目の間の外見とは上手く同調させられなかった。
そしてその飲食店はゆきや工太もよく行くらしく優も話の流れからさらりと今度共に行く事になってしまった。
その他にも二人は優の気にも留めない自身達のプロフィールを様々な会話の脱線と共に多弁に話していった。
二人の出会いは中学生の頃で清加のアルバイト先でもある親戚の飲食店と工太の兄の職場が近く、たまたま工太が兄弟で店に食事しに来たところで出会ったこと。この高校も二人で同じ高校に通いたくて、清加の妥協範囲の学校を選んでそこに工太が死に物狂いで受験勉強したこと。
ゆきと三人でいつもいて昼や放課後も共に過ごすことも会話の合間に紛れ込んでいたりもした。
優は驚くように感心した。この二人は優の少ない相槌のみに対して止まったり詰まる事も無く永遠と言葉が流れる。
圧倒される思いもあったがそれ以上にその流れに漂うことに自然なものも感じていた。
「じゃぁまた後でな」
「優ちゃんまたね」
次の授業の教師が教室に着くと二人はそれまでの怒涛の言葉をパタリときり呆気ない程に去っていった。
今起こった事が現実かと疑うほどに一瞬で日常に戻ったようだ。
しかしクラスメイト自体は異変にざわめきと優への関心を解いてはいなかった。一応教師の諌める声に従いはするが興味は失われない。
優にとっても授業と授業の合間の短い時間ではあったがその濃厚さは優にとって初めてで引っ掛かりを持たせた。
そして菜美もまた戸惑いを抱きながらもそれを見せんとしていた。
授業の間ざわめく様な心情とは裏腹に何処か冷静に客観視している自分を優は驚く程すんなりと受け入れていた。
クラスメイトの皆も授業が進むにつれて関心は薄れいつもと何も変わらない様子になっていった。
そんな中意識が霧散したような菜美とそんな菜美を見つめ眉を寄せる直人だけがいつもとは違う様子だった。