騒がしい友人
優はいつものように窓際の自席から空を見上げていた。
そしてそれをいつものように見つめるクラスメイトの菜美。
菜美は成績優秀で人付き合いも上手く、嫌味もなく人徳も信頼もある。
男子からはモテるし、女子からは親しまれる。そんな一見完璧なはずの彼女の視線の先には優がいた。
真逆とまでは言わないまでも優は明らかに見劣ってしまう、しかも優の場合は目立ったとしてもとても良い方には転がりづらいだろう。
空を見つめ、物静かなさまはよく言えば『ミステリアス』や『クール』かもしれないが普通は『暗い』の一蹴だ。
だが彼女の目には普通に写っていなかった。
特別な何かがあった訳ではなかった。ただ、偶然見かけただけ。
最初は高校の入学試験の帰り、優は学校近くの公園で無心にシャッターを切っていた。それからまだ名も知らない優のことを考えるようになった。
次に見かけたのは合格発表の日。菜美は自身の受験番号を確認する前なのに優の姿を見ただけで高揚した。その日の帰りにまた公園でカメラを傾ける優を見て以来、度々高校近くの公園を訪れ優を見かける度に胸が暖かくなった。
入学式の日は朝からいつもより入念に身成を整え、同じクラスだと知った時には天にも昇る想いだった。
おかげで帰ってからも高揚が収まらず終始落ち着きを無くしていた。
しかし学園生活が始まってからも優と会話することはおろか言葉を交わす事すらできなかった。それに優は度々早退していたし。その理由もよく知っていた。
学校が終わって菜美は公園で優を見かけていた。それは一度や二度ではなく優が早退した日の大半は公園で見かけた。
そんな接点の乏しい日々の中でも着実に菜美の想いは募り続いていき、いつの間にか自分が恋をしていることを自覚していた。
しかし菜美は優へ声をかけることができず見つめるのみに止どまっていた。
元々人付き合いが苦手ではない菜美はクラス中の人とある程度の関係は築けていたが優だけにはどうしても躊躇してしまっていた。
それなのに昨日、見たことのない表情の優は女の子に連れられ教室を去っていった。それは少なからず菜美の心に漣を起こしていった。
故に今優を見つめる視線にはいつものような色味は薄まり、眉をひそめるような不安が色濃く混ざっていた。
昨日の出来事は囁くような噂話となってはいるがそれを優に聞けるものは一人としていなかった。優自身そんなクラスの異様な視線に気づき初めてクラスに馴染めていなかった自身に奇しくもメリットを覚えていた。そんな中でも日常と変わらない時間は流れる。むしろ真実の知りえぬ故に変わりえないのかもしれない。
しかし、一度訪れた変化は留める事はできない。良くも悪くも新たな変化を呼び込んでゆくものだ。
「「優!」」
唐突に飛び込んできた声は大きく教室に響いた。
中休みで各々の会話が所々から飛び交っていたのが一瞬で静かとなり視線が集まる。しかしその視線は当の優にではなく教室の入口へと集まっている。優本人も疑問符を浮かべた表情で呼ばれた方を見つめていた。
二人の男女。風体はヤンキーとギャル。
正直優自身すら接点を見いだせずにいたが、思い当たるフシが一つだけある。
「どいつが優?」
一斉に振り向き視線を集めたがために怪訝な表情となって言うが、呼び出してる本人からとは思えない発言だった。
それにクラスの大半は優の名を知らなかった。大抵は中川として通っている。
故に唯一反応を示したのは菜美だけで入口と優を交互に見やっている。しかし当の優はあっけにとられたようで反応が遅れた。
二人は教室を見渡すが返答は芳しくなく、導きもできないと思った矢先に一番奥の窓際の席から控えめに恐る恐る手が上がったのを確認できた。
「・・僕が、中川優ですが」
その声にクラスの視線は優へと振り返り、呼び出した本人たちは一瞬で嬉々とした表情になると駆けるように優のもとへと飛び込んできた。
ヤンキー風の男は肩を親しげに組み、ギャル風の女はぬいぐるみにでもするように優の腰に纏わり抱きついてきた。・・いや、傍から見れば「確保!」と呼ばれるような様子だ。
「「優だ!」」
二人の嬉々とした様子に優は只々戸惑うしかなかった。