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頬に伝わる熱



 「学校なんて辞めなさい」



 ゆきの父は重いトーンで静かに、だが響くようにゆきへ言い放った。


 ソファーに深く腰掛ける父の目は怖く、真っ直ぐにゆきを見据えていた。その瞳の奥底には何か黒く暗いものがあり『威厳』というよりも『威圧』感を感じさせるものだった。


 ゆきはそんな父の正面に浅く腰掛け、父の目を見るというより睨むように視線を合わせていた。


 どこか親子だと感じさせる二人の姿だったが、その場の雰囲気はそのような和やかなムードにはなり得なかった。



 「嫌」



 短く一言。だが強く刺の感じられる明確な拒否だった。


 父と娘。両者は頑なに動きを見せず、今にも目から光線が出そうな程の視線のぶつかり合いだけが少しならず空気を動かしていた・・もちろん悪い意味でだが。


 母もまた隣接するダイニングテーブルの椅子に腰掛け手を組み苦虫を咬み殺すような、切なそうな面持ちになって俯いていた。



 「今日もまた、途中で授業を休んだそうじゃないか」



 父の言葉は押し殺すように意識されていたが、多少力が篭ってしまったのか先ほどよりも音量を上げていた。



 「少し。少し息抜きをしただけよ」



 一瞬視線を逸らし弱まった声だったが、再度力を込めて視線を返した。

 しかし父は力を緩めるどころか更に強く、重さを持って声を響かせた。



 「そんな状態なら学校なんて行く必要はない。辞めなさい」



 その言葉にゆきは下唇を噛み締め、眉間にしわを寄せた。そして湧き上がる激情に勢い良く立ち上がった。



 「ふざけないでっ。私の勝手でしょっ。パパも。ママも。私のこと・・。私だって」



 身体の奥底から震えだすのを必死に堪え、目から溢れ出しそうなのを必死に留めた。



 「私がどうしようと勝手でしょっ。私がどうなろうと関係ない――――」


 ―――パン



 乾いた破裂音が響いた。一瞬の事だった。座っていたはずの父は今、ゆきの目の前で左手を振りきっていた。


 ゆきは何があったのかわからず一瞬頭の中が真っ白になったが、自然と右手が頬に触れていた。


 そこから徐々に熱を持ったように伝わり出す。


 しかし事に理解が及ぶ前に強い力で引き寄せられたように優しく包まれていた。


 母は破裂音に立ち上がろうと腰を上げたが父の行動にもう一度椅子へと腰を戻した。そして目元を拭いどこか寂しくでも暖かい、笑顔にも似ているが少し違う表情でゆきを見つめた。



 「パパもママもあなたの事を心から愛しているのよ」



 その言葉が耳へ届くとゆきは父の肩が震えているのに気づき力が抜けた、しかしすぐに力を込め直すと父を突き飛ばして部屋を飛び出した。


 階段を駆け上がる足音が響き父と母はかを見合わせ「やっちまった」と苦笑を見せた。


 するとすぐに今度は階段を駆け下りる足音が響いた。



 「姉ちゃん!!」



 弟の太一が二階から叫ぶのを聞いて父と母は慌てて立ち上がり部屋を出た。

 だがその瞬間ガチャりと玄関が閉まった。急ぎ後を追いかけた。




 ゆきは家を飛びだし夢中で、全力で走った。


 後ろから追いかけて来ていた名前を呼ぶ声ももう聞こえなくなった。


 右頬の熱を感じて涙を流していた。

 頬は赤くなり、熱を強めていたのに不思議と痛みはなかった。


 だがゆきは『痛み』に涙を流していた。


 父の強い抱擁。母の優しい眼差し。そして何より『愛してる』という言葉。




 ゆきは胸を強く握り締め、静かな夜道をただひたすらに当ても無く駆けていった。


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