冷めたココア
真美と出会ったその日、優は彼女を一晩自宅に泊めた。
冷えた体を温めようと夕飯は鍋を作り、少し熱めの風呂を貸した。
彼女は一緒にと言ったがそれを拒否してベットを彼女に譲り、優はソファーで夜を明かした。
そして次の日の朝、優が仕事に出るのと同時に真美も家を出た。
その時見せた彼女の後ろ髪を引かれたように寂しげな表情に優は。
「いつでも来ればいい」
何気なく言った一言。
真美はその言葉を大事に噛み締め、優の顔を見てはにかむ様に俯いた。
「・・うん。ありがとう」
その後、優は真美を車で駅まで送った。その途中、昨日の自動販売機の前で彼女の内心はしゃぐような心持ちになった。
車中目立ったような会話があったわけではなかったが駅に付き彼女を降ろすと不思議と少しばかりの寂しさを感じた。
真美は走り出した車に手を振り、車が見えなくなるまで永遠と手を振っていた。それを優はサイドミラーから見つめ、また会いたいと、またどこかで会えればと思った。
その日の仕事はとても忙しかった。だが、ふとした仕事の合間には真美の事が頭をかすめた。しかしそれはまだ特別な感情ではなく、不思議な出会いと不思議な雰囲気を纏った彼女が優の中に残っただけだった。
しかもその日の仕事はとても忙しかったためにあまり深く考えず、意識の中に留まる事もなかった。
もう彼女と会うことは二度とないのだろうと思っていた。
出会うとしても互いに気づかず街中ですれ違う程度だと思っていた。
深夜二時をまわりようやく自宅近くの駐車場に車を止めた。
自宅までの道中、自動販売機の前で昨日の雪だるまを思い、忙しかった一日の最後に昨日の出来事を想い笑顔となった。
今宵も昨日と変わらず冷え込み、日中は降らなかった雪が思い出したようにシンシンと降り積もっていく。
しかし優は昨日の事を思い出すだけでなんとなく胸に暖かさを感じていた。
明日は仕事が休み。しかしやらければいけない事がある。それを思えば少し気を重くしてしまうが今はとても穏やかな気持ちだ。
アパートに着いた優は部屋への階段を上りながらポケットよりジャラジャラと金属音を鳴らし、鍵を取り出した。
しかし階段を登りきって優は動きを止めた。・・いや、固まった。
優の部屋の前では昨日のデジャブのような光景があった。
大きなキャリーバックと鞄。そのとなりには膝を抱えうずくまる様に丸くなった雪だるま。
昨日程の重ね着ではなかったが頭には雪を積もらせていた。
そんな彼女に驚き、動きを止めていた優に気づいたのか、ゆっくりと頭を持ち上げ優の方へと視線を漂わせると彼女は優に気づきノソノソと立ち上がった。
寒さのせいかぎこちない動きの彼女は優に向け精一杯の笑顔を向けた。
「おかえり」
迎えた彼女の顔は赤い頬に赤い鼻をしでいて霜焼けの様になっていた。
優は驚きよりもそんな彼女を見てすぐに近づき、真美の頭の雪を払うと自分のしていたマフラーを彼女へ巻きつけた。
顔の半分が隠れ見えなくなったがその時優は彼女の息が白くなっていない事に気づいた。
「どうしたんだい?何かあったのかい?」
優は穏やかにゆっくりと心がけたつもりだったが、口から出た言葉は勢いを持って真美に向かっていた。
その勢いに真美はバツの悪さを感じたのか軽く俯きチラチラと優をのぞき見た。
「だって・・・・・」
もごもごと口籠もる様に呟く彼女に優は聞き耳を立てながら少しずつ彼女へ耳を近づけた。
しかし聞き取れず一度顔を離すと真美を見つめ、もう一度、今度は穏やかに言葉を紡いだ。
「聞こえないよ?何?」
すると真美は顔を上げ優を見た。そのすがるような、しかし強い瞳は少し潤んで憂いをおびて優を見つめていた。
そして何かを言おうとして言葉を飲み込んで目を泳がすが、もう一度優を見つめ言葉を吐き出した。
「いつでも来いって言った」
その言葉は思いのほか静かな叫びとなってしまい彼女の不安が混じっていた。
しかし優はその言葉に間抜けて呆けてしまった。
それに真美は唇を噛み締めうつむいてしまった。
口にしたことを、ここに来てしまったことを後悔したような心持ちとなって。
しかしそんな真美に優は軽く吹く様に笑い出した。
そして手の中の鍵を探り部屋の鍵を選ぶと扉に手をかけた。
「だからって朝に出て、その日の夜に来るかよ」
楽しげに笑う優は扉を開けると真美へ「どうぞ」と部屋へ招く所作を見せた。
彼女は少し驚いたがすぐに安心したような表情を見せた。
するとポケットの中から缶のココアを取り出すと優へと差し出した。
優がそれを受け取ると真美は大きなキャリーバックを押して部屋へと入っていった。
優は手渡された手元を見ると昨日のココアと同じ銘柄だった。
優は部屋に入った彼女を見つめ、そして手の中にある冷え切ったホットココアの缶を感じていた。