強引な手
馴染めない教室の片隅。
優は相変わらず自席から窓の外の空を眺めていた。昨日より雲が出てきていたがそれでも変わらずの晴天だった。
しかし優は空に目を向けながらも見てはいなかった。
昨日の彼女は誰だろう?
同じ学校だろうが、学年は?クラスは?
優の頭には離れぬものがあった。休み時間も、授業中も呆けたように空を見上げボーっとしていた。
授業中にクラスがざわめくのにも気取られぬ程に意識が漂っていた。
「盗撮くん」
その声には呆けていた優も無意識に視線を向けた。
そこには昨日の彼女が目の前に居た。その瞬間、優は時が止まったように固まってしまった。
しかし、彼女がニコッと笑うと驚きが大きな声となって椅子と共に床へと強く叩きつけられた。
クラス中の視線が優に集まっていた。倒れた大きな音で優に集中はしたもののそれより前には二人に視線が注がれていた。
舞台上の役者のように視線を集める中でもまるで気に止める様子もなく彼女はゆっくりと優へ歩み寄り手を差し出した。
「大丈夫?盗撮くん」
手を差し出した彼女の姿に見惚れる優だったが、遅れながらも彼女の言葉に慌てて立ち上がると彼女に近づいた。
「ちょっと、盗撮ってなんですか。そんな大きな声で」
優自身は精一杯小声のつもりだったが慌てた心情には難しいようだ。
「だって、昨日「っアーーー!!!」」
優は大きな声で誤魔化すように制するが、彼女は終始ニコニコと笑っているだけだった。
クラス中から痛いほどの視線を浴びる。
その中でもクラスメイトの加藤菜美は特に強い視線を送っていた。
「ねぇ。行こう」
その場の視線に遂に優が耐え切れなくなってきた時、彼女は優の手を引き教室より飛び出すように連れ去っていった。優は抵抗する素振りを見せたがその場から逃れたい思いが手伝ってか抵抗も本息なく彼女に着いていった。
それに何よりも優は彼女に引かれた手が、彼女と繋がれたその手が払い除けれず気になって仕方なかった。
優達が去った後二人を諌めるように廊下にまで大声を上げていた教師は、クラス中で始まった騒がしさに叫びを轟かせると皆授業中だということを思い出したように席へと戻った。
しかし囁くようなざわめきは残り、幾度も教師は諌める。
その中、菜美は黙りこくって悲しみと憤りを瞳にたたえ、押し殺す表情を見せていた。
人には気づかれない様にとする菜美にまわりは気づかずにいた。
しかし、クラスメイトで奈美の幼馴染の有川直人だけは菜美の様子に変化を感じていた。
「ねぇ盗撮くん」
優は彼女に連れられるままに、いつもの自然公園に着いていた。今はただ周りを見渡すように散策をしているだけだったが、教室からそのまま手を繋いだままだった。
「あの、その呼び方。やめてくれませんか」
少し困ったように伺いを立てる優に彼女は吹き出すように笑った。
「そうだね。うん、確かに。じゃぁ名前教えて?」
二人の歩みはゆっくりとしたものだった。優は彼女を見つめ、彼女は辺りを見渡し視線を漂わせる。
「中川です」
優は見とれるようにような視線を彼女に送りつずけていた。
「それは苗字。名前は?」
「・・優。中川優です」
すると彼女はくるりと優へ振り向いた。
「じゃぁ優ね。よろしく優。私はゆき。山上ゆき」
彼女は無邪気な笑みを向けるが、優はそんなゆきの表情にドギマギとしてしまっている。
「よ・・よろしく、お願いします。・・山上さん」
「ゆ・き。ゆき。ね」
ゆきは少しムッとした表情で、強調するように言った。
「それに『さん』も要らない。同級生なんだから」
そう言って膨らんだ頬を飲み込みニコッと笑ってみせた。
しかしその言葉に優は驚いた。
「えっ?同い年?・・でも」
優は視線を頭から足の先までにわざとらしく送って見せた。その視線にゆきも優の意図を読み取ったらしく自身の制服へ視線を落とした。
「ああ。これ?こっちの方が可愛いでしょ」
あっけらかんと言い放つゆきに優は自身に推理の滑稽さに苦笑した。
優たちは昨日ゆきと出会った場所へと着いた。するとゆきが駆け出した。その瞬間つながれた手は風と共に解けた。
その時優は何か胸がざわめくような感覚を抱いた。どこか寂しいような悲しいような感情。しかし優にはまだその理由に答えは導けなかった。
ゆきは昨日と同じように草をかき分けている。
「また四つ葉のクローバー?」
ゆきの行動を愛らしく思いながら優は声をかけると慣れた様子で鞄よりカメラを取り出し構えた。もちろん被写体はゆき。
「うん。ここは沢山あるんだ。だから。・・ってまた撮ってる」
ゆきは振り向き、優の行動に気づくと少し呆れるがその表情は笑っていた。
すると今度は興が乗ったようで色々なポーズをとってみせた。ピースだけのものや少しセクシーに悪戯にポーズを決めたものもあった。
優は楽しげに面白くシャッターをきっていったが、それ以上に彼女へ抱くものが溢れていた。
二人は日が傾くまでそこにいた。そしてカラスの声とともにそこをたった。
「ゆきさん、手握ってもいい?」
口をついて出た。本当に何気なく。そして優自身がその言葉に一番驚いていた。
ゆきの空いた手を見て話したくないと思って出た言葉。それに一瞬の間を持って優の右手にゆきの手が添えられた。
「『さん』は、いらないよ」
優と繋がれたゆきの手は暖かく、そして少し湿っていた。
あの時、優は初恋をしていた。
今振り返ってみて優は自覚した。まだ恋の『コ』の字も知らず、その時はその事に気づけてはいなかったが、いつもとは違う心のざわめきには気づきながらも。
只、優は、あの時ゆきが何を想い、どう感じていたのかを知りたかった。
優にとっては、只、あの時の、あの手の暖かさが、あの瞬間が全てだったのだから。