一つ目の彼女
高校1年の六月。
その日は前日まで降り続いていた雨が上がり、久々に青々とした雲ひとつない空が広がっていた。
優は窓側の自席から、何もないただただ青い空を見上げていた。
授業と授業の合間、短い休み時間。周りは何気ないことを話し、笑い合っていた。
高校入学から二ヶ月。各々打ち解けた友人もできていたが、元々人見知りでそういった事が苦手な優は未だにこの場に馴染めていなかった。
周りはそんな優をどう見ていたのだろう。
きっと変な奴と見る者は多かっただろう。
いつも教室の隅から空を見つめ、誰と会話する事もない。
優はいつも学校に居場所というものを見つけられなかった。
そして、優はいつも決まって昼頃に学校を抜け出す。
学校のすぐ近くにあり木々しげる緑豊かな公園。
優はそこで鞄の中から一眼レフを取り出す。
優の唯一の趣味であるカメラを傾けるには最高の場所だった。そのせいか優はそこに居場所を作っていた。
その日も、前日まで降り続いていた雨がまだ雫となって残り、その為小さな虹が橋を渡していて優はカメラを構えその様をフィルムの中へと収めていった。
夢中でシャッターをきり続けて何枚撮り終えたのかもわからなくなっていった頃、いつもは優しかいないその場所に人がいることに気づいた。
同じ学校の制服を着た女生徒。制服はだいぶ着崩されていて、上級生というよりも不良のように見えた。
冷静に観察していた優は、何故だか少し気になり目を離せなくなっていた。
人はこれを一目惚れというのだろう。
だが、当時の優には恋だの愛だのという事は全くという程に無縁で分かってはいなかった。
しかし、だからこそ優は彼女の事を自然と頭の中に置くことができたのだろう。
彼女は優に気づく様子もなく、先程から草の中で何かを探していた。
その目は真剣で、しかし焦った様子もなく。むしろ楽しげにさえ見えた。
そんな彼女に優は自然とカメラを向けていた。
すると、シャッター音に彼女は反応し静かに優を見た。
その一瞬は優の目にまるで御伽噺のワンシーンのように写って、心奪われ一瞬見とれてしまった。
だが、優は慌ててすぐ我に返り彼女へ向けて浅く一礼をした。すると彼女はゆっくりと優へと近づいてきた。
「何をしてたんですか?」
取ってつけたような優の問いに彼女はニコッと笑ってみせた。
「探してるんだ。四葉のクローバー」
彼女はそう言うとまた視線を足元へと戻した。
優は一瞬見せた彼女のその笑顔と楽しげに草をかき分ける姿に思わずカメラを構えようとして辞めた。
代わりにズボンのポケットから携帯を取り出した。
優自身何故だかわからなかったが、なんとなく思った。
この時を。彼女の事を動画に残したいと。
優は携帯のカメラを起動して彼女に向け、ボタンを押した。と、同時に彼女は喜声をあげた。そして優のほうへと振り向くと満面の笑みで、指に摘まれた四葉のクローバーを突き出した。
「見て。四葉のクローバー。・・・って、あれ?」
急に振り返った彼女に優は慌てて携帯を閉じたが――――
「今なんか撮ってたでしょ」
彼女は眉間に皺をよせて優に詰め寄ってくる。優はそんな彼女に口ごもりながら何か言おうとするが、慌てていて言葉が出てこない。
すると彼女は何か気づいた様子になった。
「君、青葉高校?」
「あ、はい。青葉高校一年C組です」
急な問に対してようやく言葉が出た来たが、学年とクラスという余計な情報まで口をついて出てしまった。
「そうなんだ・・」
彼女は質問の答えに対して興味を示さなかったのか、そう言って両手を空に伸ばし大きく屈伸すると出口の方へと歩き出した。
優は彼女へと何かを言おうとするがまたしても喉でつっかえた言葉が出てこない。
すると、彼女が途中で振り返ると後ろ歩きとなり、またニコッと笑みを見せた。
「またね」
そう言うと彼女はまた前を向き出口へと歩き去っていった。
優は呆けたようにその場から動けず、ただ彼女の後ろ姿を見えなくなるまで見つめ続けていた。
手には携帯。
優はその携帯を優しく、でも強く握りしめていた。
その日は前日まで降り続いていた雨のせいか、すぐそこに迫っていた夏がもうすぐ来るとは思えない程に涼しげな風が吹き抜けていった。
彼女との出会い。そして初めての動画。




