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慌ただしい朝



 「・・・・ゥ。・・・ユゥ。・・ユウ起きて」



 規則正しかった寝息が微かに乱れ、鼻の奥から音が漏れた。


 まだ外は暗く、連日降り積もる雪のせいで月明かりはおろか街燈でさえ霞んでおぼろげにしか照らせず、夜の白い闇が全てを満たしている。

 室内もまた、先程までの残り香を漂わす台所の明かりのみが部屋の隅まで心許なく照らすだけで薄暗い。

 それでも薄目が開いた瞳に目覚めを促すのには十分なシルエットが見えた。焦点が少しずつ調整されおぼろげなシルエットは徐々に形を露にしていく。薄暗がりの中であってもはっきりとわかる。


 綺麗な女性。あどけない目元ではあるが、その顔立ちのせいだろうか。この女性には可愛らしいという表現よりも美しいという言葉がとても合う。


 毎日見る彼女の顔だが飽く事はおろか慣れる事もなく、心を惹かれる。


 須藤(すどう)()()。結婚間近の婚約者(フィアンセ)だ。



 「もう遅刻だよ。早く起きて」



 そう言って、少しのお出掛けにはあまりにも過多な多荷物の最終確認を始め、支度を再開した。


 まだ覚醒していない身は重く意図せずとも大きくゆっくりとした動きになる。枕元の時計へと身を返すのに深々と被った布団に大きく隙間が口を開け、室内とは言え柔らかな冷気が隙間より入り肌を撫でる。身震いを強いる程ではあったが瞬時に眠気を覚ましたのは冷気のせいではなかった。



 「え⁉もう三時過ぎてる⁉」



 慌てて布団から出ると前日のうちに準備しておいた服へと着替え始める。寒さを忘れ着替えをするが袖を通す度、肌に触れる度に冷たさは身を強張らせる。しかし気に留める余裕は無かった。

 まだまだ夜の開けぬ早く暗い朝。その理由は。



 「急がないとダイヤが終わっちゃう」



 急かす真美に「わかってる」と慌てた返事を返し支度を走るように終わらせていく。


 『ダイヤ』――――『ダイヤモンド富士』。


 二人はそれを見に行く。いや、正確にはその時起こる筈の『幻』を撮るためだった。


 二人にとってそれは特別で大事な事。特に『彼』、中川(なかがわ)(ゆう)にとっては最期の想いを遂げるために。



 「早くユウ」


 「今行く」



 多荷物を車に積み終え玄関より急かす真美に、慌てながらもマイペースな優は両手に荷物を抱え部屋を見渡しながら最終確認を始めていた。そして大きく自身へと頷くと踵を返し玄関へと急く様に向かう。



 「ユウ。カメラは?」



 それに「あ」と優は間の抜けた声を漏らし、慌て急ぎ仕事机の上から昨日念入りに手入れを施した相棒の一眼レフを取り、駆けるように部屋を出た。


 優は夢であったプロのカメラマンとなり、最近では少しだが名の知られる存在と成ってきた。だからという訳ではないが、これから十年の約束を撮りに行く。











 まだ日の昇る前の静かな道。雪は羽舞うように大粒で永遠と降り、星空見えぬ夜にも幻想的で瞬く様な光を見せていた。

 時刻が早く、真冬ということもあって雪の降り積もる道中には対向車すら擦れ違うことは稀だ。ましてや片側には木が連なり、もう片側には今や雪原となって何も遮る物のない田んぼが永遠と続いている。人はおろか生物の気配すら白く消されたようだった。



 「もう・・。間に合わなかったらユウのせいだからね」



 真美は助手席から少し不機嫌な声を出した。白の濃淡のみの銀世界を窓越しに見つめながら顔を向けることをしない。



 「だからゴメンってば」



 優はおどけた様な声色を助手席に向けるが真美の表情は無表情・・いや何処となく怒っている様に感じられた。


 しかし優は真美の横顔に違うことを思っていた。それは初めて出会った時の事。


 怒っている真美の表情、だがそれでもやはりあの頃より明るくなった。


 それは雰囲気であったり仕草であったりのせいか今の真美からも感じる事が出来た。




 二人の出会いは今頃の時期。例年通りの豪雪で寒さも際立つ頃だった。



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