逢魔時
オレは最近この田舎に引っ越してきた小学生だ。何にもないけど、前に住んでたとこと違ってそこら辺の砂利道を好き勝手に走り回ったり、木に登ったりしても怒られないから気に入っている。
でも一つだけ嫌いなものがある。それは夕方になると、ポツポツと村に設置された防災用のスピーカーから不気味な放送が流されるのだ。
今日もそろそろ流れるだろう。下校中のいい気分を邪魔される嫌な瞬間だ。
「ピンポンパンポーン。夕方になりました、オウマガトキです、ザザーザザザ……ブツ!」
お分かりいただけただろうか? まずオウマガトキという謎の単語。漢字にするとお馬が時とでも書くのだろうか、それにしても意味不明である。
そして古びた設備ゆえに強烈なノイズを毎回出してるのも気にくわないし、お姉さんがアナウンスしてる割にはブツっとブチ切りするのも嫌いだ。いや、実際にはテープを流してておっさんが放送してるのかもしれないけど。
まあしかし、この夕方の不気味な放送以外には今の生活になんにも不満はない。オレはこの何もないけど何でもできる田舎を好きになっていた。
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ある日のこと。買い物のために電車で隣町まで一人でお出かけした。この田舎には生活必需品はともかく、ゲームを買ったりタピオカミルクティーを食べる(食べるで正しいのだろうか?)には隣町まで出向かないといけないのだ。
用事を済ませすっかりオレの御用達となっている田舎の無人駅につく頃には、もうすでに夕方となっていた。今日はもうあの不気味な放送を流し終わっていてくれぇ~、と念じながら家に帰る。しかし願いむなしく、駅の近くに設置されたオンボロのスピーカーはいつものようにピンポンパンポーンと音を出し始めた。
「夕方になりました、オウマガトキです、ザザーザザザ……ブツ!」
せっかくゲームを買って気分が高揚していたのに、台無しにされてしまった。そして無性に腹が立ってきたオレは、石ころを蹴っ飛ばしてムシャクシャを発散するが……
「……あ、やっべ」
道端にいらっしゃったお地蔵さまに、べちっと当たってしまった。なんて罰当たりな事をしてしまったんだ、と慌ててオレはお地蔵さまに駆け寄った。
「ご、ごめんね~お地蔵さま……」
幸い、ケガはしていないようであった。だがお地蔵さまがよく着けてる、あの赤いよだれ掛けみたいなのが落ちてしまっていた。
恐らくこのボロボロの赤い布にオレの蹴っ飛ばした石ころが当たり、糸が切れたか何かで落ちたのだろう。ほんとごめんね、お地蔵さま……
「あ、そうだ。代わりにこれをあげるよ」
オレは汗を拭くために持ってきてた赤いタオルのことを思い出す。今日は涼しくて使わなかったから、キレイなままだ。帰ったらかーちゃんに叱られるかもしれないけど、まあ自業自得だ。
首に新しめのタオルを巻いてあげると、なんだかマフラーみたいになって暑そうに見えたから、まだ飲まずにいたペットボトルの水もお供えしてあげた。
パンパンと合掌し、ごめんなさいしてからオレは家路についた。
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すっかりお地蔵さまのところで長居してしまい、日も暮れかけている。いそいそと足を早めるオレに、不審な女の人が声をかけてきた。
白くて大きなツバの帽子に、不気味なほど真っ白なワンピースの女の人だ。帽子で顔が隠れているのが、さらにオレの不安をあおった。
「ねえボク、赤ちゃんを見なかったかな?」
「い、いや、知らない……」
「ほんとかなぁ、ねえボク?」
「知らないですって、それじゃ!!」
言葉の節々に人間離れした、なにか恐ろしいものを感じたオレはたまらず走り去ろうとしたが……
「しらを切るな!!!!!!」
「ぐっ、体が動かない!?」
「どこにいるんだ、私の赤ちゃん!!」
金縛りにあってしまった! バクバクと心臓だけは動きまわるのに、肝心の体はピクリとも動かせない。ものすごい剣幕で近づいてくる女を眺めることしかできないオレは、さらに驚愕することになった。
なんといきなり女の腹が真っ赤に染まったかと思うと、ボトリと赤ちゃんが足元に落ちてきた。おぎゃあおぎゃあと力なく叫ぶ赤ちゃんを、女は大喜びで抱き上げた。それを見たオレは一安心したのだが……
「ああ、かわいい私の赤ちゃん!」
「よ、よかったね……」
「ええ、見つかったわ……あ、ああ、あ!」
「お、おわぁー!!」
女の抱きかかえていた赤ちゃんが、突如燃え上がったのだ!!!!!
ギャァァァァァァァァ!! と女は叫び、赤ちゃんをギュッと抱き締める。赤ちゃんを覆う炎は女にもメラメラと燃え移り、やがて火だるまへなってしまった。
そしてアァァァァァァ……とうめき声をあげながら、まだ動けないオレに向かってじりじりと近づいてきたのだ!
「ひぎ、だ、誰か助けてくださーい!!」
ガクガクと震えながら、大声で助けを求めるも辺りに人はいない。それもそのはずこの田舎の住民は、あの夕方の不気味な放送が流れた後はあまり外を出歩かないのだ。
あと少しで火だるまの女に道連れにされてしまう。もはや万事休すだ。と、全てを諦めようとした次の瞬間……
なんとさっきのお地蔵さまがオレと女の間に割って入ってきたのだ!
そして何かを落とすお地蔵さま。あれは確か、お地蔵さまが元々着けてたボロボロの赤い布? そういえば目を閉じて合掌した後くらいから見当たらなくなってたが、お地蔵さまが持っていたのか。って、ツッコミどころはそこじゃない!
「コレは……私の赤ちゃんの……」
「え、そうなの?」
「こんなに古びて……でも新しいのを着けてくれたのね」
燃え盛る火はやがて収まり、サラサラと女と赤ちゃんは灰になって天へと昇っていく。
去り際にようやく見れた女の顔は、ようやく我が子と一緒になれてとても喜ぶ母の顔であった。
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あまりの出来事に放心していたオレに、お地蔵さまはクルリと振り返ってきた。そして家まで送り届けんとばかりに、ズズズと動き始めたのだ。
とても頼もしいこの申し出を、オレはありがたく受け取ることにした。そして無事にオレを家まで送り届けると、再びズズズと帰っていく。
「助けてくれたり送ってくれて、ありがと~!」
オレのあげたタオルマフラーをなびかせる背中に、感謝の意をしっかりと伝え家に入るのであった。
次の日、学校のじいさん先生に昨日の出来事を話してみた。この先生は生まれも育ちもこの田舎で、さらに何十年もこの小学校の教師一筋という生きた地元博物館だ。
「逢魔時に外に出るからじゃ。ここは昔から水子が多くて無念のあまり自害した女の霊が多いんじゃから」
「へぇ~、オウマガトキってそんな字なんだ」
黒板に書いてもらった漢字と説明を見て、こんな物騒な字もあるんだなぁと感心する。
夕方とは人間の一日の終わりを告げるとともに、恐ろしい妖怪たちの一日の始まりが来たことを意味する。そして夕方以降に外に出ることは、つまり妖怪や幽霊に逢うことを意味する。だから逢魔時という別名を持つのだと。
そしてようやく、あの不気味な夕方の放送の真意を知った。これからは気味悪がらずに、あの放送を聞いたらすぐ家に帰ろうと決意した。お地蔵さまも、そう何度も助けてはくれないだろうから……
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