駅
とある田舎の駅であたしは電車を待っていた。この駅は1時間に1本しか電車が来ないし、この駅周辺に時間を潰せるようなお店や施設なんてないので、ホームでぼんやりとスマホでニュースを眺めていた。
(ふ~ん、テロ組織の主犯が20年越しにようやく死刑執行されたんだ……にしても暇! タピオカはとっくの昔に飲み終わっちゃったし)
まあ暇な待ち時間はそろそろ終わる。あと5分ほどすればようやく電車が来るのだ。あたしはホームの椅子から立ち上がり、長い時間座り続けてコリ固まった体をのんびりとほぐした。
「くぁ~、意外とラジオ体操の動きってキクぅ……あっ!!」
グイッグイッと勢いよく体を動かしていたら、うっかりスマホを線路に落としてしまった。手帳型のケースに入れてるので画面が割れたりはしないだろうが、よりにもよってあと数分で電車が来るという瀬戸際で落とすなんて。
(まだ少し時間あるし……ささっと取れば間に合うよね)
遥か遠くまで敷かれているレールを見てみる。電車の姿はまだ見えない。ホームにも人はいないし、スマホだって近くに落ちている。意を決したあたしは、スタリと線路に降りたのだが……
「よっとっと……っと!?」
なんと足が線路にがっちりはまってしまい、身動きが取れなくなってしまった! あたしはバタバタと足を動かすも、まったく脱出できそうにない。悪戦苦闘していると、電車が間もなくやって来るというアナウンスが響いた!
(まずい! 早く抜けて、抜けてよ! どうしてこんなトコにはまっちゃうの、この、この!!)
刻一刻と電車が近付いてくるのが振動や音で伝わってくる。しかし、線路なんてそうそうハマるような形ではないし、太っているわけでもないあたしは何故ハマってしまったのか?
ドクンドクンとはやる心臓と、止めどなく吹き出る汗に冷静な思考を邪魔されながら、ふと足元を確認してみる。するとそこには……
「苦シイ……助ケテ……」
「ボク……死ニタクナイ……」
「マダヤリタイコトガ……」
「息ガデキナイヨ……」
「許サン……許サンゾ!!」
なんと紫色に変色した死体のようななにかが、夥しい人数であたしの足を引っ張っていたのだ!!
「いっ……いやァァ! 離して、離してください!! お、お願いします、ねえ……うぐっ」
あまりに凄惨な光景を目にして、ガクガクと全身が震えてしまう。まるで劇薬に体を蝕まれたかのような人たちにガッシリと足を捕まれているという状況に、あたしは思わずうめきながら吐いてしまう。
パシャパシャとあたしの吐シャ物が得体の知れないナニカたちにかかるが、そんなことなど気にも留めずに、あたしを線路に不気味なくらいの力で引き寄せ続ける。常軌を逸した光景に、あたしはクラりと目眩まで起こしてしまう。
……そしていよいよ、向こうの方でカーンカーンカーンカーンと踏切の音がした。とうとう最後の踏切を電車が通過したようだ……!
「だ、誰か助けてください!! お願いします、線路から引き上げて! ねぇ、お願いだから、誰か来て!!」
泣きじゃくりながら誰もいないホームに助けを求める……ふと、落としたスマホが目に入る。そういえば手を伸ばせば取れる位置にある。スマホを取ったところで、今さらどうにかできるとは思えないが……
「電車がもう来ちゃう……イチかバチか、110番くらいしてみよ」
そもそも電車のトラブルで110番に繋げるのが正解なのかもわからない。しかし、この気味の悪いやつらとともに電車にひかれるのをみすみす受け入れてたまるか。少しでも事態が好転する可能性があるなら、あたしはスマホを手に取ってあがくさ!
「よし、画面割れてない!」
手を精一杯伸ばしスマホを拾い上げたあたしは、電話をかけるため即座に画面を開いた。開いた画面には、さっきまで見ていたテロ組織の主犯が死刑執行されたニュースが。最期に見る画面がこれになると思うと、少し未練が残ってしまうなぁ……
と、次の瞬間驚きの状況が巻き起こる!
「自爆テロ……死刑……」
「アア……ヨウヤク……」
「ボクタチノ無念……晴レタ!」
「モウ未練ハナイ……!!」
「オ嬢サン……スマンナ……」
みるみるうちに彼らの異様だった血色は健康的なものになっていき、あわや衝突寸前という電車はあたしの眼前でビタリと停止する。そしてさっきまでの、道連れにせんとするような恐ろしい力は消え去り、逆にふわふわとあたしの体をホームへと浮上させてくれた。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
まだドクンドクン鳴っている心臓と、少しクラクラする頭に参りながら、あたしは電車へフラフラと乗り込んだのであった。
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冷房の効いた電車の中で、ふとさっきのニュースを見直してみる。そしてようやくなるほどな、と納得する。
あの駅ではかつてテロ組織に猛毒を散布され、バタバタと線路に人が落下したところを、これまた猛毒を用いて占領した電車で無惨にもひき殺すという大事件があったのだ。
きっとさっきのは無念のあまり、あたしみたいに線路に勝手に降りるようなバカを道連れにしている被害者たちの幽霊だったんだろう。
しかし運の良いことに、あたしのスマホがそのテロ組織の主犯が死刑執行されたページを開いていたから、彼らの無念は晴れて成仏し、ついでにあたしも助けてくれた。
あたしが一人納得していると、役目を果たしたかのようにスマホの充電が切れて画面は消えてしまった。あたしは目的地へ着くまでしばし目を閉じてうとうと時間を過ごすのであった。
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