『燃える』恋
しゅうしゅう、ぼうぼう。
ゆらゆら、めらめら。
翠狸と紅狐が、向かい合い立つその間に。
大きめのたき火が、燃え上がっています。
「うおお、燃えてるね!」
「ああ、燃えているよ」
あまり意味のないやり取りからも分かるように。
火が燃えている、それだけでふたりとも何やらそわそわ、落ち着かないようです。
「『燃える』恋というから、手っ取り早く燃やしてみたけど。
本物の火って、熱いよねえ。“恋”って、こういうものかな?」
目の前でぱちぱちと弾ける炎を見つめながら、翠狸はしみじみと考え込んでしまいます。
自分の中のものも、このような熱さを、はたして持ちうるのだろうか? と。
「それが全てではないだろうけど……少なくとも、そういった側面もあるのではないかな」
紅狐は、何か思うところがあったのでしょう。
手をぎゅっと握って、その胸元に押し当てています。
「でも、これもありきたりというか、よく言われていそうなことだけど。
火って、いつか消えちゃうものだよねえ。
燃やし続けるには、相当の燃料が要りそうだし」
実際に、こうして火を起こすためには、いろんなものが必要でした。
着火するための道具、火を勢いづける燃料、そして火を維持するための燃やすもの。
今は春ですから、この時期には枯れ葉なんてものは得られませんでしたし、今回は薪を、蓄えているお家の方にお願いして譲ってもらったのでした。
「何も、ずっと燃やし続ける必要はないのではないかな。
確かに、恋を燃やすことこそ醍醐味、人生のスパイスだと言って、それだけに重きを置くひともいるのかもしれないけど。
でも、本来はきっと、そういうものではなくて……」
そこまで話したところで、紅狐は言葉に詰まったのか、口を閉ざしてしまいました。
沈黙の間、翠狸は一生懸命考えてみました。
火。燃えるもの、燃やすもの。
扱いを間違えれば火傷や火事などの惨事を招き、正しく扱えばエネルギーとして活用したり、おいしいごはんを作ったりできる。
考えれば考えるほど、“恋”とは結びつかず、むしろ翠狸の脳みそが焼け焦げて、ぷすぷすと音を立ててしまいそうなほどです。
まとめるとしたら。
翠狸には、やっぱりよく分かりません。
「そういうものでは、なくて?」
なので、素直に続きを促してみることにしました。
「……うん。障害や、困難があると燃える……なんていうことも、ある。
燃料を投じたときに、燃える。そういったものを乗り越えるための、力を生む。
そういう、炎」
何か言おうと思ったものの、言葉が見つからず。
翠狸はじっと、紅狐を見つめています。
一生懸命考えて、ひとつひとつ大事に言葉を選んで、手ぶりをつけながら話すそのしぐさや、伏し目がちな表情が、きれいだなあ、などと思いながら。
やがて話も尽きて、ふたりは黙し、静かに火をながめました。
ぱちぱちと、火が燃える音だけが聞こえます。
紅狐の言葉を受けて、あらためて、その火と向き合った今。
翠狸は、紅狐がしていたようにぎゅっと手を握って、自らの胸に押し当ててみました。
この先、例えば、ふたりに困難や苦難が待ち受けていたとして。
何があっても越えてみせる、その意志、熱が、炎が、確かに自分の中にもある。
そのように、思えたのでした。