終章
ふと目を覚まし、目の前に心地よさそうに寝息を立てている篠宮花月の顔があって、楠城浩太は一気に眠気が吹っ飛んで飛び起きた。
深呼吸をして、状況を整理する。そうだった、昨日は初めて二人でお泊まりして、それで、一緒のベットで寝たんだった。あー、ヤバい。心臓バクバクいってる。起きたら目の前に花月ちゃんの寝顔があるってさ。マジ、ヤバい。スゲー嬉しいけど。スゲー幸せだけど。マジ、心臓に悪い。だって、だってさ。顔合わせるのだって久しぶりだっったのに、いきなりこんな。いや、俺が誘ったんだけど。遠恋続けるって決めたし、花月ちゃんと二人きりの時間もっといたかったし。それに今までのその先にもいきたかったし。色々、色々・・・ね。そんなことを考えて、熱くなった顔を両手で押えて、浩太は蹲った。
また深呼吸をして、心を落ち着ける。少し冷静になって、改めて花月に視線を向けて、浩太は、花月ちゃんマジかわいいと呟いた。そしてそっとその頬を撫でてみる。その感触にこれは夢じゃないと思う。昨日の事は夢じゃないんだ。本当に俺、花月ちゃんと・・・。そう思って、胸がいっぱいになる。花月ちゃんがあんなに苦しんでたなんて知らなかった。脳天気な俺の言葉が花月ちゃんのこと追い詰めてたなんて、全然気が付かなかった。花月ちゃんが不安になるとか、自信がなくなるとか、後ろ向きになることがあるなんて考えた事もなかった。花月ちゃんはずっと変わらないと思ってた。ずっと目の前のやりたいに夢中になって一生懸命頑張って、きらきらした笑顔でいるんだって思ってた。その思い込みが花月ちゃんの異変に気が付かせないで、花月ちゃんに言葉を呑み込ませてたんだよなと思う。花月ちゃんは思ったことを素直に何でも口に出して隠し事なんてできないんだと思ってた。自分を偽るなんて事しないと思ってた。花月ちゃんにだって、知られたくないとか、嫌われたくないとか、そういう気持ちがあるの当たり前なのに。楽しいとか明るい気持ちばかりじゃなくて、暗い気持ちだって色々あって当たり前なのに。まっさらな子供みたいだった花月ちゃんだって、いつまでも子供じゃいられないって、皆言ってたのに。俺は、全然解ってなかったな。狭い世界でしか生活したことがなかった花月ちゃんが、普通に年相応に生活するっていうことがどれだけ大変なことかなんて、考えもしなかった。勝手に花月ちゃんは大丈夫って思ってた。花月ちゃんならなんだって上手くいくって、新しい物に触れたらそれに夢中になってどんどん先に行っちゃうだろうからって。できないこともどんどんできるようになって、知らないこともどんどん知って、俺じゃ解らないような難しいことだって理解できるようになって。それを凄く楽しそうに話してくるんだろうけど、それに俺はついていけなくてってスゲー想像できて。片想いだった頃もどんどん成長してく花月ちゃんを見て、あっという間に追い越されて置いてけぼりにされる自分が情けなくて、できない自分を知られるのが格好悪いと思って、ふて腐れて、落ち込んで、努力する前からできないって決めつけて、どうせ俺なんかって諦めようとして。そんなことやったから。でも、あの時俺は、遙ちゃんに怒られて、花月ちゃんと向き合った。そうしたら、花月ちゃんはできない俺をバカになんかしなかった。わたしの方が浩太よりできるようになったなら、今度はわたしが教えてあげられるねって笑ってくれた。一緒に頑張ってくれた。できないことができるようになる楽しさとか、頑張った後の達成感とか、誰かが一緒に喜んでくれる喜びとか、全部、花月ちゃんが教えてくれた。ずっと好きだった。出会った瞬間からずっと。一目惚れから始まって、でも、一緒にいるうちにその好きは特別なモノになって。花月ちゃんは絶対に失いたくない存在になっていった。だから友達以上になりたかったのに、その関係が壊れるのが怖くて告白できなくて。モタモタしてるうちに他の人に先超されて、ショック受けて。しかたがないって諦めようとして。でも、諦めようとしたのに、花月ちゃんの方が俺の所に来てくれたんだ。俺のことが好きだからって告白断ってきたって、俺に告白してくれたんだ。どうしようもない俺を、花月ちゃんが選んでくれた。だから、俺は、俺を選んで良かったって思ってもらえるような男になろうって思ったんだ。花月ちゃんに見合う男になるんだって誓ったんだ。花月ちゃんみたいにあれもこれもはできないけど、一つだけこれって決めた物だけはやりきろうって。花月ちゃんが凄いって言ってくれた自分。俺みたいになりたいって憧れてくれた自分で在り続けたかった。花月ちゃんをがっかりさせないためにも、誰にも負けない物を一つだけ、その一つを極めるんだって。そしてそれで花月ちゃんを最高の笑顔にするんだって、そう思ってたのに。花月ちゃんなら、その瞬間の俺になんてすぐ追いついてきてすぐ追い越しちゃうと思うから、そんな自分で在るためには何を置いてもまず頑張らないとって思って。それを花月ちゃんも望んでるって勝手に決めつけて、いつの間にか俺の方が花月ちゃんを置いてけぼりにしていた。本当は花月ちゃんの傍にいて支えてあげるべきだった時に、俺はただ自分の事だけ頑張って、花月ちゃんがその時どんな思いでいるかなんて考えずに、二人の夢に近づいてるって浮かれて一人喜んで。それで花月ちゃんを追い詰めてたのに、それが花月ちゃんを一番喜ばしてあげられることだって信じて疑わなかった。一緒じゃなきゃ意味がないのに、一緒に喜べないなら意味なんてないのに。そこに花月ちゃんの笑顔がないなら俺の努力なんて何の意味もないのに。花月ちゃんが本当に辛いとき、俺は寄り添ってあげられてなかった。ごめんね。でも、これからは気をつけるから。花月ちゃんのことなら誰よりも一番解ってるのは俺だって、花月ちゃんを一番幸せにできるのは俺だって、そう言える男に今度こそ俺なるから。そんなことを考えて、浩太はそっと花月の額にキスをした。
スマートフォンの着信音がけたたましい音を立てて、浩太はビックリして慌てて通話に出た。横目で花月を確認し、今の音で彼女が起きてないことにホッとする。
「もしもし?」
『あ、浩太?お前、どこいんの?なにしてんの?ってか、花月はちゃんと一緒にいんの?』
そうスマートフォン越しに柏木遙の声がまくしたててきて、浩太は言葉に詰まった。
『ちょっと、浩太。話し聞いてる?ってか、生きてる?』
「生きてるよ。ちゃんときいてるって。遙ちゃんが急にまくしてたててくるから、一瞬反応に困っただけだから。」
『あっそ。で?昨日は荷物玄関に放置して飛び出して、その後なんの連絡もなく姿眩ませて、お前何してんの?』
「別に、何も。サクラハイムに戻らないで外泊しただけ。連絡入れなかったのは悪かったけど、俺だって色々いっぱいいっぱいだったし。もう子供じゃないんだからそれくらいいいだろ。一晩帰らなかったくらいで騒ぐことじゃなくない?それに、荷物放り出して飛び出したのは、遙ちゃんが凄い勢いで変なこと言って来たからでしょ。しかも俺のこと追い出したの遙ちゃんじゃん。もう、遙ちゃんのせいで、俺、勘違いで真田さんに喧嘩売っちゃって。真田さんには笑われるし、花月ちゃんには泣かれるし、俺の頭ん中大変だったんだからね。」
『なにそれ。俺、そんなの知らないし。お前がお気楽すぎるのが悪いんでしょ。俺は散々言ってんのに、お前いつも本当危機感なくてさ。お前が脳天気にヘラヘラしてて全く気が付かないうちに、いつの間にかどっかの誰かに花月のこと横取りされてて泣かずに済むように、俺は気を遣ってあげたんでしょ。花月が荒れてる間、一臣の奴ちょっかい出してたし、湊人もあいつの味方だし。花月も俺よりあいつらとるしさ。花月の奴、俺の言いつけ守ってちゃんと一臣と距離とってた癖に、湊人に唆されたら俺が止めてんのに一臣と二人で出掛けたからね。で、昨日は、なんか真剣な顔して話があるから付き合えって、一臣のこと連れ出してさ。お前より一臣の方が良くなって乗り換える気なのかなって、俺・・・。ったく。花月の奴、俺の言うこと全くきかないし、俺のことスルーしやがって。なんで、お前じゃなくて俺の方がヤキモキしなきゃいけないんだよ。お前がフラれようと俺には関係ないのに、お前がいつもあまりにもお気楽で考えなしで、そのせいでさ。あいつが他の誰かにとられるんじゃないかって思うと、フラれて落ち込むお前とか見たくないし、俺が焦ることになるんでしょ。なんでお前のことで俺の方がこんな気を揉まなきゃならないの。しかも、それでそんな文句言われるとか、本当、ムカつくんだけど。俺がどれだけ心配したか解ってんの?ってか、連絡入れなきゃ夕飯のこととかもあるし迷惑でしょ。俺はともかく、管理人さんか湊人には連絡入れろよ、バカ。あー。本当、腹が立つ。』
ちょっと文句を言ったら、酷く苛立った様子で倍以上に返されて、浩太は言葉を詰まらせて、反論できず、小さくごめんなさいと呟いた。
『本当、一臣はやたら機嫌良く帰ってくるし。いつまで経ってもお前と花月は帰ってこないし。連絡しても二人ともでないし。っていうか、花月は元々すぐ帰ってくるつもりだったのか、スマホ持ってってなかったみたいで、あいつの部屋から着信音聞こえてきてさ。お前としか連絡取れないのにお前、でないどころか、何の連絡もしてこないってバカじゃないの。連絡取れないくらい二人が修羅場ってるのかって考えちゃったじゃん。花月が別れるって言い出して、お前がそれに縋って泥沼化して大変なことになってんじゃないかって・・・。』
「なってない。そんなことなってないから。修羅場どころか、むしろ、仲が深まったというか、なんというか。俺・・・。ヤバい。」
『何が?』
「いや。その。あー。遙ちゃん、俺、どうしよう。思い出したら、マジでヤバい。ヤバいって。どうしよう。」
『はぁ?だから、何?何がそんなヤバいの。お前、なにやらかしたんだよ。』
「俺。ついに花月ちゃんと・・・。」
『だからなんなの?あいつとどうしたの?』
「・・・しちゃった。あー。マジやばい。思い出しただけで、マジ。もう、俺。どうしよう。いや、したいと思ってたよ。そのために外泊誘ったよ。でもさ。お互い初めてだし、もっとこう順序とか色々。そこにもっていくまでの色々考えてたんだよ。一応。ブルーノにも絶対男のペースでがっつくなって言われてたし。女の子は壊れ物なんだから優しく扱わないとって言われてたしさ。でも、花月ちゃん、俺と一緒にいれるのが嬉しいって、やたら甘えてくるし。二人きりになったらやたらくっついてきて、俺とずっとこうしたかったとか言って。あー。もう、何アレ。かわいすぎなんだけど。あんなことされたらさ。ムリ。理性ふっ飛ぶに決まってんじゃん。いや、それでも押し倒してから一瞬正気に戻ってちょっと自分にまったかけたよ。かけたけど。でもさ。全然余裕なくて。俺、ちゃんとできてたのかな。ブルーノには色々教えられてたけど、ちゃんとできてたか全然覚えてない。大丈夫かな?がっつきすぎてて嫌われるとかってある?しちゃったものはしょうがないけど。でも、今更、不安なんだけど。あー。どうしよう。いつも早起きの花月ちゃんがまだ寝てるって時点で、やっぱ、けっこうムリさせちゃったのかな?俺、嫌われない?これで花月ちゃんに避けられるようになったら、俺、生きていけない。どうしよう。俺、どうしたらいい?」
『知るかそんなこと。ってか、お前、従兄弟に何仕込まれてんだよ。イタリアでなにやってんの。初めてなんて余裕なくて当たり前でしょ。どうだったかなんて本人にきけよ。それで嫌われるかどうかなんて知るか。ってか、まだしてなかったのかよ。二年以上付き合ってる癖にしてなかったことの方がビックリなんだけど。』
「いや、だって、超遠恋で、連絡は取り合ってたけど全く会ってなかったし。」
『お前等、付き合ってから一年以上は同じ屋根の下で暮らしてたよね。』
「いや。できるわけないじゃん。皆もいるのに。」
『五号室で二人きりになってたのに?あそこ他の部屋と違って花月の一人部屋。邪魔が入らない状況なんていくらでもあったでしょ。』
「うっ。確かに、それはそうだけど。でも、そういうことはちゃんと大学合格できてからって決めてたし。二人で合格して、それでって。そういうのもモチベーションにしてたというか。」
『それで、一回も手出さないで我慢してたんだ。あんだけいちゃついてたくせに。あいつと二人きりになっても耐えて受験勉強してたと。逆によくそれで勉強に集中できたね。』
「いやー。そうでも。花月ちゃんかわいいし。マジ無防備だし。本人自覚してないだろうけど、めちゃくちゃ煽ってくるし。度々耐えられなくなりそうになってたよ。付き合い初めの頃、一回、押し倒しちゃったことあるしさ。でも、三島さんが俺と個室で二人きりの時俺の様子がおかしかったらこれ渡せって、花月ちゃんに避妊具渡してて、それ紙袋のまま渡されて。袋の中見た瞬間、冷静になったよね。行動読まれてるってか、信用されてないって。実は、花月ちゃんと付き合い始めた時点で、他の人からも色々言われてたんだよ。花月ちゃんはあんなだから俺の方がそういうことしっかりしないとって、色々、色々さ。遙ちゃんにも言われた気がするけど。でも、実際そういうことになって、そうやって渡されて。なんて言うの?色々衝撃的で。あんだけ言われてたのに俺何してんの?バカじゃないって。で、こういうことは勢いとかでしちゃダメだって、ちゃんとしないといけないことだよなって。男として責任持たなきゃってめちゃくちゃ自覚して。絶対、絶対、大学合格して先のことがちゃんとするまでそういうことはしないって決めたの。でも、落ちちゃって。落ちちゃったのに、そういうことだけさ、解禁するのってさ。格好悪いっていうか、なんていうか。それで・・・。」
『あっそ。それ、凄くどーでもいいんだけど。俺、別にお前のそういう事情とか全く興味ないから。お前が花月とどこで何しようと俺には全く関係ないし。あーあ。心配して損した。そんな惚気話しとか本当いらない。もう帰ってこなくて良いから、一生、二人でいちゃついてろ。そうそう、二号室そのままにしてあるし、お前の荷物もおきっぱだけど、今、二号室借りてるの俺だけだからね。お前、契約更新してなくて、俺が一人で一部屋分の家賃支払ってんだからね。まぁ、金出してるの親だけど。でも、あそこ俺の部屋だし。とっとと出てってもらおうかな。お前の荷物纏めて廊下に放り出しといてやるから。勝手に回収してくれる?もう、お前の事部屋に入れてやんないから。』
そうどこか不機嫌そうに突き放されて、浩太は、そんな遙ちゃんと情けない声を上げた。
「ちょっと待って。遙ちゃん。なんでそんな怒ってんの?なんでそんな機嫌悪くなってんの?俺、そこまで怒らすようななんかした?とりあえず、俺の荷物放り出すのはやめて。あと、できれば日本にいる間、二号室使わせて。お願い。俺、そんなに金ないし。マジで、二号室追い出されるの困るから。」
『そんなのしらない。宿泊費浮かせたいなら、五号室に荷物運び込んで居座れば良いじゃん。お前の彼女の部屋なんだし。俺のとこなんかこないで、そっちに転がり込めばいいでしょ。』
「ちょっ。そんな、遙ちゃん。そんなこと言わないでさ。お願い、二号室に入れて。花月ちゃんとずっと一緒とか、俺、色んな意味でヤバいから。ごめん。俺が悪かったから。遙ちゃんのこと蔑ろにしてごめんなさい。心配掛けたのに文句言ってすみませんでした。もうしないから。お願い、許して。」
そうスマートフォン越しに縋り付いて、通話の向こうから呆れたような溜め息が聞こえてきて、浩太はもう一押し、遙ちゃんお願いと念を押した。
『ったく。浩太ってさ、本当、バカだよね。』
「なんで俺バカにされてんの?」
『本当、変わらないって言うか。本当バカ。付き合った相手が花月じゃなきゃ、お前いいように使われるか、とっくに見限られてポイされてるかのどっちかだったよね。絶対。』
「なんか、スゲー言われようしてる気がするんだけど。」
『だって、そうでしょ。最終学歴バカ高卒で、現在ろくに稼げてない将来も全く約束されない路上パフォーマー、それがお前。バカで、お人好しで、脳天気で。面食いだから、外見良ければころっと騙されそうだし。ちょっとかわいいこぶってお願いとか言われたら、二つ返事で何でもしそうだし。それで、ありがとう、浩太君ってやっぱ頼りになるねとでも言われようものなら有頂天になって騙されてても気付かなそうだし。変な女に引っ掛からないで本当に良かったね。』
「うー。遙ちゃん酷い。そんなことないって言いたいけど、そういうこともありえたのかもとか思う自分がいて、強く否定できないのがなんか悔しいんだけど。でも、俺、花月ちゃん一筋だし。花月ちゃん以外よそ見しないし。する気ないし。花月ちゃんがいるのに他の女に目移りなんてありえないから。騙されることないから。いいじゃん、そんなこと言わなくたって。」
『そうだよ、お前には花月しかいないの。見た目が良くて、単純バカのアホで、人を騙すとか考えないし、真面目で何事も一生懸命やる奴でさ。家事も何でもできるし、おまけにお前の事好きになってくれて。花月以上の相手なんて絶対お前見付けられないよ。だからさ、ちょっとしたことであーだこーだ言って、こうだったらどうしようとか悩む余裕なんてお前にはないでしょ。悩むなら、花月のこと手放さないようにしっかり捕まえておくことだけ考えなよ。過ぎたことを後悔するんじゃなくて、何があってもどうやったらずっとこの先二人でいられるのかを考えて努力しなよ。俺にはすぐそうやって泣きついてくるんだしさ、なんかあったら花月にも縋り付けば?体裁なんてどうでも良いんだよ。お前はバカなんだから。ってか、お前等二人ともバカなんだから。一人で考えたって悶々とするだけでしょ。俺に吐き出すぐらいなら、全部本人に吐き出せっていうの。それで二人で考えれば良いじゃん。なんだって。』
そう言われて、浩太はハッとして、そっかそうだよねと呟いた。
「遙ちゃん。ありがとう。俺、頑張るよ。」
『別に。お前どうでも良いことで一々うるさいし、答えになるようなこと言ってやらないと、延々と出口のないことうだうだしてうざいから、思ったこと言っただけだから。それに、お前等に別れられると間にいる俺が面倒だし。だからお前等にはずっと仲良くしてもらわないと俺が困るだけだから。』
「遙ちゃん・・・。」
『なんだよ?』
「なんでもない。ってかさ、遙ちゃんはいつまで日本にいるの?」
『俺?予定より早く来ちゃったけど、帰りはいつも通りだけど。』
「じゃあさ、一年越しになっちゃったけど、約束果たしに行かない?本当は、去年三人で観に行く約束だったんだよね。でも、去年は俺が日本にいなかったから。せっかくこうしてこの時期に三人とも日本に揃ってるんだしさ。また三人で、今度こそちゃんと花火大会観に行こうよ。」
そう言うと、一瞬間を開けてからはぁ?嫌だよと遙の声が聞こえてきて、浩太はそんなーと情けない声を上げた。
『なんで俺がお前等と花火観に行かなきゃいけないの。俺、完全お邪魔虫じゃん。』
「だって、ちゃんと花火観れなかったからリベンジしようって三人で約束したじゃん。三人でした約束だから、三人揃わないと意味ないんだって。遙ちゃんいないと意味ないし、花月ちゃんも絶対遙ちゃんも一緒が良いって言うに決まってるじゃん。遙ちゃんが来てくれたら、花月ちゃんも絶対喜ぶよ。」
『それは凄く想像つくけど。あいつ、ようやくリベンジできたねとか言ってムダに顔キラキラさせて喜びそうだけど。でも結局、お前等がいちゃついてんのずっと見せつけられてるだけでしょ、俺は。途中で抜けようとしたって、絶対お前等俺のこと捕まえてくるし。なんの嫌がらせな訳?なんでバカップルと一緒に花火大会なんか行かなきゃいけないんだよ。嫌だよ。』
「そう言わずさ。なんなら遙ちゃんも彼女呼べばいいじゃん。そうしたらダブルデート。人数増える分には全然問題ないと思うよ。彼女、日本に来たがってたんでしょ?ってか、今年は彼女も連れて帰省しようかなとか言ってなかったっけ?来ないの?」
『別れた。』
「え?」
『だから、別れたの。フたれたんだよ。夏休み入る前に。』
「嘘。え?なんで?」
『知らないよ。いつも俺の帰省に付いて来たがってたから、今回の帰省についてくるかきいたら喜んでたくせにさ。なんか俺の家族に会えるって勘違いしてたから、あいつらに会わせる気はないけどって言ったら怒り出して。うちの双子になんか引き合わせたらどんな目に遭うか分かんないのに、会わせられるわけないじゃん。そういうの説明しても全然きかないし。挙げ句の果て、もう別れるって出てって。俺も腹が立って勝手にすればって無視してたら、なんで追ってこないんだとかなんとか。別れるって言ったのお前でしょ、ってかなんなんだよって大喧嘩の末、二度と顔も見たくない連絡もしてくるなって、何故か結局俺がフられる形で終わったんだよ。』
「うっ。それは、遙ちゃん・・・。あの。その。えっと・・・。なんか、ごめん。」
『謝んないでくれる。謝られると、なんか妙に腹立つんだけど。』
「うん。ごめん。」
『だから、謝るなって言ってんのに。あー。腹立つな。もう、本当、お前の荷物纏めて五号室の前に置いといてやる。緩みきったお前の顔とか本当、見たくない。』
「ちょっ、遙ちゃん。それは、マジでやめて。」
そんなやりとりを暫くしあった後に、遙が気が晴れたのか一息つく。そして、管理人さん達には適当に言っといてあげるから、今日はちゃんと帰って来なよと言葉を残し、通話が切られる。そのまま通話が切れたスマートフォンを眺めていると、横から浩太?と声がして、浩太は花月の方に視線を向けた。
「おはよう。」
そう言って嬉しそうに笑いかけてくる顔に目が釘付けになる。
「なんか、起きてすぐ浩太がいるって嬉しいね。」
そう言って照れたように笑う姿に胸がいっぱいになって、浩太は花月を抱きしめた。
「浩太?」
「なんていうか。俺、幸せ。マジで幸せすぎてどうしよう。花月ちゃん、大好き。」
そう言ってそっとキスをする。わたしも幸せだよ、浩太大好き、なんて言って、キスを返してくる仕草に、心の中で悶絶する。もう、本当。マジでやばい。ヤバすぎだから。本当、幸せすぎて死にそう。そんなことを考えて、浩太はあることを思いだした。
そっと花月の身体を離して、ベットから立ち上がる。確かアレは鞄の中じゃなくてポッケに入れといたはず。そんなことを考えながらズボンのポケットを漁って目的の小さな袋を手にする。良かった。ちゃんとあった。会ったらすぐ渡せるようにっていうか、なくさないようにっていうか、ちゃんとここにあるって確認しときたくてここに入れといたけど、結果的にこんな雑に扱っててなくなってなくて良かったなんて思う。
深呼吸して、花月に向き直る。そして浩太は彼女のもとにもどって、ポケットから取り出したそれをそっと差し出した。
「花月ちゃんに会えたら渡たそうってずっと思ってたんだ。誕生日プレゼントとかはいつも遙ちゃん経由で渡してもらってたけど、これだけはさ、絶対自分で渡したくて。」
そう言って、プレゼント?と、不思議そうに呟く花月の手を取って、その掌に小さな袋の中身をあける。
「指輪?凄い。綺麗に細かく彫り物がしてある。かわいい。」
指輪を一つ摘まんでキラキラした目で眺めながらそう呟いて、花月が、同じのが二つ、でも大きさが違うと首を傾げる。
「二つくれるの?」
「うーうん。一つは俺の。」
そう言って花月の手から大きい方の指輪をとると浩太は自分の左手の薬指にそれを嵌め、そしてもう一つの指輪を摘まむと、彼女の左手をとってその薬指にそっと指輪を嵌めた。
「前に出演したイベントの出店で見付けたんだ。花月ちゃん、細工物好きだし、こういうデザイン好きそうだよなって。それで・・・。」
そう言いながら浩太はそっと花月の指に嵌めた指輪を撫でた。
「今はまだこんな安物しか渡せないけど。俺、頑張るから。花月ちゃんが大学卒業して俺の所に来てくれる頃にはちゃんと。俺はパフォーマーとして名をあげて、花月ちゃんと一緒に世界中を飛び回れるようになってる。その時には改めてちゃんとしたのを贈るよ。それまではこれが約束の証。俺はずっと花月ちゃんのことを想ってるよ。ずっと一緒にいたいって思ってる。一生、一緒にいて欲しいって。この気持ちはずっと変わらない。ここに、俺の君への愛を永遠に誓うよ。」
そう言って、浩太はそっと指輪にキスをした。
「浩太。それって・・・。」
「俺の決意表明。まだ結婚してって言うには俺、情けなさ過ぎるし。とりあえず、俺の気持ちだけ受け取って欲しいなって。その時が来たら、改めてちゃんとプロポーズするから。花月ちゃんの返事はその時にきかせてくれる?」
そう伝えると、花月が自分の指の指輪を触りながら本当に嬉しそうに微笑んで、浩太はそれに見惚れてしまった。
「うん。その時が来るの待ってる。」
それを聞いて胸が詰まる。あぁ、俺。マジで幸せ。絶対、待たせないようにしないと。花月ちゃんが大学を卒業するまで、それまでに絶対、俺は世界で活躍できるようなストリートパフォーマーになるんだ。そして、改めてプロポーズをする。そう胸に誓って、浩太は今ここにいる彼女との時間を満喫した。