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あれから  作者: さき太
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序章

 幼馴染みの楠城浩太(くすのきこうた)に会うために、柏木(かしわぎ)(はるか)は列車に揺られながら彼のいるイタリアの田舎町へ向かっていた。浩太の奴どうしてるかな。少しは前より稼げるようになってるのかな。あいつ、受験失敗したからって、大学行くの諦めてストリートパフォーマーになるとか言って。いくらじーちゃんばーちゃんがいるし、日本よりそういう職業が一般的だからって、イタリアの田舎町で本当に小銭稼ぎから始めるって、バカじゃないの。そんなことを考えて、遙は車窓を流れる景色を眺めながら浩太に思いを馳せていた。

 『プロになって自立するって決めたんだから。まだ全然稼げないし、衣食住をばーちゃん達に頼り切りだけど。でも、これ以上は甘えちゃダメだと思うんだ。ちゃんと稼げるようになるだけじゃなくて、世界で活躍するようなストリートパフォーマーになって、花月ちゃんが大学卒業したら一緒に世界中を興行して回るって約束してるからさ。ちゃんとそうなれるように頑張らないと。ほら、俺、自分に甘いから、意識して頑張らないとぐだぐだになって約束守れないと困るじゃん。だってさ、一緒に大学行こうって約束を守れなかったから、これは絶対に破れないからね。やっぱムリだったゴメンなんて格好悪いじゃん。それに、また約束守れなかったら、また花月ちゃんに悲しい顔させちゃうだろうし、男として大切な彼女にそんな顔させるわけにはいかないし。二回も破って口ばっかで約束守んない奴なんだなんて思われたくないし。やっぱ、花月ちゃんには心から笑ってて欲しいじゃん。将来の花月ちゃんの笑顔のためって思うなら、俺、何でも頑張れるから。花月ちゃんだって日本で頑張ってるんだから。今、一緒にいられないくらい全然平気。俺達はお互いがお互いの太陽だから、離れてたって、想うだけで俄然、元気もやる気も湧き出てくるからね。』

 そう言って脳天気に笑う浩太の顔が頭に過ぎって、遙はバカじゃないのと思った。本当、バカだと思う。そんなこと言って親や祖父母に頼らないから、浩太は時間はあっても日本とイタリア行き来するような金がないし。花月の方も頼れる実家もなくてバイトで生計立ててるからやっぱ金がないし。あいつはなんだかんだ言って長期休暇も部活の合宿とかもあってヒマでもなさそうだし。お前ら、この一年間全く会ってないじゃん。俺だって留学して日本離れてるのに、付き合ってる相手より俺の方がはるかに回数会ってるっておかしいでしょ。シェアハウスで同居生活してたときは、ヒマさえあれば二人で勉強するか遊ぶかしてて、あんなにずっと一緒にいたくせに、受験終わって浩太が高校卒業したら、いきなりこんな遠距離の上に一年以上会ってないって。そんなんで本当に平気なの?そんなんでお互い不安にならないの?特に浩太はさ。お前の彼女、ムダに美人な上に色々抜けてるから男がやたら寄ってくるし。それでなくても、お前の彼女のファーストキス奪った男がまだ一緒に同居してんだぞ。しかもあのバカ、そんな男と普通に友達付き合い続けようとしてたしさ。あいつはあいつでハッキリとフラれたし吹っ切れたとか言ってるけど、全然彼女作る気配ないし、まだ諦めてないかもしれないからね。それなのに、こんなに放置しといて、誰かに掠め取られるとか心配にならないの?帰ろうと思えば帰れるんだから、せめてあいつの長期休暇に合わせて年に数回くらい、少なくても年に一回は日本に帰れよ。そんなことを考えて、遙は、あいつらがそんな不安感じるわけないかと思って、呆れたような気持ちになった。二人とも脳天気で、バカみたいにお互いのこと信頼し合ってて、相手の気持ちが他の誰かにいくかもなんて微塵も疑うことすらしないから。お互いがお互い誰と何してようがヤキモチすら妬いてるところを見たことがない。こんなに物理的に距離が離れてるのに、全く距離を感じさせないバカップル。自分達が金がないからって、いつも俺の帰省に便乗して色々やりとりしてさ。俺が預かった荷物渡せば、二人ともいつも同じような顔して、同じように惚気てきて。なんで毎回、俺がお前等の間を行き来して郵送係をしてやらなきゃいけないの。面倒臭い。まぁ、二人は俺にとって特別で大切な存在しんゆうだから、しかたがないから協力してあげるけどさ。でも、苛々する。そんなことを考えていると、浩太の暮らす町の駅に到着して、遙は列車を降りた。

 改札を抜けて、駅前の広場でストリートパフォーマンスをしている浩太を見付けて、遙は彼の方に向かった。そして、彼が芸を終えて一礼し、観客にファンサービスをしている様子を眺め、前より客集まってるし、人気出てきたんじゃんなんて思って、その様子をカメラに収めようとスマートフォンのカメラを起動し、シャッターボタンを押した。丁度そのタイミングで、浩太が若い女性ファンからハグされ頬にキスをされて、見事にその姿が画面に収まって、遙はちょっとしたいたずら心が見栄えた。こんなんこっちじゃ挨拶みたいな物だし、こんな画像一枚であいつが浩太が浮気したなんて本気で信じるわけないけど、少しくらい不安になったりしてちょっと喧嘩にでもならないかな。たまにはさ、そういうのも必要じゃない。ってか、少しくらい意地悪して日頃の鬱憤晴らしたって良いよね。そんなことを考えて、遙は、その画像に浩太が浮気してたよとメッセージを付けて、浩太の彼女である篠宮(しのみや)花月(かづき)に送信した。そして、観客が引いた浩太の元に行って話し掛ける。

 「浩太、お待たせ。そして久しぶり。お前のパフォーマンス見てたけど、結構人集まるようになったじゃん。仕事順調そうでなによりだね。」

 「あ、遙ちゃん。いらっしゃい。見てたんだ?こっちの電車、日本と違って時間通りにこないから、遙ちゃん待ってる間にもちょっと小銭稼ぎしようかと思って。最近は固定のファンが付いてきて、結構話しかけられることも増えたんだ。自分で売り込みに行かなくてもちょっとした催し物とかに呼んでもらえるようになってさ。なんかちゃんと仕事って感じになってきたかも。実は、今月、大きめのイベントの出演依頼が三つも入ってるんだ。凄くない?それで、纏まった収入が入る予定だから、今年は久しぶりに日本に帰省しようかと思って。丁度、来月から向こうの大学も長期休暇に入るし。花月ちゃんの夏休みの予定きいて、空いてるところに合わせてさ。実は、前に出演した催しの出店で花月ちゃんの好きそうな細工物のアクセサリー見付けてさ。プレゼントしようと思って買ってたんだけど、それはどうしても花月ちゃんに直接渡したくて、しまってあって。郵送代バカにならないから、誕生日プレゼントとかそういうの遙ちゃんに持ってってもらってたけど、本当、これだけはどうしても自分で渡したくてさ。やっと渡せると思うと、なんかドキドキなんだけど。ってか、花月ちゃんに久しぶりに会えると思ったら、俺、もうさ。あー、早く来月にならないかな。マジで楽しみなんだけど。」

 そう言って、心底楽しみな様子で嬉しそうに顔を綻ばす浩太を見て、遙はちょっと罪悪感が湧いてきた。どうしよう。さっきの画像もう送っちゃったし、とりあえず、さっきのは嘘だってメッセージ入れて、浩太がこっちで頑張ってて仕事順調だって、後で本人から連絡あるだろうけど夏休みそっち行くってさ、楽しみにしてたらってメッセージも・・・。そんなことを考えて、焦って花月にメッセージを連続で送って、でも、浩太が浮気してたよの後のメッセージに既読が付かなくて、遙は焦った。うわっどうしよう。既読が付かないって、意外と俺が想像してたよりあいつアレにショック受けてたりするのかな。どうしよう。とりあえず、すぐ否定してやらないと。そう思って、電話を掛けてみて、繋がらなくて・・・。

 「遙ちゃん、さっきから焦って何やってるの?」

 そう呑気に浩太に話しかけられて、遙は罪悪感で胸がいっぱいになって、浩太ごめんと呟いた。

 「俺、とんでもないことしたかも。」

 「え?何?どうしたの?」

 「冗談のつもりっていうか、ちょっとしたいたずら心で。花月にお前が浮気してるって画像付きでメッセージ送っちゃったんだけど・・・。」

 そう言って、遙は浩太に自分のスマートフォンの画面を見せた。

 「前言撤回しようとしたら、コレの後既読が付かなくなって、あいつ電話も出ないんだけど。」

 それを聞いた浩太の顔がサッと青くなって、遙は、本当ごめんと呟いた。

 「ごめんって。遙ちゃん。え?コレ。え?俺、浮気なんかしてない。したことないし、するつもりもないから。っていうか。ちょっ。コレ。本当、どうしてくれんの!?」

 そう叫んで、浩太が慌てて自分のスマートフォンを取り出して電話を掛ける。

 「あー。本当、出ない。どうしよう。あ、管理人さん。管理人さんに電話して。」

 そんなことを言いながら浩太が、自分達が暮らしていた、そして今も彼女が住んでいるシェアハウス、サクラハイムの管理人に電話を掛けている様子を眺め、遙は、こんな大事にするつもりはなかったのにと思った。

 「あー。もう。管理人さんがとりあえず説明しといてくれるって言ってたけど、本当、どうしてくれるの。それでどうにかなるか解らないし。遙ちゃん。コレは本当酷い。今すぐ日本に飛んで行きたいけど、俺、仕事あるし、まだお金も入ってないし。本当、どうしてくれんの。とりあえず、最後の催し終わったら、すぐ飛んでく。飛んでくから。」

 そう嘆く浩太の様子にいたたまれなくなって、遙はまたごめんと呟いた。

 「もう二度とこういういたずらはしないから。俺、先に日本戻って、花月にも謝ってくる。」

 そう言って遙は、自分が帰省のために予約していた飛行機をキャンセルして、一番早い日本行きの便をおさえて、ちょっと前に降り立ったばかりのホームへ戻っていった。これで二人が別れることになったりしたら本当にしゃれにならない。これくらいで二人の仲が揺らぐはずないって思ってたのに。なんで。そんなことを考えて、遙はいつまでも既読も付かず、折り返し電話がかかってくることもないスマートフォンを眺めながら、列車がくるのを待っていた。


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