異世界追放刑についての、異世界の兄妹の会話
皆さんのいらっしゃる世界とは違う、けれども似た所も多々ある。
そんな世界で、皆さんに親しい表現で言うと40歳位の兄妹が、皆さんの慣習に例えるとお盆の帰省に当たるような理由で顔を合わせている。そんな場面でございます。
テレビジョンの大画面では――いい加減回りくどいですから皆さんの世界の名詞に合わせますね――数人の有識者なる人々が集まっておりました。
『――次のトピックです。先日、日本で世界初の異世界追放刑が執行された事は、視聴者の皆さんも記憶に新しいかと思います。そこで当番組でも、この新時代の刑罰について徹底討論したいと思います。今回お招きした方々はこちら側から、東京首都圏大学教授、北山――』
プツン
「あ、おい消すなよ」
番組を見ていた兄が隣を見ますと、心底うんざりした顔をした妹がリモコンを握っています。
「見てらんないー。夢も何も有ったもんじゃない。JKだった頃誰かさんに唆されてドはまりした異世界転移モノは100パーでフィクションだったけど夢があったし、心躍ったもんなのに」
この世界でも文学というものはあり、豊かな想像力でもって異世界を描いたフィクション小説は、一部で熱狂的に創作、消費されておりました。かく言う妹もその愛読者。
「お前が読んでたのは異世界転移っつっても結局女主人公のハーレムモノだったじゃん」
「シャラップ! 兄ちゃんだって主人公が男になっただけで似たようなもんばっかだったでしょ」
「冒険活劇だし。ちょっと女性比率が高いだけの」
「はいはい言い訳言い訳。そんな事どうでもよくてさ、異世界転移技術を刑罰に使うってのが気に入らないって言ってんの」
「ほー」
兄がそっとリモコンを取り返しテレビをつけますと、異世界追放刑のメリットについて解説されているところでありました。
曰く、完璧な追放であり罪人が追放先で何をしようが誰もリスクを負わないとか、死刑に比べて執行人のストレスが軽減されるとか。
「今や地球のフロンティアなんて存在しないでしょ? 海の底から空の果てまで我々人類はすべてを目にしてきた!」
「そうだな」
「そんな時代に異世界転移技術が偶然から発明されるなんて、これはもう異世界にフロンティアを見出せって事に決まってるじゃない!」
「かもなあ」
「それなのに、戻ってこれる保証がないからってさあ、そんなの昔々にフロンティアを目指した探検家達は戻ってこれる保証があったから探検したと? いや、そんな訳ない! フロンティア精神の持ち主は最早地球の中でうじうじ腐るしかないんだ! 嗚呼!」
大仰に嘆く妹の後ろでは、テレビの中でも同じようなことを言っております。実際、自己責任で異世界に向かうならば、それを妨げる権利は誰にもないとは世間の誰もが言っていることでありました。
一部では、統治者層が異世界で権威を維持できない可能性を嫌って制限している、とも。
「で、お前はフロンティア精神の持ち主だと」
「もちろん!」
「ふーん。あ、そうそう、いい飯屋を見つけたから晩飯そこに行こうぜ」
「レベルが低い~! フロンティアのレベルが低いよ~。行くけどさ~」
「何だよレベルって。第一、この前フランス行ったとき、お前大はしゃぎで電話までしてきたじゃん。人類が目にしてようが、お前が自分の目で見てない所は無数にあると思うが」
「それはまあそうだけどさあ。体験したことがないどころか、全く知識もない、地球の常識が通じない所に行きたいの」
「でもお前が読んでたやつってほぼ地球と同じ――」
「シャラップ! さらにあたしは夢の異世界転移技術が宝の持ち腐れ、いや、宝ですらなくされていることにも怒りを覚えてる」
テレビでは件の技術を開発した企業の社長と主任研究員のコメントが紹介されており、それは『異世界追放刑の是非については法律の専門家ではないので控えるが、技術者、開発者としては多くの人々に夢を与える技術であってほしい』という、実質反対を表明するコメントでありました。
そして、その後も妹と番組は奇妙なシンクロを見せながら、異世界転移技術の開放を訴えるのでした。
番組が終わると同時に話し終えた妹が意味ありげに兄を見つめますと、兄は諸手を挙げ、
「はいはい。分かった、分かりました。最初わざと消してまでお前自身が熱く語らなくても、合理的であればどんな意見でも無碍にしたりしない。この事に限っては身内贔屓とも言われないだろうし」
「そ? じゃあ期待してるよ兄ちゃん。外食の準備してくるねー」
「やれやれ」
技術・研究省長官である兄と、国営放送局の敏腕プロデューサーである妹の、オフレコな一幕でありましたとさ。
はてさて、羨ましい事です。