始まり
新暦948年 5月16日 午後2時08分 ロナリス王国 シュレン村周辺
「ふう……。」
「やっと着いたな。」
「ねぇ、いい加減秘密基地の場所変えない? お姉ちゃん疲れちゃうから……。」
木の葉の中に、茶髪と赤髪の二人の少年の顔が見え、後から少し年上と思しき少女が現れる。ここは、俺たちが住んでいる村の近くにある、俺-ジェス-とカシム兄で作った秘密基地だ。今日は、それにフィーネ姉を加えた3人で、ここに遊びに来ている。皆血は繋がっていないが、物心ついた時から一緒におり、兄姉のように慕っている。
「コッチの方がカッコいいじゃんか! フィーネ姉わかってねえな〜。」
カシム兄は元気が良いが、その反動か大人に対していつも反抗的な態度をとる。
「ムッ! その言い方はお姉ちゃんに対して失礼でしょ! まったく、いつになったらその態度は治るのかしら?」
それに対してフィーネ姉は、常に落ち着きがあり、大人びている。
「そうだよカシム兄! フィーネ姉困ってるだろ!」
「あぁん? お前はいっつもフィーネ姉の味方ばっかりしやがって、このシスコンめ!」
「な、なんだと!?」
同じ近所の遊び相手でも、たった1歳しか違わないカシム兄と4歳も離れているフィーネ姉とでは、対応もまた違ってくる。無論、理由はそれだけではないが……。
「2人ともやめなさい! ……そうだ! カシムちゃんは誕生日に貰うプレゼントは何にするか決めたのかな? 早く決めないと叔母さん達困っちゃうよ?」
フィーネ姉が強引に話題を変える。それもそうだ。俺とカシム兄が喧嘩を始めてしまうと、互いの父親でも出て来ない限り簡単には終わらない。ましてや、村から離れたこの秘密基地では、フィーネ姉1人で止めなければならなくなる。だからこそ、彼女は強硬手段に出たのだ。
「じゃあ弓! 俺も父さんと一緒に狩りに行きたい!」
話を逸らされた俺は怪訝な顔をするが、対照的にカシム兄は顔を明るくして口を開く。だが、その発言は容易に却下される。
「だ〜か〜ら〜……! それはカシムちゃんがお父さんに認められてからって約束でしょ! 他のものにしなさい!」
「ちぇ〜……。」
カシム兄は物心がついた時から弓を欲しがっている。それは、彼の家の家業である狩人の職を意識しているからであった。しかし、厳格な彼の父が、まだ子供の彼に折れてくれる筈も無く、今に至る。
そうこうしているうちに、大人達にバレないように村から離れた木の中に作られた、秘密基地の頂上に着く。そこからは、俺たちが暮らしているシュレン村が見える……筈だった。しかし、その時見えた村は、いつもとはまったく様子が違っていた。……そう、違っていたのだ。普段なら、爽やかな蒼色に見える筈の空は黒煙に滲み、普段なら小鳥のさえずりと村人達の話し声しか聴こえない筈の大地は、人々の怒声と悲鳴が響いていた。住んでいた家は燃やされ、育てていた穀物は踏み倒され、そして、いつもいるのが当たり前だった大人達は、無惨にも殺されていたのだ。
一瞬で悪寒が走る。訳の分からぬまま、とっさにフィーネ姉の方を見るが、フィーネ姉も、もちろんカシム兄も、あまりの出来事に、呆然と立ちすくむしか無かった。
「あ……あれっ……あれって……!」
フィーネ姉が口を開く。しかしながら、驚きのあまりまともな言葉が出ていない。それに対して、俺は2人に比べればまだ冷静だった。秘密基地に持ち込んだ望遠鏡を手に取り、中を覗く。村を襲うのは小鬼か盗賊位のものだが、レンズに写り込んだ襲撃者は、規模が大きすぎるし、装備も豪華過ぎた。そして、他の手がかりが無いか見回すと、本来なら、そこには居てはならない人物が居た。
(なんで……、勇者があんなところに⁉︎)
かつて、魔王と呼ばれる存在の侵略によって、この国だけで無く全人類が滅亡の危機に晒されていたという。そして、勇者様がその魔王を討ち世界を救ったと言う話は、自然とこの村にも流れて来た。硬貨などにも似顔絵が描かれており、その顔を知らぬ国民はいないだろう。
その勇者が今俺たちの村を襲っている。彼は賊を討伐するどころか、指揮している。にわか信じられない事態を前にしつつ、その事を2人に伝える。望遠鏡を貸すと、すんなりと信じてもらえた。だが、
「どういう事だよ⁉︎ 勇者様は魔王を倒して俺たちを救ってくれた、正義の味方じゃ無いのかよ⁉︎」
彼が言うのも無理はない。だが、あれはニセモノではないだろう。勇者を語れば、詐欺罪どころか、国家反逆罪にまでなる。いくら大規模な盗賊でも、わざわざそれをやる人間はいないだろう。
(……つまり、あの勇者は、“本物”だと言う事だ。だけど、なんで勇者がこの村を襲ったんだ?)
「何してるんだよ! 早く助けないと!」
「駄目だ!」
カシム兄を即座に留めた。
「なんでだよ! このままじゃ……。」
「俺達が行ったって、殺されるだけだ!」
「じゃあ、このままただ見ていろって言うのかよ!」
「そうだよ‼︎ みんな死ぬよりは……いいだろ……!」
俺の思いが伝わったのか、2人とも黙りこんでしまう。俺たちは、そのまま奴らの姿が見えなくなるまで、秘密基地の中で待ち続けた。外に出られた頃には、もう空に薄紫色がかり始めていた……。
新暦954年 9月2日 午前8時16分 ロナリス王国 シュレン村跡地
……あれから6年が経ち、俺は16歳、カシム兄は17歳になった。俺は、あの惨劇の後、俺達で作った村人皆の墓に手を合わせて、しばらくした後立ち上がった。
「もういいか? なら、とっとと行こうぜ。」
俺の後ろに立っていたカシム兄から呼びかけられる。
「ああ、行こう。」
彼は手を合わせ無い。だが、その気持ちも分からなくは無い。……あの日を思い出したくはないのだ。今となっては、村の生き残りは“2人”になってしまっている。そして、俺たちは冒険者になる事を決意した。冒険者になれば、街への出入りや、武器の持ち込みが容易になる。そうなれば、勇者により近づき易く、葬りやすくなる。俺たちは、皆の仇を取るために……、勇者を殺すために、1歩を踏み出した。シュレン村、今まで過ごしてきた故郷に背を向けて……。




