8話 シャルロラの過去
「……ん……」
ルロがゆっくりと目を開けた。真上の照明に眩しそうに目を細める。
ここにも時計はないからなんとも言えないが、三時間くらいは寝ていたんじゃないだろうか。
彼はしばしぼんやりとした後横になったまま僅かに首を動かす。
視界に俺を認めてそのまま数秒じっと見られる。
「倒れた……?」
「ああ。ここは医務室だ。ルロは急に倒れたんだよ。大丈夫か?」
「ん、ああ」
「一応誰か呼んでくる。医者とかいるか?」
「いるけど、呼ばなくていい。ちょっと倒れただけだから」
ベッドの枕元の椅子から立ち上がるとドレスの裾を掴まれる。なんか、弱ってるルロって珍しいな。
もう一度椅子に座り、「本当に大丈夫なのか」と確認する。ルロは何も言わずに頷いた。少し顔色が悪い気がするが、本人が大丈夫というのだから任せておこう。
「なあ、だったら聞きたいことがあるんだけどいいか?」
「わかってる。シャルロラだろ」
そう。俺はこの城の人達に「シャルロラ」といわれる。女装した姿で。だがシャルロラはルロの本名だ。しかも、王とシャルロラは面識があるみたいだった。これは、一体。
「自分は、シャルロラ。ハルが変装してるのも、シャルロラ。この国の王の娘」
「娘……って、え⁈ ルロ男じゃないの」
「女。これでも女」
男じゃなかったのか。まあ小柄だし、女だといわれればそうかもしれない。だがずっと男だと思っていた。男にしては小柄な方で、声も高めだなあとは思っていたけれど。
なんだか悪いことをしたかもしれない。
「え、じゃあいわゆる王女?」
「いや、ちょっと違う」
ルロはそこで言葉を切る。白い布団の中から手を出して顔の上にかざした。
こちらを見ずに続ける。
「自分より、王女にふさわしい奴がいた。んでよくある跡継ぎ争いみたいなことになって、まあ争ったわけじゃなくて、親がどっちにするか考えたっていうか。結果、王が変わる時、次期王になるのはそいつになった」
ハルの世界の感覚でいうと六歳くらいの時だな、と付け足される。その目には特になんの感情も込もっていなかった。
「ふさわしくない者となったから、要するに邪魔になったんだよな。あの山に追い出された、捨てられたってわけ。条件付きで。王と会ったとき、誕生日おめでとうとか言われただろ? 誕生日はここに来るってことになってるんだよ、自分で追い出したくせして」
「それが嫌で俺に女装させたのか?」
「嫌でっつーか、まあ……身代わりみたいな。王女として来るより、しがないお付きの者としてここにきた方が都合がよかったっていうか。どうせあの人はちょっと顔や声が違うくらいじゃ気づかないし。悪い」
ルロがやっとこっちを見る。コンタクトをつけているから、黒い瞳。かつらとかコンタクトとかをつけさせられたのはこういうことだったのか、とようやく気づく。
ルロと同じ瞳の色にするため。ルロと同じ髪色にするため。
ていうかなんで俺を女装させるって発想になるかな。二十センチ近く身長差があったら、普通はバレるって思うだろ。
「いや、まあ、いいっちゃいいんだけど。で、都合がいいっていうのは?」
「あー……あの人さ、お前が変装したシャルロラだって気づかなかっただろ」
「ああ。まず身長、次に声が違うって言われそうだけど何も言われなかった」
「だろうな。一年に一度ここへ呼ぶ、というか呼びつけるのも、使用人への体裁のためだから。見た目とかが違いすぎなければハルが変装してても気づかない。そうなったら、始めようって決めてた」
「復讐、か?」
少し決まり悪そうに目を逸らして頷く。男にしては長めだと思っていた、肩の少し上の髪が揺れる。
前髪で隠された顔からはやはりなんの表情も読み取ることができない。
「そういえば、お前にはもう言ったんだな。ハルは──違うハルはみんな、薄々気づいてはいたんだろうけど知らないふりして協力してくれたよ。こっちから話すまで。まあハルに女装させたのはこれが初めてだけど」
つまり未来の俺は詳しい事情を知らないまま復讐に協力していたということか。随分思い切ったことをしたな。
「復讐のことは確かに前にも言われたし、ここへ運ばれた直後はずっとうなされたように言ってたぞ」
「え、嘘。なんて」
「ちゃんとは覚えてないけど、復讐しなきゃ……みたいな?」
まじかー……、とルロは腕で顔を隠す。それから起き上がって、開き直ったように、笑顔で言った。
「そう。復讐しなきゃならないんだ」
「それは、王に……ルロを捨てたことへの復讐?」
そうかな、とここではないどこかをみている目でルロは言う。
「協力してくれる?」
「……ああ、わかった。いつかの俺も、協力してたんだろ?」
「うん。ありがと」
それは、こんな話をしているのでなければそのまま残しておきたいくらいの、綺麗な笑顔だった。
ルロはもぞもぞと布団から出てベッドのそばに置いてあった靴を履く。もともと汚れているシャツのシワを軽く伸ばして、改めてこちらを向いた。
「この後王と食事?」
「ああ。あ、でも時間聞いてねえ」
「あれ、言ってなかったっけ。ここには時間がない」
座ったまま見上げる俺にルロは説明する。
「時間という概念が存在しないんだ。一時間、一日、一年全部。起きた時から寝るまでが、人間のいう『一日』と同じ感覚だ。だから当然みんなバラバラ。揃って食事をするときは、料理の用意ができたとき。ていうか食事する必要ないんだよ、本当は」
「ないのか?」
「ああ。ハルがこっちにきてから何も食べてないけど、お腹空かないだろ? コミュニケーションの場としてとか、行事の時とかは食べることもあるけど、基本的に食事はいらない」
なるほど。時間がない上に食事もしなくていいとはなかなか便利だ。
「じゃあ王との食事は、コミュニケーションの場としてってことか?」
「そう。用意ができたら、呼びに来てくれる」
医務室のドアをルロが開けたが、あと二つ聞きたいことがあったので呼び止める。
ルロはドアを閉めてベッドの淵に座った。
「復讐って、なにをするんだ?」
「知りたい?」
にっこりとルロは嗤う。
「……いや、やっぱいい」
「そ。まあどうせほとんど決まってないんだけどね」
「そうなのか?」
リトライする前にも『復讐』してるんだから、もう決まってるんだと思ってたけど。
「だってリトライする前の結末がダメで、リトライしたんだから。違う方法を考える」
「わかった。あともう一つ。ルロは倒れる前、なにを言おうとして、なんで倒れたんだ?」
なんだったっけかな、と呟いて少し思案してから、ルロは言う。
「言おうとしたのは、シャルロラのことだ。倒れたのは、まあ、貧血? 珍しいことじゃないから大丈夫」
そうなんだ、と頷いて立ち上がる。ルロもそれに続き、ルロが先導して医務室を出た。綺麗な、これも白いカーペットが敷かれた廊下を歩く。
「もうどこに人目があるかわからないから、話し方気をつけろよ」
そう小さく言ってルロはどこかへ進む。これは今どこに向かってるんだ。
とりあえずルロについて行きながら考える。
ルロは、自分に無関心だ。「変装したシャルロラ」「言おうとしたのはシャルロラのことだ」 こういう言い方をするせいか、シャルロラとルロがどこか結びつかない。
捨てられた話をしたあとのあの笑みも。普通ならあそこでああいう風には笑わないだろう。捨てられたからその復讐をする、その発想はともかくとして、ああは笑えないんじゃないだろうか。
それにルロは、まだ秘密を持っている。確信はないけれど、そういう感じがする。それは、復讐のことなのか、もっと別のことなのか。
未来の俺は、なにを思ってルロの復讐に加担することにしたのだろう。
軽い気持ちで乗ったのか、なにか俺なりに思うところがあったのか。自分のことのはずなのに、わからない。
俺自身も、さっき協力することに決めたのに、わからない。
前を歩く華奢な背中を見て思う。
理由なんてどうでもいい。ルロが復讐するといい、俺がそれにのった。未来の俺も、俺自身も。それが全てだ。
なんとなく考えがまとまったところで急に立ち止まったルロにぶつかる。
「お食事の用意ができました」
どこからともなく現れた使用人が俺に頭を下げる。ルロのことは無視して、シャルロラに。
「わかった。行きましょう」




