6話 入れ代わりプリンセス
ガタンゴトン、ガタガタと揺れる馬車に乗って俺たちが向かっているのは、ルロいわく『城』だそうだ。
いやー、生きてる間に馬車に乗ることがあるなんて思いもしなかった。死んでも乗ることはなかっただろうけど。
窓から晴れ渡っている空を見上げる。そういえばこっちに連れてこられてどのくらいたっただろうか。何も口にしてないな、と今更ながらに思う。全く腹は減ってないけど。
「いてっ!」
がくんと馬車が大きく揺れて頭を壁にもたせ掛けていた俺は思いっきり反動で頭をぶつける。
大きな車輪の上に、丸っこいフォルムの部屋……というか、座るところ。観覧車の一つを馬車に乗せたような。なんというのだろうかこれは。
椅子は向かい合ってあるが俺の向かいに座る者はもちろんいない。目に入るのは膝の上にふんわりと存在している紫のドレス。膝丈だから足はめちゃくちゃスース―するしなんか背中はやけに開いてるし。
馬車をひく馬をあやつっているルロは俺がドレスのスカート部分を握りしめていることに気付いたのか振り返って忠告する。
「ドレスぐしゃぐしゃにするなよ。握ってると皺になるからな。お前が皺のドレスなんて、台無しだろ?」
「やめろ、俺はプリンセスじゃねえ。変な言い方すんな」
俺がこんな格好で馬車に乗る羽目になったのは、全部こいつのせいだ。
◆◆◆
「山を下りて王に会いにいってもらう」
その発言に俺は数秒固まる。ようやく出てきた言葉が「はああああ?!」だ。
「時間がないから今から行くぞ。山を下りたところに街があって、その中央に城がある。そこに王がいる。街から城へは馬車があるが、馬車はこんな山奥まで来れないからある程度は歩いて降りる」
「え、え、この格好で?!」
「あたりまえだろ。それともあれか、街中の人が見ている中着替えるか?」
「いやそもそもなんで俺がその、王? に会いに行かなきゃいけねえんだよ」
ルロはそんなどうでもいいことを聞くな、とでもいうようにため息をつく。
「……そういうことになってるんだよ。一年に一回山を下りて王に会いに行く。そういう取り決めだ」
「なんでそれで俺が女装……」
「まあどうでもいいだろ。それよりお前の服借りるぞ。俺がこれ着てく」
早速ルロは着替えはじめる。一体何のために王に会いに行くというのか。そもそもここには王が存在していたのか。
「ルロ自分の服あるじゃん」
「このくらい汚れてた方がいいんだよ。ハルのは山登って土まみれだけど、ほらこっちは全く汚れてないからな」
そりゃルロは山登りに慣れてるから汚れないんでしょーね。
手早く着がえを終えたルロはひざまずいて俺の手を恭しく取る。
「さあ、行くぞ。ハル」
「やめろ」
どうせやるんならせめて口調を直せ──ってそうじゃない。そういう問題じゃない。
◆◆◆
少し地面が安定してきたところでルロに尋ねる。
もうだいぶ街に近づいているのだろうか。
「な、なあ、ほんとになんで俺がこんな格好しなきゃなんねえんだよ……」
「……話し方」
「は?」
「その服と顔でその話し方はおかしい。直せ。声ももうちょっと高くして」
今の俺の見た目は明らかに女子だからいつも通りの話し方をしていると確かにおかしい、だがしかし。
再び前に向き直ったルロに抗議する。
「だからなんで俺がこんなことさせられてんだって。先にそっち説明してくれよ」
「……今から、親に会いに行くんだ」
「王のとこに行くって言ってなかったっけ」
「親にも会うし、王にも会う」
「で?」
「まあ、あれだ、親はそういう格好好きだから」
うん、好きだから…………だから、何⁈ だがルロはそれ以上話そうとしない。
俺は一つの仮説を立てる。まさか、まさかな。ルロの親に気に入られるように、女装させられたということは、
「俺がお前の親に気に入られるようにこんな格好……?」
「まあ、そうだな」
「嫌だ、絶対嫌だ、何があっても嫌だ! 断固拒否! 俺にはそっちの趣味はない! ルロがそういう趣味でも俺はそんな趣味持ってない、誰がお前の嫁になんか」
「……何言ってんの、お前」
ルロは馬鹿にしたような目で再びこちらを振り返る。
またがたん、と馬車が急に傾き、事故らないかどうか俺は不安で仕方がない。会話に応じてくれるのはありがたいが、頼むから前を向いてくれ、前を。
「誰もハルと結婚するなんて言ってないけど。なにハル、そういう──」
「趣味は持ってねえよ! いやだって、お前の親に気に入られるように女装させられてんだろ? だったらそういう発想になるだろ」
「そうかな」
「なるよ!」
「まあそんなことはいい。それより、話し方だ。王の前では絶対に女子として振る舞え」
おう、と返事をしそうになって慌てて飲み込む。結局説明してもらってないぞ、なんでこんなことになってるか。
「……頼むから。なんで女装させられたかは──まあ、王に会えばわかる」
「どうせわかるんだったら今教えてくれたって」
「面倒」
その二文字で片付けられてしまう。
馬車の窓から時折人を見かけるようになってきた。家や店も。道行くひとは皆この馬車を見上げ、中にいる俺を見て「ああ」という顔をする。待て、何を納得されているんだ俺は。
「話し方って……どうしたら」
「知るか。適当にやってくれ。ハルはもともと声高めで声の感じ似てるから、少しトーンは少し高めを心がければ大丈夫だ」
なんて適当な言い分か。それがルロらしいといえばルロらしいのだが。
馬車がちょうどすれ違ったおばあさんがこちらを振り返って、中に俺の姿を認めると深々と頭を垂れる。
「えーと……なんであの人はこっちに向かってお辞儀したんだ……したの?」
「まあそのうちわかる。それより、一回止めるぞ。そろそろやばいからな」
やばいって何が、と聞こうとしたところで、馬を操り馬車を止めて体ごと振り返ったルロに口を塞がれる。
「お前は喋るな。いいか、王に会うまで喋るな」
「ふぁっふぃはふぁふぁまひふぁふぁふぁふぇふぉっれふぃっふぁふへみ」
さっきは話し方変えろって言ったくせに。
はあ、とため息をついたルロは俺の向かいに移動して口を塞いでいた手を離す。
「王に会うまで喋るな。会ったらその容姿に見合う話し方をしろ」
いろいろと言いたい、だが喋るなと言われたし。
「……つってもまあいきなり話し方変えるの無理だろうから、話すときはせめて外のやつらにお前が口を動かしているのがばれないように」
「なんで」
「ハルは、ハルとしてこの街にいるんじゃない。ハルはこの世界の人間じゃなかったんだから」
だから変装してこの世界の人になりきれ、ってことか。いやでも、見た感じ今の俺みたいな格好してる人どこにもいないんだけど。これじゃ逆に目立つだろ。
みんな俺がもともと着ていた、今ルロが着ているような服を着ている。
髪の色は皆様々だが。
突然ルロは後ろに積んである大きな鞄をごそごそと漁り始めた。そういえばさっき、「そろそろやばい」とか言ってたな。
ルロが取り出したのはコンタクトのケース。慣れた手つきでそれを開け、やはり慣れた手つきでつける。
こちらを向いたルロの目は黒。エメラルドグリーンのレンズをつける前の俺と同じ瞳になった。
「よし、行こう」
再び馬を操って馬車を再び動かした。
人々の視線にさらされながら平らな地面をゆっくりと進む。道の両脇は草原で、羊が草を食んでいる。
なんか今までより異世界感が増したぞ。日本じゃこんな光景そうそう見ないからな。
どうもここでは道と草原の境目のあたりを歩くルールらしい。手提げのかごを持った人が多い。
アニメでみる一昔前のヨーロッパ、といった感じかもしれない。
「ハル。あれが城だ」
ルロの声に誘われて顔を正面へ向けると、いかにも城! というような大きな城があった。
白い堀に囲まれた、やはり白い建物。上の方は塔みたいになっていてその屋根は青い。小さめの窓がいくつもある。
絵本によく出てくる城そのものだ。
ルロが門の少し手前で馬車を止め、降りて門番のところへ歩いていく。
門番はルロがなにか言う前に、こちらに向かって──中にいる俺に向かって、深く頭を下げた。
「中で王がお待ちです。どうぞお通りください」
ルロが戻ってきて、開かれた門の中へ馬車を進ませる。
馬車が完全に城の敷地内へ入ると、後ろの門はばたん、と閉められた。
次話は日曜か月曜投稿予定です。




