3話 狩り
「おいおっせーぞ。さっさと来い」
「ちょ、待てって……てめーが速すぎんだよ!」
俺の三十メートルくらい先を歩いていたルロは俺の言葉に反応して一瞬で俺の前に立つ。
「でもハルの方が身体でかいし……どうしてこんなに遅いんだろうねえ?」
「ほっとけ。俺はこんな整備されてない山の中歩き慣れてないんだよ!」
なんでこんな朝っぱらから山歩かなきゃならないんだ。
太陽の昇り具合からして朝の六時くらいだろう。昨日連れてかれた小屋に時計なかったしから正確な時間は分からないけれど。
ルロはあの小屋で生活しているらしい。
俺もこれからはあそこで暮らすことになるが、動物の足とか首とかがあたりまえのように雑然と放置されているのに慣れるのは時間がかかりそうだ。
「んじゃお望み通り置いてくぞ。目的地はここからまっすぐ六キロ登ったとこだ。さっさと来いよ」
言い置いてルロはどんどん先に登っていってしまう。ほっとけっていうのは置いてけって意味じゃないんだよ。
昨日と色違いのグレーのパーカーを羽織った小さな背中は木に遮られてあっという間に見えなくなってしまう。俺や動物を担ぎあげて運んだときも思ったが、あの身体のどこにそれだけの体力があるのか不思議だ。
それでいて手先も器用とか、とつい羨む。
結局昨日ルロが狩ってきた動物を俺が毛布にできるわけもなく──技術的にも気分的にも──ルロが「今日はしょうがないから見てて」と言ってやってくれたのだが、なにをどうやったのかがさっぱりわからなかった。
そんなことを考えつつこれ以上ルロに怒られないように足を動かすのも忘れない。だがまあこれだけ野生の山だと慣れていない者にとっては数メートル進むのも一苦労だ。
ずるっと足を滑らせて慌てて近くの枝を掴む。
「……あっぶねー……」
枝が折れる前に安定した足場を探す。
あそこなら滑らなそうだけど、届くかどうか微妙だ。
幹にしがみつきながら必死に右足を伸ばす。これもし雨の後とかだったら余計に滑って大変そうだ。
あとちょっと、あとちょっとで届く……
「やべっ!」
ずるっと左足を滑らせて幹に顔面をぶつける。まあ滑落しなかっただけマシだろう。
「いってぇー」
腕で顔の泥を拭い、おそるおそる一歩踏み出してみる。
なんか明らかにここ滑りそうだけど。
だが思ったより安定しててそのままちょっとずつ進んでいくことに決める。亀の歩み……よりは速いことを願ってるけど。これ六キロってどんだけ時間かかるんだよ……。
それにたしか、人を喰う動物がいるってルロいってなかったっけ。やばいぞ、こんなとこでのろのろしてたら喰われるかもしれない。
よし急ぐか、と少し歩みを速めたところで早速転ぶ。木の根に足を引っかけたっぽい。
「なんの苦行だよこれ……」
倒れたままごろりと仰向けになって腕で顔を覆う。
なんだって一か月後の俺はこんなとこに残る決断をしたんだ。
やっぱりルロに、助けてやったんだから、と脅された説が濃厚な気がする。そんなことを考えた瞬間首にぬるっとした感触が這う。
なんだこれ。これはもしや、
「ぎ、ぎゃああああああああ!」
慌てて状態を起こすとぬるっとしたそれは背中の方に移動した。
「へび、へび、へび……!」
近くにあった丈夫そうな枝でなんとか振り落とす。地面に落ちてもなおこちらに首を向ける蛇から速攻逃げる。
転ぶかもしれないとかそんなことに構う余裕はない。
ひとしきり走って、もう大丈夫だろうかと思ったところで立ち止まる。どのぐらい走ったか知らないけどよくこけずにここまで来たな。
安心しかけたところでふと気づく。
ここは山の中。つまり、さっきの蛇から逃げても他にもそういう生き物がうじゃうじゃいるのかもしれない。くっそ、こんなことになるんなら山岳サークルにでも入っとくんだった。
後悔した瞬間突然ひゅっとなにかが耳を掠める。今度はなんだよ、おい。きょろきょろとあたりを見回すが特に何も見えない。ひたすら、木、木、木。
「おふっ」
今度は腹のあたりになにか飛んできた。うっかり顔とかにあたってたら切れてそうなスピードだ。
ぽと、と地面に落ちたのは松ぼっくりらしきもの。
「こんなのどっから飛んできたんだよ……」
クマが投げたりでもしたのか。クマってそもそもなにか投げられるのか。それ以前にここに普通のクマがいるのか。昨日見た動物──キツネとクマの中間のようなもの──は俺が普通に生活してた頃は見たことがなかった。
ここは地球ではなく宇宙でもないと言っていたから異世界という認識でいいのだろう。だからクマの他に異世界にしかいない生物なんてものもいるのかもしれない。
「おい」
「うわっ!」
いきなり上から声が降ってきて腰を抜かす。
「なにしてんだお前」
「る、ルロがいきなり声をかけてくるから驚いたんだよ!」
「は? ずっとここにいたけど」
「まさかさっき何か投げたのもルロか」
なんも投げてない、とルロは冷たく言う。その後にやりと笑った。
「これでその木の実お前のとこに飛ばしたけどな」
これ、と出したのは先がY字状になっている枝と髪ゴムらしき輪。
パチンコの要領で飛ばしたという事だろう。今時こんな古典的なことする奴いるのか。
「お前が来るのおっせーし、叫んだせいで動物みんな逃げちまうし? だから今日はそんなに本気で狩りはしないことにして、ちょろっと何匹か狩った後お前で遊ぼうと思って」
……なんつー嫌な性格。叫んだのは申し訳ないが、まさかルロのとこまで聞こえているとは。
というかここにルロがいるということは俺もう六キロ進んだのか。いや、蛇の力偉大なり。
思ったより早く辿り着くことができてにやにやしている俺にルロの冷静な声が刺さる。
「言っとくがお前が六キロ行ったんじゃなくて目的地について狩った後、あまりにもお前が来るのが遅いから戻って、ここでお前と合流したわけ。お前が歩いたのせいぜい一、二キロだな」
じゃあ俺が一キロ進む間にルロは十キロくらい進んだという事か。なんつー体力、そして山登り技術。
するするっと木を下りてきたルロはライフルを担ぎ直して「帰るぞ」と声をかける。
狩ったという動物は持って帰らなくていいのだろうか。
「おい、動物は?」
「あ? ああ、そこにいるだろ」
そこ、と指差されたのはさっきルロが登っていた木の二本隣の木の根元。そこに死骸が積み上げられていた。昨日の動物より大きいのからリスぐらい小さいのまでいる。実際にリス見たことないんだけどね。
少なくとも十匹はいるだろうか。
俺はまた悲鳴をあげそうになって思いとどまる。これ以上悲鳴をあげたらルロになんて言われることか。
「こ、これ全部狩ったのか」
「ああ」
「でも本気の狩りじゃない?」
「ああ」
平然と答えるルロに軽く戦慄する。やばいぞ、こいつ。
「どうやって持って帰るんだ?」
「どうって、普通に担ぐんだよ」
言いつつルロは手始めに一番でかい動物──クマとゾウと狼を混ぜ合わせたような動物を担ぎ上げる。体長二メートルくらいはあるだろうか。
さらにその上に一回り小さい動物を積みあげる。こちらは何とも形容しがたい見た目をしていて、小さいとはいっても一メートルはあるのだから驚きだ。どう考えてもルロの力は人じゃない。
「ルロ、お前何者だ……?」
「昨日言わなかったか。シャルロラだ」
「そういうことじゃねえ! お前が人間か、人間じゃない何かかっていう話」
「そういうことか。間違いなく人間じゃないぞ」
人間じゃないぞ、ってあっさり言われちゃったよ。てか人間じゃなかったらなんなんだよ、と聞こうとしたがルロは先を歩いて行ってしまう。残りの動物は俺が持って来いってことか。
だがルロがだいぶ持って行ってくれたらしく残っているのはリスっぽいものが五匹くらいだ。
それ以外全部ルロが持ってるって、すごすぎだろ。本当になにものだアイツ。
次話は明日投稿する予定です。
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