2話 一ヶ月後の自分
どすっと担いでいた動物を投げ置いてそいつは俺を振りかえる。
「で、ハルはどういうつもり?」
「いや、どういうもなにも」
「銃の使い方は知らない、ここがどこかも知らない、それを撃ったら驚く、あげく初対面のふり。なんなんだ」
なんなんだって言われても。知らないものは知らないし。
手近な椅子に勝手に座るとそいつははあっとため息をついた。
「本当にここがどこか知らないのか」
「ああ」
「じゃあ名前は」
「お前の?知らねえよ」
「ライフルの使い方は」
「知るか。平和な日本で生きてたんだよ」
「さっき殺した動物の名前」
「知るか。そう言うお前はどうなんだよ」
「ハルの名前は正しくはハルト、ライフルはさっき見た通り。動物の名前は知らない」
知らないのかよ。ていうか、知ってるかどうかじゃなくて教えてくれねえかな。名前とか。向こうが知っててこっちが知らないってなんか嫌だし。
そんな思いが伝染したのか、彼は先周りするように言う。
「名前を教えるのはまだだ。あと二つ訊いてから。一つ目、ハルの認識だと今ハルは何歳だ?」
「十八」
「二つ目、──リトライと聞いて何を思う?」
「え、何って……やり直し、とか」
彼はまた長い息を吐き、まさかな、と呟く。
まさか、なんだ。さっきから思わせぶりなことばかり。
じゃあ最後にあれやってみるか、と言って彼はさっきの動物の所へ行き、床に置いてあった刀のようなものを拾いあげた。
そのままそれを勢いよく振り下ろす。
……見ないほうが良さそうな予感。
ザシュッという音の後に彼がこちらを振り向いた。
「ん」
「うわああああああ!や、やめろっ」
彼が手にしていたのは動物の頭だ。俺こういうのめちゃくちゃ苦手だ。
半開きの口に、真っ赤な目。もう生きていないはずなのに、生きていると言われても信じてしまいそうな。そして首からはやはり赤い血が垂れている。
さっきの音はきっとこれを──ダメだ、考えたくない。
彼は少しの間目を丸くした後途端に吹き出した。そのまま爆笑する。
「笑うな……」
言いつつ彼の持つ頭から少しでも遠ざかろうとしてしまうのが自分でも情けない。
だがさっきのようなものを見せられて平然としていられる方がおかしい。
彼はひとしきり気の済むまで笑い転げた後急にまじめな顔になって言った。
「わかった。お前は本当にハルだけど、ハルじゃない」
「いや、全くわからない」
「確かにお前はハルだ。ここのことも、ライフルの撃ち方も知らないけど、ハル。最初はもう嫌になって何も知らないふりをしているのかと思ったけど。
──三年前のハルと同じだ」
三年、前、と彼は繰り返す。三年前に何かあったのだろうか。というか俺はこいつと三年前に会ってたってことか。全く記憶にないけど。
「今のハルからすると、一ヶ月後のハルと同じ──全く同じことをして、全く同じことを言った」
信じらんねえ、とグレーの髪を掻き上げながら付け足す。
くっそ、美少年め。
俺だって信じらんねえよ。そもそも状況が飲み込めてない。
「つまり、ちょっとした間違いで今ハルはここにいるんだ」
「はいはい、そうかよ。で、俺は帰れるのか」
見た目は普通だがちょっとやばい奴なのかもしれない。深入りはせずに逃げるに限る。
「いや、無理だな。というか帰る必要ないだろう。どうせ一ヶ月後くらいにまたここに来ることになるんだ」
「一ヶ月後」
「本当は一ヶ月後のハル──を連れてくる予定だったんだ。すべて知っているハルを」
「何の話だよ」
「お前の話だ。まあ正確に言うと、一ヶ月後のお前を連れてくるっていうより、こっちがお前の所に行くんだけどな」
やっぱりわけがわからない。
そもそもなんで一ヶ月後の話を過去のように話してるんだ。
「まあそんなわけで、ハルは帰る必要がない。さすがに何も知らないんじゃ困るからとりあえず必要なことだけ説明するぞ」
「待て待て待て。俺はここにいるつもりなんてないぞ」
つもりがなくてもねえ、と言いながら彼は動物の頭を撫でる。手つきは優しげだが撫でているのが死体から切り離された頭というのがちょっと。とりあえず撫でるにしても離れてやってほしい。
「お前ここから一人で帰れんの? 別に止めはしないけどさ。この山のにはこの動物みたいなのたくさんいるよ? 喰われてお陀仏、ってのがオチだと思うけどね」
出てくんならどうぞ、とご丁寧にドアを開けて俺の答えを待つ。
「…………わあったよ、ここにいりゃいいんだろ?!」
これは逆ギレもしたくなるってもんだ。
彼はしれっとした顔でドアを閉じてこちらに歩みよりながら言う。
「その通り。ここにいることは一ヶ月後のハルが選んだことだからな。ただ、逆らわなければ、死ぬこともねえから。未来のお前の判断にお前が従う限り、ハルは守る」
くっそ、美少年め。何を言っても絵になりやがる。
さっさと説明しろ、と次の言葉を促すと、こいつは首を傾げた。
「話聞いてた? 今説明したじゃねえか」
「は? 今のがなんの説明なんだよ」
「ハルはそれだけ知ってればひとまず困らない。ライフルの使い方とかは、まあ今じゃなくていいだろ」
「いや、一ヶ月後の俺が何をしたとか、三年前の俺と同じってどういう意味だとか、そういうの教えてくれよ。つかそもそもお前の名前も知らないんだけど」
一ヶ月後の俺が何をしたって、だいぶ変な発言だなあと言いながら思う。なんか相手のペースに乗せられてる気がするぞ。
「正直そういう情報いらないと思うんだけどね。ま、いいや。名前はシャルロラ。前のお前はルロって呼んでたな」
略し方が謎だ、という呟きを挟んで更に続ける。
「一ヶ月後のお前は、自らここに残ることを決めた。仲間としてな。お前が山ん中でぶっ倒れてたところを拾ったんだ。で、適当に話してるうちにそういう話になったんだよ。それで三年間、ハルはここにいた。それで最後に……今のハルからすると三年と一ヶ月後、にリトライすることを決めた」
リトライ。やり直し。再挑戦。それが、俺とどう繋がる。
それに、俺がここに残ることを決めた、とか言われても。俺を拾ったとか言うくらいだから、その時の俺も脅されてそう決断したんじゃないのか、と疑ってしまう。
「リトライっていうのは、お前にわかるように言うとやり直しだな。さっき三年間って言ったけど、あれはここで過ごした時間の合計が三年って意味だ。何回かやり直して、それで最後、またやり直すことを決めた。お前が。で、俺はハルがここに来た直後あたりのころに戻るつもりだったんだけど、ちょっと間違えてまだ何も知らないハルの所に行っちゃった、ってとこだな」
わかったような、わからないような。要するにリトライってなんだ。
過去……じゃなくて未来の俺は、なんでこいつ──ルロの仲間になんかなろうとしたんだ。それ以前になんでこんな山ん中で倒れたんだ。
動物を殺す前、ルロは「ここは日本じゃない」と言っていたから、外国か。
「ここは確かに日本からしたら『外の国』だが、外国っていうのともなんか違うな。ここ地球の外だし」
「え、じゃあ宇宙?!」
「いや。お前ら人間が知らない所」
うお、なんかすげえ。地球以外のところに生きてるうちに行くなんて思ってなかったし。
「よし、大体わかった。で、仲間としてって、お前の仲間になってなにすりゃいいんだ?」
「狩り。それから狩った動物の毛皮とか角とかでいろいろ作る。たまに山降りて売りに行く。まあ大体この辺が行動範囲だな」
「え、狩りって撃つの……?」
「あたりまえだろ、斧でも持ってっか?」
生きてて自分で狩りをするのがあたりまえと言われる時がくるとも思ってなかった。平和なところで生きてたなあ、うん。
「じゃあ早速さっき狩ってきたそいつを作業するか。少し小さめだが毛布くらいなら作れるだろ。ここにある道具適当に使っていいから」
壁には銃をはじめとする武器やらロープやらが一面に掛かっている。棚にはなにやら怪しげな色の液体が入った瓶がぎっしり。タンスのような引き出しの中は開けないとわからないが、今は開けないことにする。なんか血っぽいのついてたし。
テーブルの上にはそれこそ毛布やコート、よくわからない書類などが散乱している。テーブルとして使える面積はほぼないだろう。
「えーと、どれを使ってどうやればいいんだ……?」
ルロは一、二秒こちらをじっと見て深いため息をついた。
「……役立たず」
「……ルロが一ヶ月間違えるのが悪い」




