1話 初対面の再開
いきなり後ろから、ばしんと左肩をたたかれる。
いってぇな、と文句を言おうと後ろを振り返るとそこには見たことのない人がいた。
男、だろうか。少し長めの髪に、黒いパーカーとやはり黒いジーンズというラフな格好。背は俺よりかなり低い。俺が百七十三くらいだから、こいつは百六十あるかないかと言ったところだ。
どこにでもいそうな、普通の少年。だが二つの点で、彼は明らかに周りと違うところがあった。
彼の髪は、限りなく白に近いグレーだったのだ。それに目。少し気だるげな感じのする目は薄い緑。エメラルドグリーン、という感じだ。
大学帰りの学生が多いこの道──もうちょっと行くとショッピングモールがある道──では結構珍しかった。。隣を歩いていた俺のサークル友達もみんなその髪を凝視している。
「行くよ」
俺を叩いたそいつはそう一言だけ告げると俺の腕を引っ張って向かおうとしていたのとは反対方向へ早足に歩く。
「お、おい、なんだよお前」
腕を振りほどこうとするが振りほどけない。ちょっとつかまれているくらいの力しか感じられないのに、なぜだ。
「おーい、今日のサークル休みかー?」
そんな悠長なことを言ってないで助けてくれ。だが俺が何か言う前に俺を引っ張っているそいつは振り返って大きな声で言う。
「すみません、今日こっちが先約なんで!ハル君お借りします!」
その後俺に「あいつらになにか余計なことを言ったら殺す」と囁く。
一体なんなんだ。いきなり現れて、殺すとか。
「おい、お前ほんとに誰だよ?! なんで俺の名前知ってるんだよ。ていうか今どこに連れて行こうとしてるんだ」
急にそいつは立ち止まって横から俺の顔をまじまじと見あげる。
たっぷり十五秒は見たあと、信じられないというように首を振った。
「ハルこそ何言ってるんだ。これは何の冗談だ。まさか嫌になったのか? だったらそう言ってくれたら」
「だから何の話だよ?! 俺お前と初対面だよな?! それでいきなりなんだよ、名前は知ってるわどこかに連れて行こうとしてるわ。嫌になったってなんだよ、お前なんかクスリでもやってんのか? 記憶喪失か? 幻覚を見る病気か?」
彼はえ、え、と俺の勢いにたじたじと後ずさる。
この隙に逃げ出そうとするとすぐさまがしっと腕を掴まれる。
彼の見た目と俺との口論で周りの注目を浴びていることを気にするようにちらちらと周りを見たあとさっきまで俺を連れて行こうとしていた方向とはまた別の方向へ、今度は一気に走り出した。
「ここじゃ人目が多すぎるし時間もないから、とりあえず先に行こう。細かい話は後だ。いいな」
俺より小柄で華奢なのに、俺を引っ張りつつそこそこの速さで走っていく。やっぱり振りほどけない。何だ、この力は。
いつのまにか来たことのない住宅街に入っていて、さらにそこから裏路地へ連れて行かれる。
「ああーもう面倒だ、担ぐぞ!」
言った瞬間彼は俺を軽々と担ぎ上げてさらにスピードを上げて走る。
おい、と背中をたたくが彼は一向に動じない。
しばらく走って、急にドスッと地面に投げ出される。おい、と抗議の声をあげようとするとシッと鋭い声で遮られた。
「うるさい」
「まだ何も言ってねえよ!」
「うるさい」
言いつつ彼は背負っていたリュックから猟銃を二丁取り出す。一丁俺に投げてよこし、自身も一丁背負って器用に木にのぼり、幹を支えに座ってスコープを覗く。
「ていうかここどこだよ?! なんで銃なんか持ってるんだよ?!」
俺が連れてこられたのは木がうっそうと茂った、おそらくは山だろう。だが整備された登山道などではなく、湿った土に木が生えて、根っこが出たり草が生えていたりするいかにも野生の場所という感じだ。
着ているのがさっきまでと変わらず大学に行った時に着ていた私服だからすごく違和感がある。もちろん彼も俺と大して変わらない格好だが。
「静かにって言ってるだろ、黙れ。今言うとおりにしたらちゃんとあとで説明してやるからとりあえず言うこと聞け」
不思議と従って口を閉じてしまう。
やりゃあできるじゃねえか、やっぱハル単純だな、という言葉にはイラっと来たが。
「よし、じゃあその銃持って適当な木に登れ」
「え──いやいやいや、俺これ撃つの?! 日本銃ダメだから! 狩りとかだとどうなるのか知らないけど、普通に使っていいものじゃないだろ?!」
「ここは日本じゃない。さっさと木に上れ」
日本じゃないってなんだよ、と言いたいのをこらえて言われた通り手近な気に手をかける。するとまた彼から声がかかった。
「お前バカか? 前からバカだとは思ってたけどさらにバカになったか?」
「何がだよ」
前にも俺とあったことがあるみたいな言い方をするのがなんとなく気に入らない。確かに俺はバカかもしれないが。
そいつは覗いていたスコープから目を外してこちらを見やる。
「木の上で銃撃つんだ、寄りかかっても大丈夫で且つ折れないのを選ぶのは常識だろ」
「知らねえよそんな常識」
俺はバカなもんでね、と嫌味を言って木を選び直した。なんとか彼と同じ高さくらいまでよじ登って同じように幹に寄りかかる。
服が土まみれだ
「で、銃すぐ撃てるように用意して。間違っても今撃つなよ」
「え……と、こうか?」
とりあえず見よう見まねで彼と同じように構えてみる。ずっとこの体勢でいるのはなかなかきついぞ、背中が痛くて足がつりそうで意外に銃が重い。
また、はあ、とため息をつかれる。なんだよいちいち嫌味な奴。
「撃つ態勢に入る前に弾の確認とかどっか壊れてないかとかを見ろっつってんだよ」
「いや知らねえよ」
「シッ。静かにしろ。やつが来た」
再びスコープを覗いて、何かを探すそぶりを見せる。彼には何か聞こえているようだが俺には何も聞こえない。
「おい、やつってなんだよ」
彼は無言でじっと神経を集中させている。
「俺はどうすればいいんだよ」
「……銃用意しろっつっただろ。てかどうせ何もできないんなら何もするな」
こちらを見向きもせずにそれだけ言う。
「……にしても、これは予想外だったな」
「あ? なにが」
「なんでもない。とりあえず黙っとけ」
抗議の声をあげようとした瞬間ガサッという音がした。続いてバキッとなにかが折れるおとがする。おそらくは枝だろう。
またガサガサガサという音のあとにそいつはゆっくりと姿を現した。
黒い毛並みにでかい胴体。一見クマのようだが耳がとがっていてキツネみたいだ。クマもキツネも実物みたことないけど。
その動物が頭を動かしてこちらを見た。
赤い眼が俺たちを射貫く。だがそれもほんの数秒のことで、すぐにその動物は倒れてしまう。
倒れた地面からじわじわとなにやら液体が広がっていく。薄暗いから色まではわからないがおそらくあれは――
「お、おい、なんだよ、あれ……」
「血だろうね」
「やっぱり……ていうか今なにが起こったんだ」
「見てなかったのか? あの動物を、これで撃った」
「つ、つまり殺した……」
俺を無視して彼は器用に木からするすると降り倒れている動物を軽々と担ぎあげる。そしてまだ木の上にいる俺を見上げた。
「行くぞ。ハルがどういうつもりなのかは知らねえけど話は一旦帰ってからだ」
「どういうつもりって、何の話だよ。俺はお前と話すことはない」
言いながらそろそろと枝の上で体を移動させる。
これどうやって降りればいいんだ。足を掛けられる所がないかぶらぶら足を揺らして見るが何もない。枝を掴んでいる手も痛い。
俺はどうやって登ったんだ。下をちらっと見ると結構高さがあるが飛び降りることにする。
しっかりと木を掴んでいた手を話した瞬間「バカッ!」と声がした。
地面に落ちると思っていたのに抱き止められる。おかしい、こいつはさっき八メートル位先にいたはずなのに。
「おい、さっさと降りろ。重い」
「あ、ああ、悪い」
よくその小柄な体で動物を担いだまま落下する俺を支えきれたもんだ、とお礼を忘れて感心する。
「なあ、さっき話すことはないと言ったよな。でもお前はここから帰れるのか? もといた場所に。帰りたいんだろ、友達の所へ。もと居た世界へ」
「あ、ああ」
元居た世界、という言い方が引っかかる。今更だがここはどこだ。
「ここがどこかを知らないふりをするんだったらとりあえずついてくるのが得策だと思うけどなあ」
……いちいちむかつく奴。
不定期更新の予定です。次更新までにあまりにも時間が空く場合は後書きでお知らせします。




