16話 神がくれた魔法
「これで魔法陣を描く」
そう言ってルロが持ち出してきたのは白のチョークだ。
「魔法陣って普通悪魔とかそういうのを呼び出すものなんじゃないのか?」
いや、普通は何も呼び出さないか。
「そうでもない。まあそういう魔法陣もあるけど、別に神様だって呼び出せる」
そう言いつつ、物を適当に退かした床にぐるっと円を描く。コンパスとか使ってないのに綺麗な円だ。直径二メートル弱くらい。
ルロがさらに線を描こうともう一度しゃがんだところで、部屋の隅にいたシロがてててっと走って来て輪の中に陣取る。
「あ、おい、どけ」
シロは真ん中でルロに牙を剥く。ちろっとしか見えてない牙がかわいい。
面倒くせえなあ、とルロは呟いて自分も円の中に入り、シロを持ち上げる。俺の所まで運んできて、言葉とは裏腹にそっと床に降ろした。
「ハル、そいつしっかり見とけ」
「はいはい」
ルロはなにやらぶつぶつ唱えながらさらさらと線を描き足していく。
もといた世界でいうところの、星座のマークに似ているような記号や韓国語を少し崩したようなものが描かれた。
俺の足下でおとなしくしているシロとそれを眺めること数分、ルロがよしっと立ちあがった。
「完成か?」
「ああ。多分これであってる」
二重の円の中に、三角形が二つ重なって線で囲まれたところには怪しげな記号。
すごく魔法陣っぽい。
「で、この後どうすんだ?」
「少し待ってれば現れる」
ルロが言い終わるかどうかぐらいのタイミングでぼんやりと線が光り始めた。だがうっすらと白い光に覆われた魔法陣はすぐにその光を失った。
はあ、とため息をついたルロは「おっせーぞー」と誰にともなく言った。それを合図とするかのように、今度は魔法陣だけでなく部屋全体が淡い白い光に満たされた。
ルロはにやりと笑う。
「やっと来たか」
「な、なにが」
「あいつ」
その目線の先を見ると魔法陣の中心、光の中心に人のようなぼやけたシルエットがあった。
「おい、レトシャ様。余計な演出いらないから」
「でもその、私のことを知らない人がいるわけだし……。異世界人だし……」
シルエットが落ち着いた声を発する。私と言っているがかしこまっているだけでおそらく男だろう。
光が弱まって、マントのようなものを羽織っている長身で細身の男性が姿を現した。
かつ、かつ、と乾いた足音を立てて魔法陣の中からこちらに歩み寄る。
気品のある動きは上流貴族を連想させた。やっぱり神様だからか。いや、関係ないか。
にしてもこの顔、どこかで見たことがある気がする。誰だっけ。
俺たちの数歩手前で止まった彼は胸に手を当てて気取ったお辞儀をする。
「どうも、レトシャです。以後お見知り置きを」
「お見知り置かなくていい」
「でも、せっかく異世界から来ていただいているのだから」
この人俺がこの世界の住人じゃないってこと知ってるのか。
顔を上げるときに長めの黒髪の間から小さなピアスが覗く。なんかチャラいぞ。いいのか神がこんなんで。
「で? 私を呼び出したということは今までの復讐じゃ飽き足らなくなったということ、か」
「子供の遊びみたいに言うな」
「一体何回やれば気が済むんです。この国を何度もめちゃくちゃにして。世界ごと破壊したときだってあったし。もっと別のことに時間を費やせばいいのに」
「私がそうしない理由は、あんたが一番わかってるだろ」
はいはい、といってレトシャ様は椅子に腰掛ける。ルロもその隣に座って、待て俺の席がないぞ。
椅子が欲しい? と彼の赤い瞳がこちらを向く。
「そりゃ、まあ」
「じゃんけん」
「は?」
「じゃんけんで私に勝ったら椅子を作ってあげます」
なんか、よくわからない神様だな。俺を立たせたままにしないあたり優しいのだろうか。
じゃんけんぽん、と言って彼が出したのはパーだった。俺はグー。
「残念でした。その白い動物と一緒に適当に床でくつろいでてください」
レトシャ様はひらひらとその手を振る。俺の扱いひどくね? シロが歩き回れるように床の物は脇にどかしてあるからスペースはあるけど。
ルロはちらっとこちらを見た後レトシャ様に向き直る。いや、擁護してくれないのかよ。しかたなく立って話を聞くことに決める。
「私が今日ここにあんたを召喚したのは」
「わかってますよ。どうせ復讐に協力しろって話でしょ」
「ああ。さっきあんたが言った通り、今までいろいろやってきたが今回は、ハルが選択肢から『創作』を選んだからな」
「勝手にそんな選択肢作るのやめよ? 私がシャルロラさんの頼みを聞き続けているのも特例なだけで本当は私が頼まれて個人に何かを創ることなんてないんだから」
「特例があったら利用すべきだろ」
なんとなく雰囲気から察するに、ルロが『特例』なのはやはりルロがレトシャ様の弱みでも握ってるんだろう。話してる感じ、二人は対等あるいはルロの方が立場が上っぽいし。
神を従わせるとか、普通はできない。そもそもしようと思わないはずだ。
「別に拒否するって選択もできるけど? レトシャ様」
「……私ができないとわかって言っているくせに」
「じゃあ協力ってことで。で、レトシャ様にはなにかを創ってほしいんだよね」
「なにかって何を」
「魔法」
たっぷり二十秒はある間の後にレトシャ様はバシッとルロの頭をはたく。痛そうな音。
「馬鹿ですか。ついに頭おかしくなった? ねえ正気?」
いってえ、と頭を押さえて、しかし腕の隙間からレトシャ様を見上げた。ちろっと赤い舌を覗かせて唇を舐める。
「正気だ。今までの復讐じゃ飽き足らなくなったとかそんなんじゃない。子供の遊びじゃないんだから。レトシャ様だってずっと復讐見てきたんだからわかるだろ?」
「子供の遊びねえ」
レトシャ様はそう呟く。
ずっとということは、レトシャ様には『リトライ』は無効なのだろうか。
こつ、こつ、と二度机を叩いた彼はため息をつきながら前髪をかきあげる。
「わかったよ。で、何の魔法創ればいいの」
「いやー、それも占って決めて欲しいなーって」
「んなことだろうとは思ったよ。魔法はどっちにあげるの。シャルロラさん? ハルくん?」
「どっちも」
再びはあっと息を吐いたレトシャ様は俺に向かって手招きをする。
近寄ると彼の向かいにぽこんと椅子が現れた。ありがたく俺はそこに座る。
「何の魔法にするかは私が決めていいのですね?」
「よろしく。あ、でも、復讐に使えなさそうな変な奴はやめてくれよ」
「そんなの使いこなせない方が悪い」
「まあな」
「ではハルくん、魔法を決めるため意識を私にください。そうですね、あなたのいた世界でいう二十秒ほど」
どういうこと、と聞き返す前に、脳を何かに支配されるような感覚に襲われる。なんだこれ。気持ちが悪い。
悪いね、これ以外のやり方知らないんだ、という声が遠くで聞こえた気がした。
ふっと意識が途切れて、しかしその直後に現実に呼び戻される。
「んー、ハル君にあげる魔法決めた。世界をいくらでも創れる魔法とかどう?」
「いくらでもって、いくらでもですか?」
「そ。まあ自由に創れるってわけじゃなくて、イメージとしてはパラレルワールドかな。並行世界。いくらでも未来を変えられる。一応現時点から分岐した世界、違う選択をした世界だけど、割と自由に創れる」
「最初と最後で言ってる事矛盾してるじゃん」
「シャルロラさんはちょっと黙ってて」
ルロが素直に黙る。レトシャ様はそれを横目に続けた。
「 さっきハル君の過去見させてもらったけど、この魔法がぴったりじゃないですかね。わかんないけど」
「えっと、要するに分岐した世界を創れるってことですよね?」
「そ。まあ正直どんな世界でも創れるけど」
じゃあそれで、というとレトシャ様はルロの方に向き直った。
ルロの髪を一筋すくって指から落とす。
「でシャルロラさんには、できた並行世界に他者を送る魔法」
「……なるほどな。悪くない」
それを聞いたレトシャ様は上着のポケットをまさぐって細い鎖のペンダントを取り出した。
小さな金属の笛に噴水が描かれているのを俺に、炎が描かれているものをルロに渡す。
「これを持ってれば、魔法がつかえるから」
「このマークってなにか意味があるんですか?」
「お、さすがハル君。いいところに気がついた。でも全く関係ない。その絵はなんとなくだよ」
それから気軽にほいほい呼び出すのは今度から自重しなさい、といって魔法陣の中心に立ち、そのまま吸い込まれるように消えた。
こういうのは割と神っぽい気がする。
にしてもこの世界、ロナさんからの鏡といいこのネックレスといい、魔法の小道具的なのが主流なのか。
ルロはレトシャ様が消えた魔法陣をごしごしと足で消す。シロも一緒になってしっぽと足で消すのを、俺はぼんやりと眺めた。
更新遅くなってすみません。少しずつペース戻す予定です。
これからもよろしくお願いします。




