13話 失敗した入れ替わり
そろそろだぞ、というルロの声に起こされる。いつの間にか寝てしまっていたらしい。俺が全く指示を出さなくても目的地に到着してくれるこの馬車のすごさを感じる。
覚めきらない頭であたりを見回すと、右斜め前方に城が見えた。ルロのとこ──シュワ王国の城は城だったが、これはクリーム色。形はほとんど同じだ。
ゆっくりとカーブしている道を抜け、門の前で馬車が止まる。俺がなにかいう前に、門兵は「お待ちしておりました」とお辞儀した。
なんか既視感あるぞ、この光景。
開けられた門をくぐって敷地に入り、両脇に花が咲いている道を通って城の前で馬車から降りる。
俺は普通に、身軽に飛び降りたがルロは降りようとしない。
「どうしたんだ?」
「……手」
ああ、そうか。今ルロは『シャルロラ』で、一応王の娘なわけだ。で俺はその召使いだから、手を貸さなければということだろう。
俺は恭しくルロの手を取る。
「そういうのいらない」
俺の演技をバッサリと切り捨てて、俺の手にほとんど力をかけずルロは降りた。これ、手出した意味あるのか。
「お前は記憶がなくどこから来たのかもわからないことになってるから、そこまで召使いっぽく振る舞う必要はないけど、最低限、人前では敬語にしてくれ。これでも一介の王の娘だ」
「わかり、ました?」
疑問形やめろ、とルロが言いかけて口をつぐむ。どうしたのかと思っていると、城のドアがいきなり開かれた。
姿を見せたのはもちろんロナさんだ。いやこの場合、俺は召使い的身分でロナさんは王女なわけだから、ロナ様といった方がいいのか?
「早速来てくれたのね! 嬉しいわ、シャルロラ、それにハルさん」
「ええ。ここに来るのもしばらくぶりね。せっかくだしお言葉に甘えてお訪ねしようかと思って。ハルとも会いたかったでしょ?」
いたずらっぽい瞳でルロはロナさんに言う。
ルロもこういう話し方してればかわいいんだけどなあ。もし何も知らない人が、山にいるときのルロと今のシャルロラそれぞれと話しても、同一人物だとは思わないだろう。かつらで髪長く見えるせいもあるかもしれないけど。
ロナさんは心なしか頬を染めて俺の方を見る。
「そうね。会いたかったわ」
うん、可愛い。
なんでこんな可愛い人が俺に会いたがるかな。まあ俺的には嬉しいからいいんだけど。
「こんなところで立ち話もあれだし、中に行きましょう?」
淡い紫色の髪と、前回あった時とは違うデザインの白いドレスの裾をふわっと揺らして彼女は城の中に入っていった。
その横にルロが並んだので、俺はルロの斜め後ろらへんを歩く。ロナさんに従いている執事も同じようにロナさんの後ろを歩いているし。
「シャルロラさんは、今日はどんなご用事でニシュト様のところへ行ってらしたの?」
「いつものお茶のお誘い。ロナさんもそうだったかしら」
「ええ。彼は相変わらずワインが好きね」
「そうね。お茶会なのに、お茶じゃなくてワインを飲んでるわ」
くすくす、と楽しそうに笑う二人の背中を眺めて俺はぶるっと体を震わせた。
なに、王女って普通にこういう話し方なの。俺からすると全部演技くさくてやっぱり女子って怖い。
木の丸テーブルとおしゃれな棚がいくつか置かれた部屋に通された。
「今日はここでお話ししましょう。何か飲む?」
「そうね、紅茶をいただける?」
「もちろん。ハルさんは?」
「あ……じゃあ、同じものでお願いします」
「じゃあ紅茶三つと、そうね、ケーキ持ってきて」
かしこまりました、と言って執事は去って行く。
「さ、おかけになって」
椅子に座ったルロに倣って俺も座る。
ロナさんは興味津々といった様子で身を乗り出してきた。
「ね、ハルさんはシャルロラさんのところの人?」
「そう……です」
「そう。二人はどうやって知り合ったの?」
きた。ルロは記憶がないことにすると言っていたが、なんというのが一番違和感がないか。
「私の家の近くで見つけたの。帰るところもないみたいだし、自分がどこから来たのかとか何者かもわからないみたいだし。持ち物何一つ持ってなかったしね。だからしばらくは面倒を見ようかと思って」
「そうなの……。じゃあハルさんは自分のこと何もわからないの?」
「ええと、はい。……シャルロラさん、には、助けていただいてます」
「ハルっていう名前は覚えてたの?」
「いえ、ハルはが唯一この名前だけ聞き覚えがあるみたいだったから、そう呼ぶことにしたの」
そう、とロナさんは遠い目をする。
なんかどんどんハルについて細かい情報が付け加えられてるぞ。まあルロのいうとおり、違う世界から来ましたなんて言えないし、しょうがないんだけど。
コンコン、と控えめなノックとともに小さめのワゴンを押した執事が入って来て、俺たちの前にカップとケーキを置く。
綺麗な造形のカップにやや気後れしつつも、美味しそうなチョコケーキについ目がいってしまう。
「ふふ。どうぞ、食べていいわよ」
紅茶を一口飲んでロナさんはいう。俺はありがとうございます、と小さくいってからフォークを手にした。ルロも同じように食べ始める。
ロナさんは立ってドアの外を覗き、もう誰もいないのを確認した後カチャッと鍵をかけた。
再び座ってにっこりと俺たちを見る。
「今日は、本当のシャルロラさんなのね」
思わずぎくっと体が固まったが、ルロは予想していたのか王の娘としての癖なのか堂々としている。
可愛らしく首を傾げてルロは聞き返した。
「どういうこと?」
「だってほら、昨日はハルさんがシャルロラさんのフリしてて、シャルロラさんがハルさん名乗ってたじゃない」
「そんなことしてないわよ?」
「そう? 昨日と違うところいくらでもあげられるけど」
じわじわと追い詰められている感じがする。
ルロにも幾分余裕がなくなって来ているようだ。
「ていうか普通に、気づかない方がおかしいわよ。昨日のシャルロラさんは、シャルロラさんにしては背が高すぎるもの。ドレスはぴったりだったけど。ハルさんだって、今日の方が背高いのだし」
「……それで、ロナさんは私達にどうして欲しいの?」
「ふふ。協力させてほしいわね」
ロナさんは頬杖をついて首を傾げる。薄い赤色の瞳が俺を捉えた。
昨日変装した甲斐もなく、全てバレていたということか。そりゃそうだよなあ、むしろ実の親である王が気づかなかった方が不自然なのだ。
その目がルロの方を向き、再び俺を見る。
「私がハルさんについて、あなたの正体について考えてることはおそらく大体あってるわ。シャルロラさんと変装しあってた理由はいくつか候補があって絞れないけど。ね、どう? 手を組みましょう?」
「ロナさんのような、王女がそんなことを言っては行けないでしょう?」
「あなたも王女なのにやろうとしてるじゃない。といっても、さっきも言ったとおり何をやろうとしてるのかはわからないけれどね」
「私は王女じゃないわ」
「元王女でしょ? 同じことよ」
はあ、とルロがため息をついた。それから部屋を、天井、床、壁にかかった絵と順に眺める。
その様子を見てロナさんはくすくすと笑った。
「大丈夫よ、この部屋にはカメラもマイクも仕掛けられていないわ。そのために私の部屋でなくここを選んだの。他の部屋はあなたも知っての通り監視だらけだから」
「そう……」
「で、どうかしら? シャルロラさんがやろうとしているなにか。協力するわよ」
なぜロナさんは協力するなんていうのだろうか。何に協力するのかも知らないのに。
ルロは軽く目を閉じて数秒考えた後、ロナさんをまっすぐに見返した。
「いえ、遠慮しとくわ」
「どうして? 断る理由なんてないじゃない。自分で言うのもあれだけど、私がいた方がお金も自由だし使えるものも行けるところも圧倒的に増えるわよ?」
「そうじゃなくて。ロナさんはなにに協力するの? 私たちがなにをするか知らないでしょ?」
そうね、といってロナさんは立ち上がる。
俺の背後に立って、首に腕を絡めた。彼女の顔がすぐ隣に来る。
俺の肩に顎を乗せたまま、ロナさんはルロの方を見た。
「さっきも言ったけど、検討はついてるわよ。例えば──復讐、とか?」




