11話 迷い犬と悩める美少女
ドン、ドンと体当たりする音は続いている。
「ど、どうすればいいんだ……?」
「ドア開けて外出ろ」
ルロが壁の拳銃を手に取る。
「いや、人喰うんだろ?喰われんじゃん」
「私、人じゃないから」
そりゃルロは安全かもしれないけど! 俺一応人なんだけどなあ。
ほらこれ持て、とライフルを渡される。
「俺撃てないけど?」
「そんな期待お前にしてない、万が一逃げられた時に私が使うだけだ。もし使うことになったら渡してくれればいい」
逃げられる心配する前に俺が喰べられる心配しろよ。
ルロはドアの先にいるものを見通すかのように鋭い目つきでドアをじっと見る。
あーあ、こんなに早く人生が終わるなんてなあ。もっといろんなことしとけばよかった。
感慨に浸っているとルロから鋭い声が飛んでくる。
「早く開けろ。喰われる前に撃つ。多分」
「はいはい……開けるぞ」
かなり勇気を出して開けたのだが、そこには何もいない。なんだ、と思った瞬間ズボンの裾が引っ張られる感じがして下を見る。
子犬のような見た目の可愛らしい動物がジーンズの裾を咥えて引っ張っていた。
「うわっ! ルロ、こいつ、こいつ!」
「ああ」
ルロは拳銃を子犬に向けるが撃たない。
どうしたんだ、と聞く前に銃を下ろした。
「こいつは多分無害だ」
「マジで⁈ まあ……確かに可愛いただの犬だけど、さっきあんな鳴き声あげてたぞ? 家にぶつかる音もデカかったし」
「ここはハルのいた世界と違って全体的に力が強いからな。だから私だってお前を持ち上げられるわけだし」
そういわれると納得してしまいそうな。
また「ガゥゥ……」と子犬が鳴いた。なんか、鳴き声と見た目が似合わないな、こいつ。
狼をそのまま小さくしたような耳や尻尾に、つぶらな瞳。これは……!
「……かわいい」
「は?」
「いやルロ、こいつ可愛くねえ⁈ 健気に裾引っ張って……」
「それ健気っつていうか?」
ルロは呆れたようにため息をつく。
さっき人を喰うとかいわれたけど、全然そんな見た目してないじゃん。
「ルロ、飼おうぜこいつ」
「ここで?」
「ここで」
「別にいいけど、それ成長するとマジで人喰うぞ?」
「……それまでに躾する。だって、こんなちっちゃいの山の中に放っとけないじゃん」
「ガルゥ……」
こいつの鳴き声は、威嚇してるのか俺に賛同してるのかよくわかんねえな。
ルロはもう一度はあっと息をついたあと頷いた。
「わかったよ。だけど成長して喰われても知らねえぞ。喰われるとしたら人間のハルだし」
「大丈夫、なんとかなるだろ」
まあ好きにすれば、と言ってルロは家の中に戻る。俺も子犬を抱えて後に続いた。鳴き声からして明らかに犬ではないのだが、見た目が子犬なので子犬ということでいいだろう。
しゃがんでふさふさの毛の背中を撫でながらルロを見上げる。
「なあ、名前どうする?」
「さあ。なんでもいいけど」
「俺こういうの考えるの苦手なんだよなー。とりあえず保留でいっか」
子犬はお腹が空いているのかテーブルの脚を齧り始めた。まあ成長したら人を食べるくらいになるのかもしれないが、なんとかなるだろう。今のところ走り回って暴れたりもしてないし。
「ルロ、なんかこいつに食べさせるものない?」
「そいつもなにも食べなくていいんだ。ただ手当たり次第に囓ってるだけ」
そういうもんなのか。
犬は机を囓るのに飽きたのかきょろきょろとあたりを見回してから俺の足下に寄ってきてまた裾を引っ張る。
耳がたまにぴくぴく動くのがなんともいえず可愛い。だが耳のあたりを撫でていると、急にぱたっと倒れた。
「な、なんだ⁈ 俺今なにかした?」
「この世界の動物はそうだから。急に寝る」
「そういうもんか……」
それより、と俺と一緒にしゃがんでいたルロが立ち上がった。
奥の部屋、俺が女装させられた部屋の方へ歩いて行く。
「そろそろ行くぞ」
「え、どこに」
「ロナさんのとこ」
「明日行くって言ってなかったっけ」
お前それちゃんと読んだか、とルロは振り返ってテーブルの上のさっき渡された紙を見やる。
改めて目を通すと、
『この世界には時間という概念がない。一日は起きてから寝るまでを指す。よって一日は人によって違う。
何か物事を終えるのを一日の区切りとすることもある』
と書いてある。
「……要するに、今日とか明日とかいうのの境目は曖昧ってことか?」
「ああ。今この瞬間から『明日』だと思えばそこで『今日』は終わりだ」
いいのか、そんな適当で。
奥の部屋へ入っていったルロの背中を慌てて追う。確か今度は俺女装しなくていいんだよな。ルロが女装、というか王女の格好するって言ってたし。
どうもルロが女というのに慣れない。
続いて部屋に入ろうとして、足を止める。そうだ、ルロは女なんだから今入るのはまずいだろう。俺が女装させられた時部屋を一旦部屋の外にいたのも、そういうことだったのか。
壁に寄りかかってルロが出てくるのを待つ。そういえばメイクがうまかったのも、自分がするからなのだろう。
しばらくするとカチャっとドアが開いてドレス姿のルロが出てくる。
「か……」
かわいい、と言いそうになったことに気づいて咄嗟に目を逸らす。
「どう? なかなか捨てたもんじゃないだろ」
「お、おう」
ルロの髪は短いから俺の時と同じくかつらをかぶっているが、今回はそれはストレートではなくゆるく巻かれている。
ドレスの丈も俺が着たのと同じ膝丈だが、色は深い青だ。大きく開いた襟元からは白い肌が覗く。
「お、俺も着替えるのか?」
「ああ。一応王女に招かれたんだから、ちゃんとした格好してけ。中に置いてあるから」
「わかった」
目を合わせないようにしたまま入れ替わりで俺が部屋に入る。
あれはやばいぞ、普段めちゃくちゃ男っぽかったから余計にそのギャップで可愛く見える。
椅子の上に置かれたスーツっぽいものを手に取る。スーツというより、パーティ会場で飲み物とか出す人が着てそうな黒い衣装だ。
丈がぴったりなそれに着替えてドアを開けると、ルロがさっき俺がしていたのと同じように壁に背中を預けて立っていた。片脚を軽く曲げて、手は身体の前で揃えられている。こうして見ると普通に女子だ。
「ルロ?」
俺に気づいていないのか、ルロは目を閉じていた。疲れて寝ているのだろうか。どうすべきか迷った一瞬の間にルロは崩れ落ちる。
細い綺麗な脚がどこかルロに現実感を与えない。目を閉じた人形のような、そんな錯覚に囚われる。
「ルロ」
軽く肩を揺さぶっても目を開けない彼女を抱き上げる。
なるほど、人を運ぶ時にはお姫様抱っこが一番やりやすいかもしれない。だからルロもきっと俺をそうやって持ち上げたのだろう。
くだらない考えは置いておいて、思ったより軽いルロをとりあえず着替えた部屋の中へ運ぶ。確かこの部屋にベッドかあったような。
思った通り、部屋の角に置いてあった白いベッドにルロを寝かせる。
前とは違って寝言すら言わない。このまま寝かせておいていいのだろうか。それとも起こすべきか。薬などはあるのだろうか。ルロが目を覚ます気配はない。
どうすればいい。
「どうすればいいんだ……」
聞いても答えるわけないよな、と思ったときルロが目を開ける。
「ルロ?」
「…………ああ、ハル」
まだぼんやりしているのか、その目は俺を見ているようで見ていない。
「大丈夫か?」
「ああ。たまにある。貧血だ」
「それ城でも言ってたけど。本当に貧血か?」
「ああ。ちょっと倒れるくらい大したことじゃない。……悪い傾向ではあるけれど」
最後のは俺に聞かせるつもりはなかったのか、それきり何も言わずにベッドから立って部屋を出ようとする。
「ルロ。わかりやすい嘘はつかない方がいい」
「嘘じゃない」
「ルロが倒れたのは何か別の原因があるんだろ?」
「ない」
「ルロ」
ルロは一瞬何かを堪える表情をして、口を引き結ぶ。
「言う気ない。言っても信じない」
「そうでもない」
いきなり違う世界に放り出された時点でもうかなりめちゃくちゃだ。今更何が来ても驚かない、はず。
「大したことじゃない。ただ、あまりにリアルな──夢を見るだけだ。多分」
ルロは思いつめた顔をして言う。そんなにやばいことなのか? いまいちわからない。
だから、俺は笑って返した。
「なんだ、そんなこと」
読んでくださりありがとうございます。




