10話 偽物の俺が告られて
「好き!」
彼女の発した一言で、俺や彼女と一緒にいた執事っぽい人たち、もちろんルロも、その場にいた全員が固まる。
「は⁈」
思わず普通のトーンで言ってしまってから慌てて口を塞ぐ。俺が男だって、バレないようにしないと。
だが彼女はそんな俺を意に介さずルロに詰め寄る。
「ね、あなたカッコいい! 顔と声が好き! 綺麗な顔してるし……名前なんていうの?」
「……ハル、といいます」
「ハル。ハルね、覚えた。ね、今度あなたもシャルロラさんと一緒に遊びにいらして? ぜひまた──」
「ロナ様」
彼女の後ろにいた執事の一人が遮った。
振り向いた彼女──ロナに何事か囁く。関係ないじゃないそんなの、という言葉から察するに、彼女はおそらく貴族とかそっち系の人で、ルロは使用人だから、とかなんとか言われたのだろう。
再びこちらを向いたロナは今度は俺に話しかける。
「シャルロラさん、ハルさんのこといろいろ知りたいわ! 今度本当にいらっしゃい。それじゃ二人ともまた──あら、私ハルさんに名乗ってなかったわね。私はロナ」
「存じております」
ルロが深く頭を下げる。
それじゃあまたね、と言ってロナは馬車に乗り込んで去っていった。
俺たちも乗って、来た道を辿る。先に見える大きな山が、俺たちの家がある山だろう。
城からしばらく言ったところでルロに聞く。
「さっきの子、誰だ?」
「ロナさん」
「いや、それは聞いたけど」
「ラタト王国の王女。ここはシュワ王国」
なるほど。
ルロは前を見たままさらに言う。
「ロナさんと私は、ロナさんがこっちの国に来てた時に会って、私が城を追われる前から仲がよかった。だからお前が誘われたのは別にいいんだけど……ちょっとあれは予想外だったな」
「関係ないんだけど、ルロ今まで自分のこと私って言ってたっけ。なんか違和感」
「一人称はずっと私……多分お前の前で一人称使うことがなかったんだろ。ハルは私が女だって知ってたし。ああでもあの頃は髪長かったんだっけ」
言外にお前はハルじゃない、と言われている気分になる。そりゃ、ルロが今まで過ごしてきたハルじゃないけどさ。
晴れ渡った空を眺めながら一応言い訳をしておく。
「だって話し方完全に男っぽかったじゃん。だからてっきり……」
「それを言ったのもハルなんだけどなあ」
「え?」
「話し方を変えた方がいいって言ったのもハル」
そんなこと言ったのか。なんか結構無神経な発言じゃないか。
俺が言うのもあれだけど。
まあそれはいいとして、とルロが話を戻す。
「どうする。本当に彼女のとこ行かなきゃいけないぞ。こっちから行かなかったら向こうから来るぞ」
「そうなのか?」
「ああ。まあ私がどこに住んでるかは知らないから街中に捜索願とかだすんだろうな」
それで捜索されるのが俺っていうのがなあ。他人事にできない。
だからといって会いに行ったら今度はバレるかもしれないしなあ。
「明日あたりにでも行くか」
「え、マジで?」
「ああ」
「てことは俺また女装? てかそもそもそんなに急に行っていいのか? 向こうも王女なんだろ」
「それは問題ない。向こうは私と違って現役王女だから忙しいが、誘った人を追い返すことはしないから。追い返すぐらいなら最初から誘わない」
それ、誘った時は時間があってもそれからしばらく後に来られたらめちゃくちゃ忙しい……みたいなこともあるんじゃないのか。
大変だなあ王女も。
「で、お前は次女装しなくていい」
「え、じゃルロが『シャルロラ』やるってこと?」
「そ。ハルはハルとして、私はシャルロラとして行く。としてっていうか、実際そうなんだけど」
ルロは唐突に馬車を止め、振り返って聞いた。
「こっからは結構揺れるけど。歩くか、このまま行くか」
「このまま馬車で行けるとこまで行こう。この靴で山歩ける気しないし」
どうせスニーカーあるじゃん、と言われて思い出す。そうだ、さっき奥に積まれた荷物の一つにあった気がする。
ルロが髪の襟足をいじりながらにやっと笑う。
「別にまたお姫様抱っこしてやってもいいけど?」
それだけはごめんだ。自分より小柄で華奢な人に運ばれるっていう時点で微妙だったのに、男の俺を運ぶのが女子だというのがなんとも情けない。お姫様抱っこっていうのも嫌だし。
◆◆◆
家に入って、お互い着替える。ルロは早速借りていた俺の服を脱いで自分の服──パーカーにジーンズを手に取る。
馬車は山の麓に置きっぱなしでいいらしい。馬が逃げたり盗まれたりということはないのだという。なんと治安のいいことか。
そういえば城に向かう時もすでに馬車は置いてあった。
俺もドレスを脱ごうと背中で編まれているリボンの片端を手探りで見つけて引っ張る。外にいる時は不思議と気にならなかったが、ちょっと動くだけでドレスの裾が膝の少し上辺りをふわふわするのがくすぐったいぞ。
「なあ、なんで今日は俺が『シャルロラ』やらされて、ロナさんに会いに行く時はルロがシャルロラなんだ?」
「…………まあ、いろいろと深い事情があるわけで」
「なんだよその間! 気になるじゃん」
「まず、ロナさんに会う時お前シャルロラ演じきれないだろ? ハルの知らないことたくさんあるし。あと、なんかハル告白されてて面倒なことになりそうだから」
「絶対あとのが本音だろ」
ん? とルロはしらばっくれる。まあ確かに、ロナさんにボロを出さずに会う自信ないけどさ。
でも、ロナさんが告ったのってルロが演じてるハルってだけで、別に俺じゃないような。
顔は断然ルロの方がいいし、声だって同じ声出せないし。
とっくに着替え終わったルロはごちゃごちゃしたテーブルでなにやら紙に書きつけている。
後ろから覗き込むと「邪魔」とにべもなく言われた。
「何書いてんのかなーって思っただけじゃん」
「覗かれると書きにくい。あっち行ってて。どうせ後で見せるんだし」
冷たいなあ。あっち行けって言われても、床に動物の身体が散らかってて座れる場所ないし。
隣の椅子に座って待つこと数分、ルロは「ん」とこちらに紙を押し付ける。
少し角の折れたその紙には、ふにゃふにゃした線と文字がびっしり書かれていた。
「えーと、これは?」
「明日ロナさんに会う時に怪しまれないように、この世界の国とか常識とか、その辺知っといて。あと告白されたとはいえ、一国の王女と召使い──あ、ハルは私の召使い的なののフリしてもらうから。身分が違うから、敬語を使うのも忘れないで。敬語くらいは使えるだろ」
「了解」
渡された紙にざっと目を通す。
ラタト王国、シュワ王国、という文字が歪んだ線で囲まれていた。
「……この線はなんだ?」
「国。国境。この世界。こういう絵描くの苦手なんだよ、ちょっと下手なくらいいいだろ」
あー、うん。ちょっと下手、ね。正直かなり下手なんじゃないか。
まあ位置関係がわかるからいいか。ラタト王国の東にシュワ王国。国境に被せる感じで「山」と書いてある。おそらくこの家がある山ということだろう。
線で区切られた紙の下半分には箇条書きがいくつもある。
「食事はしなくても生きていける」とか、「移動は徒歩か馬車が普通」「動物を殺すことは人間より抵抗がない。皮や牙などを利用」とか。
「そこに書いてないことは基本的にお前がいた世界と同じだ。既にわかってると思うけど言葉も通じる」
なるほど。だいたいわかったが、最後の一文が気になる。
「なあ、この世界に人間はいないっていうのは?」
「そのまんま。ここには人間はいない」
「え、じゃあルロは人間じゃないのか?」
「ああ。言わなかったけ」
「人間じゃなかったらなんなんだ?」
ルロが見た目に反して力が強すぎるとことか、食事しなくてもいいところとか、人間離れしてるなあとは思ってたけど。
ルロは少し考えたあとにまた口を開く。
「特に呼び名はない。狩ってきた動物だって、それぞれの名称なんてないぞ」
へえ、という声は出なかった。
突然外からガゥルルルル、ガォアという鳴き声がしたのだ。ライオンの鳴き声みたいな。
その後ドンッという音とともに家が揺れる。鳴き声の主が体当たりでもしたのか。
「……くそっ、面倒なことになった」
「何が。外にいるの何。すごい凶暴そうな鳴き声なんだけど⁈」
「ああ。アイツらは凶暴だ。なにせ人を喰うからな」
平然とルロが放った言葉に、背筋が凍った。
投稿頻度やや落ちててすみません。今週書きだめ増やします頑張ります。
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