9話 王と王女と
食堂らしきところまで先導してもらい、その大きな入り口が開かれる。
「おお。待っていたぞ、シャルロラ」
こういうときなんと返せばいいのだろう。ちらっとルロを見るも、ルロはなにも言わない。
軽く頭を下げて、ナプキンの置かれている席に向かう。俺の席はここなのだろう。
俺が座る前にルロは自然な動作で椅子を引く。
「あ、ありがと」
ルロはそのまま俺の後ろに控えた。向かいに座っている王の後ろにも同じように立っている者がいるから、おそらく使用人はそうするのがルールなのだろう。
「普段は、なにをしているんだ」
「えーと……」
ルロは普段なにをしてるんだ。とりあえず狩りには出かけてるし、狩った動物からなにか作るとも聞いたけど、王に言っていいのかわからない。
だがそんな心配をよそに王は続ける。
「まだくだらんことをやってるんじゃないだろうな」
「あ、いや……」
奥から人が出てきて俺たちの前にサラダを置いて戻っていった。色鮮やかな野菜のサラダ。よくわからないドレッシングがかかっている。
王がフォークで食べ始めたので俺もそれに倣う。
しゃくしゃく、とそれを食べる音だけが続いた。
だって、「くだらんこと」とか言われてもそれが何かわかんないから答えようがないし。
俺が答えないのを肯定と受け取ったらしく、王は食べるのを止めてため息をつく。
「やっぱりやってるのか。やめろ、王家の子供が。見苦しい」
だから何が。ルロはなにをやってるって言ったんだ。狩り、と正直に言ったのだろうか。でも別に見苦しいことじゃないし。
ていうか王家の子供とか言いつつルロを捨てたんだろと言いたくなる。
「別に、見苦しいことではないのでは」
「まだそんなことを言うのか。王家の子供が動物を殺して小遣い稼ぎなんぞ、周りが知ったらなんと言うか。なあ、シャルロラ? それともなんだ? お前は動物を殺すのが好きか?」
「いえ……好きとか嫌いという問題ではないかと」
小遣い稼ぎというのはおそらく毛皮で作った毛布とかを売っているのだろう。めちゃくちゃ出来栄えよかったし、あれ。
「じゃあなんだ? ここに置いてやろうという話も何度もしたのになぜ断ってまで山で暮らす? この城で召使いとして働かせてやると言っているのに、お前はそれを拒否し続けているだろう」
「いや、そりゃ普通……」
断るだろ、と言いそうになって慌てて飲み込む。話し方気をつけないと。
自分を捨てた人間に、ここに置いてやると言われてそれに従う奴がどこにいるか。だがルロが嘘をついている可能性もあるので一応王に訊いてみる。
「あの、私は捨てられたんですよね?」
「なにを人聞きの悪いことをでっち上げている。これだから嫌なんだ。ここに置いてやると言ったのにお前が勝手に出て行ったんだろう」
もういい、この料理下げろと言って使用人に料理を下げさせる。代わりに持って来させたワインを一気に飲み干した。
どん、とグラスを置いてこちらを睨む。
「なあ、シャルロラ。捨てられたなんてかわいそう話作り上げるくらいなら、俺のいう通りここで働けばいいじゃないか。一生雇ってやるよ。動物を殺して、山の中で一人暮らすのとどっちが幸せだと思うか?」
「……山で暮らす方」
「なに?」
「こんなところで働くよりは、山で暮らす方がいいです。それに、あの生活も捨てたもんじゃないですよ」
王は俺に向かって無言でグラスを投げつけた。繊細なつくりのそれは頭にあたって割れる。破片が床にパラパラと落ちた。
「ニシュト様、もうそのくらいで」
「うるさい」
使用人の一人が口を挟むも一言で片付けられる。王の名前はニシュトというらしい。まあそれを知っても何にもならないけれど。
そもそも、シャルロラにここにいて欲しいなら最初から捨てなきゃいいのに。シャルロラより次期王にふさわしい人がいたとかなんとか知らないが、城を追い出すか使用人として雇うか以外の選択もできただろう。
それなのに今キレられても。
「そんなにシャロントが選ばれたのが気に入らないか? もう何年も根に持ちよって。敗者は敗者らしく素直に従っておればいいものを」
「敗者は敗者らしく、戦場を去りました。ニシュト王はそれのどこが気に入らないのですか」
「お前ごときが俺の名を呼ぶな!」
今度はワインボトルを手にする。酔ってるのかますますタチ悪くなってるぞ。
使用人が押さえつけるのを振りほどいて投げられたボトルは、俺に向かって綺麗な弧を描いて飛んでくる。
避けなくていっか、と思ったとき、後ろから伸ばされたルロの腕が当たる直前のボトルをなぎ払った。テーブルの上にワインの赤色が広がる。
「あ、ありがと……」
「……使用人ごときが生意気な! よかったなあシャルロラ。薄汚い服の優秀なボディーガードがいて」
この人はシャルロラをそばに置きたいんだろうか、嫌いなんだろうか。実の娘の顔にグラスと瓶を投げつけるなんてまともな人間のすることじゃない。
「ルロはボディーガードではありません。共犯者です」
「はっ、馬鹿なことを。もういい、さっさと帰れ!」
ルロに椅子を引かれて立ち上がる。さっきのでルロが腕を怪我してないといいけど。
食堂を出ようとして、振り返る。
「ニシュト王。私は絶対にあなたに従う気はありませんよ」
「……いつまでそんなことを抜かせるか見ものだな」
ルロと俺はお互いにしばらく無言で廊下を歩く。
城の外に出る扉が見えてきたころ、ルロがようやく口を開いた。
「大丈夫か、顔」
「ああ。ルロこそ腕怪我してないか」
「してない。つか人より自分の心配しろ。お前が怪我してんじゃねーか」
ドアを押し開けて外に出る。馬車はそこに用意されていた。馬の背を軽く撫でてからルロはこちらに手を伸ばす。
「ここ」
「いってえ!」
「だろうな。血出てんぞ」
今まで怪我してることに気づかなかったとかおかしいぞ、という言葉はさておき、怪我している場所を自分でも確かめる。
額の左、髪の毛の生え際あたりがガラスで一筋切れているみたいだ。
「おい、そんなに触るな。今手当するから」
馬車の後ろから救急箱を取り出して、俺を馬車に座らせる。ルロも向かい合って座り、ガーゼと消毒液を取り出した。
「こんなものまで積んできたのか」
「まあな。こうなるだろうとは思ってたし。……お前、なんで避けなかった」
「え?」
「ハルなら避けてたぞ。ていうかお前が今までのハルとどこか違うとしても、普通投げられたものは反射的に避けようとするだろ」
「ああー……まあ、別に。避けたからってどうにかなるわけじゃないし? みたいな」
もうちょっと自分の体大切にしろ、と言いながらルロはガーゼに消毒液をつける。
なんか、怪しげな色。毒々しい緑色だ。これ本当に消毒液か。
かつらの前髪を避けられ、ガーゼをそっと当てられるがやはり傷に染みる。
「王は、俺をルロだと思ってあれ投げたんだよな」
「ああ。あの人に自分の娘が本物かどうかなんてわかるわけないし」
それに、といった後コンタクトを外す。救急箱から手鏡を取り出して俺に向けた。
なんで救急箱に鏡が入ってるんだ
「割と似てるんだよ」
確かに今ルロと髪と目の色が同じだ。本来ルロの方が色白で顔も整っているが、そこはさすが化粧といったところか。
双子とまではいかなくても、よく似た兄妹といわれればそう見えるくらいには似ている。
「よし、手当て終わりだ。帰るぞ」
「お、おう」
馬車が城の門に向かって動き出す。だがルロはすぐに馬車を止めた。
ちょうど門が開いて、別の馬車が入ってくる。それは俺たちの隣で止まった。
中から一人の女の子が顔を出す。
「ごきげんよう、シャルロラさん」
綺麗に巻かれたふわっとした薄紫色の髪に、白いドレス。にこっと首を傾げる仕草。
いかにもお姫様ー、といったオーラが出ている。俺みたいな偽物じゃなく、彼女はきっと本当のお姫様なのだろう。
もしや彼女が「ルロよりふさわしい跡継ぎ」なのか。
彼女は大きな目で俺に笑いかける。かわいい。かわいいぞ。俺が今女装してなかったら間違いなく好きになってるレベル。
「ご、ごきげん……よう?」
「ニシュト様にお会いしてきたの?」
「そ、そう」
「私もよ。お茶会にお誘いくださったの。お時間あるならご一緒にどうかしら。ニシュト様も、きっと許可してくださるわ」
こんなにザ・お姫様な子といたら俺がシャルロラじゃないって一発でバレそうなんだけど。お時間がないっていうのを失礼にならないように伝えないと。
そこでルロが口を挟んでくれる。
「お嬢様はさっき倒れられたので、せっかくですが今回は……」
「そうだったの。大丈夫?」
倒れたのは俺じゃなくルロだ。まあ「シャルロラ」が倒れたのは嘘ではないけれど。
純粋な瞳に嘘をついている後ろめたさを感じながら「今はだいぶよくなったわ」と答える。俺が偽物だってバレませんように。
「でも早く休んだ方がいいわ。引き止めちゃってごめんなさい。またうちに遊びにいらしてね」
その言葉を合図に彼女の馬車が動き出す。ルロは綺麗にお辞儀をした。なに、俺もするべき? でも彼女とシャルロラと仲よさげだったし。
迷っているうちに通り過ぎて、だが彼女の「止めて」という声で再び止まった。
降りて、俺たちの方へ歩いてくる。それを見てルロも俺たちの馬車を降り、俺も手を借りて降りた。
彼女と真正面から対峙する。
「あなた……」
じっと見つめる視線の先にいるのはルロだ。もしかして、バレたか。ヒヤヒヤして見ていると、彼女は小さく何か呟いた。ルロが聞き返す前に、今度ははっきりと言う。
「……好き!」
字数が安定しないです。一応三千文字台にはしてます。




