苦しい時の神頼み-3-
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3.
明神学園がいかにマンモス校だからと言って、何かしら特別な事をする訳ではない。当然、一般的な高校と同じで朝は担任教師への挨拶から始まる。
「ニ サ ヤンドラ」
教壇に立った二年五組の担任、嶺影は笑顔で挨拶をした。
――――あぁ、今日はフィジー語なのね。
クラスの心を一つにするのは思いのほか単純で簡単だった。
「……にさ、やんどら」
嶺影の珍妙な挨拶にも慣れたもので、悠斗達二年五組の面々は口ぐちに挨拶を返す。初めに言っておきたいのだが、この挨拶は別段明神学園のルールなどではないと言うこと。さらに嶺影は日本で生まれ日本で育った生粋の日本人だ。使用言語が決しフィジーだったわけではない。毎朝異国の言葉で挨拶をするのは、あくまで嶺影独自の挨拶方式である。
「うん、おはよう」
満足気に頷き、日本語で仕切り直すのがお約束だ。
なら、最初から日本語で――。など言おうものなら「堅い堅い~。時代は国際社会だよ?」と、適当にあしらわれるのがオチだった。
「それじゃぁ今日も張りきって行こうか。まずは――」
嶺影の言う定時連絡に耳を傾けつつ悠斗は、頬杖をついて窓の外を見やった。特に変わり映えのない景色。それもそのハズ、目の前に文館A棟というコンクリートの壁が佇んでいるのだから。
「ん?」
そんなコンクリートの壁を呆然と見ていた時だった。不意にスマートフォンが振動するのを感じ取り悠斗は、ポケットをまさぐり机の下で確認。
そこには、メールボックスに一通の未読メッセージがあった。そのメールの差出人は、
「…………クマ?」
悠斗の斜め後ろに陣取るクマからだった。内容は『久しぶりにゲーセンどうだ?』という珍しくもないメールだった。
「悪いが無理だな……」
断りのメールを作成し始める。恐らく悠斗にとってクマの誘いを断るというのは初めての事だ。良くも悪くも自分の都合というのが今までなかった男である。さらに言うなら、気分が乗る乗らないといった人として当たり前のコンディションすらないのだ。あったのかもしれないが悠斗は、それに気が付かない。非常に付き合いのいい男だった。しかし、戦花の頼み事を無碍にするわけにもいかないし、今日に限ってはまなみの頼みもある。
そして、ふとメールを打つ手を止めた。
「…………危ない危ない」
メールの文面に無意識のうちに戦花の事まで書いていた。初めて断るということもあって勝手が分からないのか、断る理由を延々と綴っていた悠斗は苦笑いを浮かべる。
そして、長々書いていたメールを消して単刀直入に打ち直した。
『今日は愛嬌さんの手伝いがあるから無理だ。それから僕の放課後はしばらく空かない』
――返信。
数秒後にはクマからの返事が返ってきた。実に簡素でしかしどこか熱っぽい内容だった。
『……そうか、しょうがないな。それじゃぁまた今度。しっかし副会長もようやくって感じだな! しっかりやれよ! ヘタやらかすなよなぁ』
正直なところさっぱり意味がわらかない悠斗であるが、内容的に放課後の手伝いを言っているのだろうと推察する。
「言われるまでもないぜ……」
「お~い、神喰。お前聞いてるか?」
携帯の画面を見下ろしていた悠斗に気が付いて、嶺影が声をかける。
「いえ、聞いてませんでした」
携帯から顔を上げて笑顔で答えた。
「おぉ、そうか。素直でよろしい」
「ありがとうございます」
「う~ん、褒めてないぞぉ。まぁいいや、素直に白状した神喰にプレゼントだ」
そう言って嶺影が教壇の下から取り出したのは、紙の束だった。
「とぅるるるっとぅる~。しょーてすとー」
――――うわぁ、うっぜ。
「おいおい、反応が鈍いなぁ。これはお前等皆へのプレゼントだぞ? 悲しい悲鳴が聞こえないじゃないか」
笑顔で話す嶺影とは対照的に静かに着席している悠斗のクラスメイト達は、乾いた目を担任に向ける。
「なぁ、お前等って小テストを嬉しく思っちゃうような……マゾか?」
「……嫌だなぁ、違いますよ先生」
悠斗が口を開いた瞬間、教室がざわめいた。そして、クマは視線を落とし素早くスマフォの画面をタップする。
「おぉ、神喰何が違うんだ?」
「僕等は小テストを喜んで受けちゃうような変態ではないですよ」
「だよなぁ! いつの時代だってテストは嫌だもんなぁ?」
「もちろんです。ただ単に先生のキャラがウザくてそれどころじゃなかったってだけ。だいたい、小テストと言うよりこれって抜き打ちテストですからね。そんなの、今さら流行らないですよ? 前から思ってましたけど先生の周りだけ時間の流れ遅くないですか?」
直後、悠斗のスマフォが静かに震えた。どうやら、クマの『お前は喋るな!』メールは電波の頑張りも虚しく徒労に終わったようだ。
しかし、悠斗自身は空気を読んでの発言のつもりだった。嶺影が不思議に思っていた疑問に答えを提示したというだけの事。それは間違っていないのだろうが、前提が間違っている。
悠斗には空気が読めないのだ。
だからこそ、空気読め! というクラスメイトの心の叫びは悠斗にとって無理難題。というより無茶な要求だった。
「そうか……それは知らなかったよ」
「そうなんですか? 以外です、ワザとやってるのかと思ってましたよ」
「どうしてだろうな神喰」
「はい?」
「お前を見てると意地悪したくなる……お前ら神喰とクラスメイトになってしまった自分達の不運を恨め」
教師とは思えない不気味な笑顔を作り出し嶺影は、悠斗を睨みクラスメイトを見渡した。
「…………はい?」
「これから毎日小テストをやろうじゃないか」
「何で!?」
「それは、お前の心に聞くんだな」
「心と言われましても……」
「つべこべ言うな。早速だが第一弾、赤点は後日補習。神喰悠斗は赤点じゃなくても補習」
「差別だ!」
「当然だ」
そう言って、二年五組担任。笑顔の嶺影女史は、小テストのプリントを配り始めた。