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触らぬ神に祟りなし-4-

誤字脱字、ご指摘よろしくお願いします!

翌朝。

 悠斗は、いつもより早くに家を出た。理由は単純で、約束通り戦花への貢物を渡しに行く為だ。

「ふわぁ……」

 いつもより早い目覚めのせいで未だに眠気が残る悠斗は、寝惚け眼を擦りながら軽快に自転車を漕いでいた。温暖化の影響なのだろうか、五月だというのに少し暖かく感じる。朝の生ぬるい風では、悠斗の眠気を払拭するにはインパクトが足りないようで、寧ろ絶妙な気温で逆に眠気を誘発する。

 自転車の籠の中で揺れる鞄の中には、二着のジャージと近くのコンビニで購入した二つの菓子パンとパックミルク。それから、草むしりに必要であろうその他諸々を含む、いつもの教科書など入っていた。

 暫く走ると伏之神社がある雑木林が悠斗の前に姿を見せた。

「うっ……。そうか、またあの階段登らなくちゃいけないのか」

 鬱蒼と茂っている雑木林を見て思い出すと、さっきまで軽かったペダルが途端に重くなる。しかし、悠斗の頭にすっぽかすという考えは無かった。義理堅いというか、年頃の女の子の裸を見たという一応の罪の意識があるのかもしれない。

 ズタボロの鳥居が姿を見せ自転車のブレーキをかける。年季の入ったママチャリから甲高いブレーキ音が響いた。

「さて……神様は元気にしてるかな」

 自転車のスタンドを上げ、屈伸運動をしながら上を見る。そして、鞄を引っ掴み石段を登ろうと大きく足を踏み出した。

 昨日もそうだったのだが、やはりここには動物の気配が一切感じられない。虫の声すらも聞こえないと言うのはやはり奇妙な感じだった。しかし悠斗は程なくして一つ、著しい変化に気が付く。

 それは、辺り一帯に漂う空気感だった。昨日までの重く締めつけるかのような空気が霧散。肌寒かった空間が木漏れ日の光だけで十分に温められている。昨日までの空気が嘘のようだ。前日のあれが他者を拒絶し、遠ざけているモノとするのなら、今日のこの感じは、まるで悠斗が訪れるのを歓迎しているかのようである。

 そのせいもあってか悠斗の足取りは非常に軽く、既に半分は登っているのだが息一つ乱れていない。

「これも戦花の神通力がなくなったせいか?」

 憶測を口にしつつ上機嫌で石段を駆けあがる。時にはリズムを刻むかのようなステップを挟む余裕すらあった。そして、所々音が外れた鼻歌を交えながら数十分後。

「よっと!」

 最後の一段は両足でジャンプをして着地。疲労感など皆無だった。

「さて……どこにいるのかな……」

 見渡しても戦花の姿は見えない。元より辺りから伸びている雑草よりも背の低い戦花である。見渡した所で見える道理など無かった。いや、それ以前に外で寝ていると思う事すらどうかしている。

「……お~い戦花ぁ。いるかぁ?」

 拝殿の前に立ち声を張る。しかし、返事は無かった。

「いないのか?」

 裏に回ろうかと考え始めた辺りだった。不意に木が軋む音が聞こえ、拝殿の正面扉がゆっくりと開けられた。

「…………うぅ誰じゃ?」

 所々銀髪が跳ねている、不機嫌そうな戦花が顔を出した。

「おはよう、今起きたのか?」

「ん? 誰じゃお主……」

 寝惚けているのか、ダボダボの体操服の袖で目を擦りながら悠斗を見つめる。どうやらこの神様は、かなりの低血圧のようだ。

「僕だよ」

「ワシの知り合いに『僕』という奴はおらんが?」

 扉の前で胡坐をかいて、頭を揺らして船を漕ぎ始めた。

「その僕の体操服を着て何言ってんだ。脱がすぞ」

「体操服……脱がす……」

 二つのワードに反応を示すと薄らと瞼を開ける。

「飯、持ってきたぞ」

 右手を掲げて挨拶。

「えぇっと……何じゃったか……? 確か……そう、悠斗じゃ。変態悠斗」

「僕の名前に不名誉極まりない二つ名を付けないで欲しいな」

「名は体を表す」

「僕の名に『変態』の二文字は含まれてねぇよ」

「改名すればよい」

「誰が好き好んで変態を頭文字につけるよう改名する奴がいるんだ!」

「じゃから名は体を表すじゃ」

「その言葉にそこまでの強制力はない」

「わがままな奴じゃな、ならばワシが命名してやるわ。変態悠斗。どうじゃ、嬉しいじゃろ?」

「何でだよ」

「どうせ主の事じゃ。あだ名など付けられたことないじゃろ? このワシが付けてやったぞ、有難く思え。変態悠斗」

「どのワシかは知らないけど、それはただの悪口だ!」

「カカッ。して悠斗、腹が減った。はよ飯」

 満足気に頷くと満面の笑みを浮かべて立ち上がり、悠斗の元へ駆け寄る。

「今のやり取りは必要か?」

「無論じゃ」

「…………そうかい」

 悠斗の傍で背伸びをして、肩に掛けている鞄の中を覗きこもうとする小さな神様の姿がどうにも間抜けで拍子抜けをしてしまう。

 そんな神様を見て悠斗は軽く笑うと鞄のジッパーを開けた。

「今日の菓子パンはこれだぜ」

「ムフフ、ご苦労」

 悠斗からコンビニ袋を受け取るとさっそく中を見る。

「おぉ! これ知っとる! ワシ知っとるぞ」

 途端に感嘆の声を上げてマックスハイテンション。そんな戦花が袋から取り出したのは、

大きなチョコチップメロンパンだった。

「そんなにテンション上がるか? それ」

「チッチッチッチッ。分かってないのぉ」

 舌打ちを繰り返しながら不敵に口元を歪める戦花。

「何が分かってないんだ?」

「めろんぱんは、めろんが入っていないのにめろんぱんを名乗れるんじゃ! 凄いと思わんか!?」

 それがまるで世紀の大発見であるかのような瞳の輝きだった。

「いや……まぁ、そうだけど。また妙な事を知ってるな」

 最近では原材料にメロンが入っているものがあるが、それはメロンパンの命名には関係していないのは明らかな事実だ。メロン果汁入りメロンパンは、メロン果汁無しメロンパンが出来てから加えられたもの。後付けみたいなものだ。

 だが、それがどうした。と言ってしまえばそれまでの様な気がする悠斗は苦笑いを浮かべる。

「何じゃその顔は? この、世にも珍しいぱんに感動せんのか?」

「いや……どうだろうね」

「分からんかのぉ……あんぱんはあんが入っておるぱんじゃからあんぱんじゃろ? めろんぱんは、めろんが入っとらんのにめろんぱんじゃもん」

「「もん」って……」

「カッ! つまらん奴じゃな……ん? これは何じゃ」

 コンビニ袋が未だに重い事に気が付き、袋ごと持ちあげ悠斗に尋ねる。

「あぁ、パンだけじゃ喉乾くだろうからパック牛乳も買ったんだ」

「おぉ、気が利くではないか」

「まぁ僕がいつも買ってるメニューだしね。それじゃぁ、僕は学校に行ってくるから」

 右手にメロンパン左手にパック牛乳が入っている袋を持って、拝殿へ続く階段を登る戦花の後ろ姿に声を飛ばす。

「うむ、行ってこい」

 振り向きもせずにメロンパンを振った。

「それじゃぁまた夕方に来るよ……っとその前に戦花」

 とある懸案事項を思い出し戦花の名前を呼ぶ。

「何じゃ?」

 振り返った戦花に悠斗は笑顔で言った。

「服脱いでよ」

「殺すぞ貴様」

 間髪いれずに青筋を浮かべて悠斗を睨みつける。

「え……? あぁ、違う違う。そうじゃなくて僕は、ジャージを脱いでって言ったんだよ」

「何も変わっとらんわアホ! 何故ワシが朝っぱらから素っ裸にならねばいかんのじゃ!?」

「あっはっはっはっ」

「何がおかしい!」

「いやいや、誰も戦花のすっぽんぽんには興味ないよ。少なくとも僕は一度見てるしね」

「な、何の自慢じゃこのスットコドッコイ!」

「だから、戦花の幼稚体型には特に性的興奮を覚――げはぁ!」

 賽銭箱を踏み台にして戦花は、悠斗の鳩尾にドロップキックを放った。

「カッ――カッカッ! ワシの最も触れてはならん所に触れよったな主よ……覚悟は出来とるな?」

 三日月形に唇を歪め、関節を鳴らしながら悠斗へ近づく。

「ちょ、ちょい待った! 落ち着いて話し合おう」

 戦花のあまりの剣幕に気圧される。

「落ち着いておる。ワシは十分落ち着いておるぞ主よ。さぁ語り合おうではないか」

「拳で? ねぇ戦花さん、それは拳で語り合おうってノリですか!?」

「無論じゃ!」

「嫌だなぁ、僕は肉体言語を習ってないんだよ。無理無理。それに、そんな事しなくてもいいと思う」

「ほう……? 何故じゃ」

「僕が言ったのはあくまで僕個人の価値観だよ。何も戦花の幼稚体型が悪いなんて言ってない。だいたい戦花は知らないのか? 貧乳はステ――」

 直後、悠斗の断末魔が伏之神社に響き渡った。


「何じゃ、代えがあるのなら早く言えばよかろう。どんくさい奴じゃな」

「…………はい。ごめんなさい」

 ボロ雑巾のようになり果てた悠斗は、謝罪の言葉を口にする。

「で、これに着替えればよいんじゃの?」

 悠斗が昨日のうちに用意して鞄に入れてあったジャージを引っ掴む。

「うん」

「今から着替えてくるが覗いたら……分かっておるな?」

「分かっておりますとも」

「なら良い」

 と、言いつつ懐疑の視線を悠斗へ投げ掛けながら戦花は、拝殿の中へと消えて行った。

「はぁ……早くに来といて良かったぜ」

 戦花の視線の意味など当たり前のように気付く事はない悠斗は、仰向けに転がり空を仰ぐ。と、言っても好き放題伸びた枝葉に遮られ僅かにしか青空は確認できず、気分が晴れやかになるかと言えばそうでもなかった。

 一見するとホラー映画などの舞台にもなりそうなおどろおどろしさもある。よくぞまぁ、こんな所に来ようと思ったものだと自分の事ながら悠斗は感心する。

「悪いのぉ悠斗、待たせたな。ほれ体操服じゃ」

 起き上がると見慣れたジャージに袖を通す戦花が、綺麗に畳まれた体操服を持って立っていた。

「あぁ、わざわざどうも」

 体操服を受け取ると、鞄の隅で丸まっていた袋を引っ張り出しその中に放りこんだ。

「ところで悠斗」

「なに?」

「今日は何時頃に帰ってくるの?」

 悠斗の袖を掴んで上目使いで小首を傾げる。

「たぶん昨日と同じくらい。夕方の五時には来れると思うぞ」

「…………お主ほどつまらん人間はおらんじゃろうな」

 あっさりと悠斗の袖を離すとつまらなさそうな視線を向けた。

「いきなり何だよ」

「何でもないわ。どうせそれが分かるお主じゃないじゃろ。ほれ、遅刻するぞ」

 コバエでも追い払うかのような仕草をする戦花。

「そうか……? それじゃぁ行ってくる」

 言われてみれば確かにいい時間になっていた。鞄を肩にかけ直すと悠斗は、階段を駆け下りて行った。

「……カカッ……全く。妙な人間じゃな」

 その背中を見つめ戦花は静かに呟く。

 冗談を言うなんて戦花にとっては初めての事だった。しかもそれが、自分が嫌っている人間に対してだなんてあり得ない事だ。

 ――――そう思っている。

 ちゃんとそう思っている自分がいるのに、さっきの行動は変だった。

 そんな自分自身の行動の矛盾が可笑しくて不思議で自然と笑いが零れる。

「クカカカカカ。――さて飯じゃな」

 快活に笑うと戦花は、朝食についたのだった。

あけましておめでとうございます!

今年も小説更新していきますのでよろしくお願いします。

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