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触らぬ神に祟りなし-1-

1.


『東海地方に上陸した時期外れの大型台風1号は、明日の朝、月曜日には通り過ぎ、午後からは傘は必要ないでしょう。また、交通機関の乱れは――』

「…………ふぅん……これで?」

 テレビから聞こえる台風情報をベッドに寝そべりながら耳を傾けていた神喰悠斗は、誰に言うでもなく小さく呟いた。今の状況では到底その言葉を信じる事は出来なかったのである。というのも、今もなお激しい雨風がその勢いを緩める事無く、外壁を叩きつけているのだからそれも仕方が無いというものだろう。当然、お天気お姉さんも悠斗と同じ風景を見ているハズだった。その上で明日は雨が上がると予想している彼女は、かなりの能天気であるのかアメダスを過信し過ぎているのか、はたまた独自の理論を持ち合わせているのか……。何にせよ悠斗が彼女の予報を信じるなんて事は無かった。

「……まっ。このタイミングで通り過ぎられても癪だし……居座ってくれた方がいいんだけどね」

 なんて事を言いつつ悠斗はベッドから身体を起こし窓越しに外を見る。窓を流れる雨水が窓ガラスに映る悠斗の顔を歪めているだけで、それ以外は何も見えない。暗闇もいいとこで、この部屋の光だけが全世界で唯一のモノにすら感じる。辺り一帯に墨をぶちまけたたかのようだ。

「……………さて、寝るか」

 欠伸を一つ挟みカーテンを閉めると、台風が奏でる眠りにつくには騒がしすぎるBGMを聞きながら、ベッドへと潜り込んだ。



2.


「あのお天気お姉さんは凄いな。そうは思わないか悠斗?」

「全くだよ。あの状況からまさか予報を的中させるとはね。それに上を見てみろよクマ……青空だぜ?」

 昨日の台風から一夜明けた明神学園からの帰り道。当たり障りの無い無難なブレザーに身を包み、悠斗と熊谷健太。通称クマは、数時間前の台風が嘘であるかのような晴れ渡る青空を見上げながら笑い合った。皮肉な事にお天気お姉さんは、天気予報をズバリ言い当てたのだ。

「――あぁ。眩しいくらいの太陽だな」

「流石のお天気お姉さんも太陽が拝めるとは予想しきれなかったようだね」

 登校時にはそれなりに雨が降っていた為、大いに活躍した傘も雨が上がった今となっては、悠斗が押す自転車のフレームに差し込まれていた。僅かに傘の先から雨粒が滴っている。

「当たり前じゃないか。そこまでわかっていたらあのお姉さんは軽くエスパーだぜ?」

「まぁ……それもそうか」

「で、お前はなんでわざわざ遠回りしてまで俺の家の方面に来たんだ?」

 親友。と、呼ぶに相応しい二人は、同じ高校に通うクラスメイトではあるが、こうして帰りが一緒になる事はほとんどなかったりする。というのも、それぞれの自宅が真逆にあり、わざわざ遠回りしてまで一緒に帰る事がないのだ。しかし、この日は悠斗がわざわざクマ宅方面にまで足を延ばしていたのだ。

「おぉ! そうだったそうだった」

 クマの何気ない問いに何かを思い出したかのように、自転車の籠に入れてあった鞄を開けると、おもむろに中を漁り始めた。

「…………あったあった」

 暫くすると忙しなく動かしていた手を止め立ち止まる。並行して歩いていたクマも数歩先んじて振り返り立ち止まった。

「何があったんだい悠斗さん。俺に貢物でもしてくれるのか?」

「むふふふふ。それに近いものがあるぜ」

「へぇ~。お前はいつから俺にそんな甲斐甲斐しいになったんだよ。どうせなら可愛らしい美少女で頼むぜ」

「あっはっはっはっ。お前が僕にそんな態度を取っていられるのは今だけだぜ。僕がこの手をあげればクマは泣いて喜び、感涙に咽び、上機嫌で靴を舐めるに決まっている」

「勝手に俺の未来を決定すな! で、何だってんだよ?」

 億劫そうにクマは悠斗の言葉を促す。興味なさそうな風を装ってはいるものの、鞄に突っ込んだままでいる悠斗の手が気になっているようでチラチラ視線を送っている。

「これを見ろぉぉ!」

 叫ぶと同時に勢いよく右手を振り上げた。

「――そ、それは!?」

 クマが驚きに目を見開き刮目して見つめる悠斗が取り出したモノは、茜色に染まりつつある太陽の光を後ろから浴び後光が差したかのように輝いていた。

「驚いたかクマさんや。さぁ、跪くがよい」

 胸を張る悠斗は自慢げに鼻を鳴らす。

「…………すまん悠斗。逆光で良く見えん。そんなに高々と掲げんでくれ」

太陽の光を手で遮りながら顔をしかめる。

「見えてねぇなら意味ありげなリアクションを取るなよ」

「お前には出来ない空気を読んだリアクションと言え」

「……まぁいいや。ほらこれ」

 すっかり意気消沈した悠斗は、ため息混じりに掲げていた右手を下ろすと掴んでいた紙袋を放り投げた。

「これは……?」

 クマはそれをお手玉にしながら受け取り紙袋を覗き込んだ瞬間。

「ふっ、僕の功績を認めるか?」

「そ、そんなバカな……!?」

 紙袋を覗き込んだまま絶句。震える手で紙袋から取り出したのは、可愛いいとは言い難い女の子のようなキャラクターが描かれたPCゲームのようだった。

「どこで……いや、どうやって手に入れたんだ!?」

 驚愕に目を見開きそのゲームを見つめる。

「簡単な話ではないぜ。おいそれと話聞かせる事は出来ない」

 言ってクマからゲームを取り上げる。

「なんだと! 自慢する為に……見せびらかす為だけにここまで来たのか! 何て野郎だこんちくしょう!」

「どうだ恐れ入ったか」

「うっせバァカ! どんなルートを使った!?」

「企業秘密だ」

「悠斗のクセに生意気だぁぁ!」

 悠斗のしたり顔にむかっ腹を立てたクマは、悠斗を後ろから羽交い絞め。

「ぐっえ! グ……グマァ! し、死ぬ! じぬから!」

 当然の如く防衛本能が働き、自分の首元に巻きついているクマの腕を掴む。支えを失った悠斗の自転車は、喧しい音をたて地面に倒れ込んだ。

「あぁ、死ね!」

「こ、……後悔……するぞぉ…………」

「おぅ? 何がだ」

 自分の腕の中で青くなりつつある親友の顔を見下ろす。

「ま、まじゅは……しょの……、離そう……か?」

 遂にはろれつが回らなくなり始め、力無くクマの腕をタップ。

「…………いいだろう」

 数秒逡巡してその手を離す。

「グヘェ…………おばあちゃんの姿を垣間見たぜ」

「お前のばあちゃん元気じゃん。この間だってシニアの空手道大会で優勝したんだろ?」

「あぁ……そう言えばそうだった」

 喉をさすりながら気の無い返事を返す。

「まぁ、それはいいとして、悠斗君。俺が何を後悔するって?」

「あぁ……悲しいかな。どうやら、首を絞められた事によって僕の脳細胞の大多数が死んでしまったようだ」

「今から俺は音痴なガキ大将にでもなろうか?」

「うむ、熊谷健太。君が何を後悔するかというとだな、実は君が僕を絞め上げるに至った僕が手に入れた伝説級レジェンドクラスのゲーム。通称ドット絵の奇跡。正式名称『さやか』」

 倒れ込んでいた自転車を起こしながら饒舌に語り始めた。

「多キャラを攻略する事が今や常識となったアドベンチャー、ないしビジュアルノベルゲームが跋扈する中、このドット絵の奇跡は攻略キャラがただ一人『さやか』だけ。無論、そういったモノが無かったわけではない。『さやか』が伝説レジェンドとなった理由は別にある。それは、市場に出回った数が異常なまでに少なく、それでいてクチコミ等のネット評価は高い。おかげで購入者は手放す事が無く、ワゴンに並ぶ事も中古に売られる事も当然無い。ならば復刻版があるかと思われるがそれもない。そして時間だけは過ぎて行き、あれよあれよとプレミアものに。そう言った経緯を通過した事により『さやか』は、神ゲー認定された。しかし、それだけが『さやか』を伝説に押し上げたわけではない。そんなゲームは探せばいくらでもある。『さやか』が伝説となったのは別に理由があるんだ。言わずもながや、通り名で予想は付いているだろうが、そう。『さやか』はキャラクター、風景、テロップ、全てがドット絵で構成されている事に他ならない。グラフィックが重要視されている昨今でこの挑戦は、最早革命と言える」

 と。ここまでを一息に言ってのけ悠斗は、ようやく言葉を区切ったのだった。

「それがどうした。お前は俺をバカにしているのか? 何を言い出すのかと思ったら『さやか』について……。ハッ! 愚か者めが、俺は貴様の万倍『さやか』を知っているぞ――」

 そして、熊谷健太は口火を切った。その『さやか』への愛は、悠斗の思いを遥かに凌駕していた。想いを言葉に乗せ。想いを言葉に変えて。

語る語る。

兎に角語る。

ひたすら語る。

息継ぎすらも『さやか』への想いに溢れ、身振り手振りを織り交ぜて形振り構わず想いを形にしていく。時には、足すらも表現に使い『さやか』がどれ程素晴らしいか、どれだけ愛されているか、どれだけ貴重なのかを身体全体を使って伝える。そこに相槌を入れ込む隙などなかった。それ程の密度で話し続ける。

 その熱意はついには形となり、クマの背後にドットが構築させていく。それら集合体が造り出していくのは、あきらかな少女。間違うことなきドット絵。

 奇跡の少女『さやか』がクマの背後に現れた。

 ――――ような気がした。

「――以上が『さやか』の全てだ。貴様如きが語るのは数万年早い! 恥を知れ」

 熱弁を奮っていたクマは、そう言って悠斗の顔面を指さす。そして背後の『さやか』もそれに倣った。

 ――――気がした。

「……素晴らしい。流石クマさん、僕なんか足元にも及ばない」

 言って悠斗は拍手を送る。クマの熱意に賛辞を贈る。

「で、にわかな悠斗君は俺にご高説を唱えた上でどうしてくれるんだ? 今の時点でお前が息をしている事が許せない。お前の首から腕を離して酷く後悔している。今から締め直しても遅くは無いかな?」

「目がマジで怖いっスよ、熊谷さん」

「語尾にカッコ笑い的なニュアンスで俺の怒りは怒髪天」

「……そうか、では単刀直入に言おう」

 目が据わり始めたクマに冗談が一切通じないと悟ったのか、悠斗は真面目な顔を作った。

「あぁ?」

「お前にこれを貸してやる」

「………………………………………………何?」

「だから、お前にドット絵の奇跡を貸してやるって言ってんだ」

「……………………………………………………?」

 悠斗の言葉が理解できないのか、無言で首を傾げる。

「…………いらないのか?」

「いる! いるいるいるいるいるいるマジでいる! いらない奴なんていないから!! バカじゃね!? えっ、てかマジすッか!? えっ、何! 何なの!? お前は神かっ!?」

 差し出された『さやか』を半ばひったくるかの素早さで手中に収めたクマは、信じられないと言った表情で悠斗とゲームを交互に見る。

「マジですぜクマさん」

「心の友よ!」

 にべもなく頷いた悠斗を力の限り抱きしめ、感動の男泣き。

「持つべきものは悠斗だなぁ。お前が良い奴だって初めて知ったぜぇ。お前が今ここで死んだらこれをお前の形見として永遠に保管しておこうかと思う!」

 鼻をすすりながら悠斗から離れ、『さやか』のパッケージを愛おしく撫でる。ゲーム一つでここまで一喜一憂する事が出来るクマは心の底から清々しい――バカだった。

 しかし、ここで、あくまで貸しなわけだから、別段『さやか』がクマの所有物になったわけではない。堂々と借りパク宣言されてもな……。

 と、言ってしまえばその通りなのだが、そんな邪推な事を言うような奴ではない悠斗は、

「それじゃぁ、僕は帰る事にするよ」

 感涙に涙するクマを見て満足げに頷くと自転車に跨った。

「え? あ、そうか。それじゃぁ、また明日な」

「おう、またな」

「あ、悠斗一ついいか?」

 自転車のペダルを強く踏み込もうと足に力を込めた直後、クマが悠斗の背中に声をかける。

「ん?」

「お前、最近副会長とどうだ? ちゃんと上手くやってるのか?」

「……何でいきなり副会長が出てくる? 何の脈略があったよ今の流れに」

「俺達の会話に脈略なんてあってないようなものだろ? まぁ、しいて言うならお前の幼馴染だからかな」

「僕の幼馴染だからってどうした?」

「俺だったら、その幼馴染特性使って何か色々やるけどなって話だ」

「あのなぁ、僕はお前と違って現実を見る方なんだよ。幼馴染だからっておいそれと何か色々出来るわけじゃない」

「……ふぅん、まぁどっちでもいいんだけどな。確かに副会長が幼馴染だったら気遅れするのも分かる」

「だから、アホな事言うなっての」

「まぁ、何にしろお前にとって身内以外の割と近しい貴重なX染色体だから大事にしとけ」

「Ⅹ染色体とか言うなや」

「でも、貴重な女の子ってのは事実だろ?」

「まぁ……それは、確かにそうだけど。でも、お前だって知ってるだろ、幼馴染のパーフェクト超人ぶりは。こんな欠陥人間とどうこうなる事はないよ」

「そりゃぁ、副会長がパーフェクト超人でお前が欠陥人間って事くらいは知ってるぜ、知らないわけねぇだろ。でもな悠斗」

「何だよ」

「外見通りの中身でも、心までそれに倣ってるとは限らないんだぜ?」

「……やたら今日は絡んでくるじゃないか熊谷さん。鬱陶しいぞ」

「今日は気分が良いからな。ちょっと意地悪してみたかっただけだ」

「返せ。今すぐ『さやか』を返せ」

 自転車から身を乗り出し、クマが持っている『さやか』に手を伸ばす。

「おっと! それじゃぁ俺は帰るぜ。家に帰るまでが遠足だからな!」

 慌てて右手に持つ『さやか』を背後に回し遠ざけると、左手を掲げる。

「……はいはい、分かってるよ。じゃぁな」

 言って、悠斗は今度こそ力強くペダルを踏み込んだ。

「悠斗ぉぉぉぉぉ! サンキュなぁぁぁぁぁぁ! 寄り道するなよぉ」

 自転車に跨り瞬く間に小さくなる悠斗の背中にクマは、有らん限りの声を張り上げ手を振った。

「高校生にもなって寄り道するなよはねぇだろ」

 薄く笑いながら呟くと、それに応える形で悠斗は背中越しに手を振り返し、曲がり角へ消えて行った。


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