プロローグ
ネット小説大賞応募作品です。初めて書いた小説です。ご指摘、ご感想を頂けましたらよろしくお願いします!
燦々と輝いていた太陽は西の彼方に沈み、街には一面夜の帳が降りていた。街灯などの人工的な明かりが存在しない山の中腹を切り開いた場所に存在する廃神社『伏之神社』は、街中よりもさらに濃い夜に包まれ静けさを保っている。お情け程度に存在する光を放つ月ですら分厚い雲に隠れており、その姿を確認できない。
それに加え、境内には濛々と土煙が立ち込め、神社の全容を覆い隠していた。その中で不意に揺れる影。その影は人の形を成していた。静かに揺れる人影は、幽鬼のように揺らめきながら滑るように前へ進み不意にその足を止めた。影だけでは判別しづらいが何かを見下ろしているようだ。
「……ぐっう」
その時、静寂に包まれている世界に零れた男の呻き声。
そして、また静寂。
「――――、――――――。――――?」
暫くして舞い上がる細かな土煙がぶつかり合う音よりも小さな声が、再び無音の世界に木霊した。
直後、立ちつくしていた人影がゆっくりと屈む。そして、身体を起こすとそれに追随するかのようにもう一つの人影が地面から伸びる。
「――――。お前は最後に何を祈る?」
ハッキリと聞こえたその声は、男の声だった。
「…………」
問いに答えるべき相手は無言を貫き、代わりに遥か上空に展開していた黒く分厚い雲から唐突に雨が降り出し、境内に立ち込めていた土煙を一掃。土煙が攫われたことにより、明らかになった状況は、廃神社である事を差し引いても決して穏やかなものではなかった。
だだっ広い境内にはクレーターが幾つも穿たれ、平らな場所など無いに等しい。まるで隕石が流星の如く降り注いだかのようである。二人が立っている場所が唯一の平地だと言えるだろう。数少ない無傷な地には瓦礫が覆いかぶさっていた。
神社のメインともされる拝殿、その後ろに建てられる本殿は、ただ単に風化されていると片付けるには、あまりにも歪だった。それらを構築している木材が腐り、部分的に中折れしているだけならまだしもである。伏之神社の拝殿から本殿にかけ、そのド真ん中を真上から叩きつぶしたかのような巨大な溝ができていた。その溝が計画的に掘られた物とは到底思えない。その溝が周到に造られた物とは考えられない。それは綺麗に精錬された溝などではなく、力任せに穿った暴力的な痕跡だ。しかし、それが人為的な物による事は間違いないのだろう。
それは、辺り一面に空いている物言わぬクレーターが雄弁に語っている。
「お前がどれだけ化物染みていようと、どれだけ人間離れしていようと、人である事に変わりはない。だからもう一度聞いてやる」
そんな、異常に包まれている中で愛嬌まなみは伏せていた顔を上げ、男を睨む。声は男のものであるが、それ以外は麗しい女のものだ。
「神喰悠斗、お前に神へ祈る時間を――」
自分よりも体格の大きい男を片腕で掴み上げたまま、表情を変えずに問うた。
「――お前は最期に何を祈る?」
黒いスウェット生地のフレアパンツは、膝上数十センチから縦に引き裂かれキメ細やかな肌は大胆に露出されており、滴る雨水は滑らかに滑り落ちる。そして、大の男を易々と持ちあげるまなみの細腕に巻きついているのは、布切れのようだ。それは、辛うじて残った洋服の残骸。まるで無理矢理服を引き剝がしたかのような有様でほとんど裸に近い見るも無残な格好ではあるが、目立った外傷はなく、降りしきる雨を浴び寧ろおぼろげに幻想的な雰囲気を醸し出している。
あえて、ミスマッチな部分を上げるとすれば――表情である。
ミスマッチどころか異常。
全てに絶望し全てを諦めた風に寂しげに歪む口元。
何かに恐怖し何かから逃げているかのように所々で震える声色。
怒り狂った憤怒の炎を宿す、どす黒く淀んだ双眸。
それら全てを内に秘め、それら全てを意志の力で抑え込む。
喜怒哀楽の喜楽が完璧に死んでいるアンバランスな表情。
美少女と呼ぶ事に何の違和感もない程に綺麗な造形をしているのだが、正直、気持ちが悪い。
「愛嬌さん……」
問われた悠斗は薄く瞼を開け小さく呟く。彼は彼女に比べてもその有様は酷い。頬はザックリと縦に裂け、手足の至る所から出血しているのが見てとれる。特に悠斗の右足。正常な間接であれば決して曲がる事がないであろう方向に曲がり、膝から下が力なく歪んでいた。さらにその膝は何かに打ち抜かれたかのような穴が開いており、絶えず血が溢れ出ている。最早悠斗が身に纏う服にクリーンな部分など無く、血に染まっているか土埃に塗れているかのどちらかだった。それも、今となっては雨水に晒され見るも無残な姿だ。
しかし、そんな状態であるにも関わらず悠斗は楽しげに微笑む。吊り上げた唇の端からは、鮮血が滴り落ちた。
「…………僕はね」
語り聞かせるかのように優しく穏やかに、そして残酷で無慈悲な言葉を吐いた。