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31 呆気ない命

「ぐッ……魔王が……ッ!」


 壁に激突したアゼルは唇から血を垂らしながら、憎らしげに私のパパを睨んでいた。

 一方のパパはそんなアゼルなど眼中になく、足元に倒れたイブリスへと視線を移していた。


「無事か、イブリス」


「はっ……申し訳ありません、魔王様。ご息女様の護衛もまともに出来ず……」


「気にするな。今回は敵が小賢しかっただけのこと。あとは私がケリをつけるゆえ、お前はそのまま休んでいよ」


 そう言って負傷したイブリスを気遣いながらパパは改めてアゼルを見る。

 その目には確かな怒りが満ちており、それに睨まれた瞬間、アゼルは恐怖に身をすくませる。


「ふ、ふふっ、部下を傷つけられてご立腹か? それとも娘を利用されて怒っているのか? 魔王様」


「両方だ」


 ハッキリと宣言し、パパの足が一歩進むと同時に、震え上がったアゼルは咄嗟に私の方へと視線を向ける。


「くッ!」


 アゼルが私に手を伸ばすと同時に、私の体はアゼルの真横に移動し、そのまま私を捕らえられ、盾のようにパパの方へと差し出された。


「どうだ! 魔王! こいつがいればお前は手も足も出せまい! さあ、動くなよ。動けば貴様の大事な娘を――」


 その瞬間「ゴトッ――」と奇妙な音が私の背後から聞こえた。

 何の音かと振り向くと、そこにはつい先程まで私を拘束していたアゼルの左腕が落ちていた。


「あ――?」


 アゼルは呆然と目の前に落ちた自らの腕を見つめながら、やがてそれに一拍遅れるように絶叫する。


「あ、あがああああああああああああぁッ!? う、腕!! 僕の、腕がああああああああああぁッ!!!」


 その場にのたうち回りながら絶叫を上げるアゼル。

 同時に私を拘束していた魔力が解かれて、気づくと私の体はパパの隣に移動していた。


「クズが。誰の許しを得て、我が娘に気安く触っている。次にその汚らわしい手で娘に触れれば貴様の首を落とすぞ」


「ぐ、ああああ……! 魔王、がぁ……ッ!!」


 這いつくばりながらも殺意に満ちた目をパパに向けるアゼル。

 しかし、そんなアゼルに関心を向けることなく、パパは私の方へ優しく手を差し伸べる。


「大丈夫だったか? 七海。怖い想いをさせて、すまなかったな」


「お、怒ってないの……パパ……?」


「ん? 何がだい?」


「だって、その……私がパパを倒せるかもしれない聖剣を……こいつと一緒に解いてしまった、から……」


 騙されていたとは言え、その事実は変えられない。

 私はパパを倒そうとまで考えており、その後ろめたさから目を背けるものの、パパは何でもないとばかりに宣言した。


「そんなことか! 気にするな! 娘の反抗期なんかあって当然だ! ましてやパパは魔王だからね! そういうことをされても仕方ないさ!」


 いつもと変わらない笑みを浮かべ、両手を広げるパパに対し、私はなぜか嬉しさがこみ上げてきた。

 例え、魔王だとしてもパパはパパなのだと。

 そう思い、パパの手を掴もうとした瞬間――


「あら~、いけませんわね~、アゼルさん~。人質の使い方を分かっていませんわよ~」


 その場に響いたあまりに間延びした声。

 同時に、私は胸を金属バットで殴られたような鈍い痛みを感じた。


「――え」


 ゴポリ、と唇から血が溢れる。

 目の前では先程まで笑顔を浮かべていたパパの顔が豹変していた。


 一体、何が?


 そう思い、私は自分の胸を見た。


 そこにあったのは空洞。

 私の心臓があった位置にポッカリと空いた大きな穴であった。


「この人質の価値は~生かすよりも、殺すことの方に意味があるんですよ~」


 後ろを振り向くと、そこには人差し指をこちらに差し出したまま、にこやかな笑みを浮かべる天使ラブリアの姿があった。

 そんな彼女の不気味なまでの笑顔を見ながら、異世界に転生した私の命はあまりにもアッサリと潰された。

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