~第二の錦織圭たちに贈る言葉(11)~ 『トスを上げる直前に0.5秒間は相手サービスコートを見よ』
〜第二の錦織圭たちに贈る言葉(11)〜
『トスを上げる直前に0.5秒間は相手サ−ビスコートを見よ』
1. まえがき;
2017年全米オープンの3回戦で大阪なおみ選手が敗れた。
私の見るところ、敗因は二つであった。
一つは、重要な場面で、自分のリズムに合わない相手からのイージー返球を(焦って?)強打してネットしたこと。
もう一つは、ファーストサーブが入る割合が悪かったことであった。(フォールトした時はサーブトスを上げる前に相手コートを見ない場合が多かった。)
前者については、贈る言葉(5)で相手からの返球が自分のリズムに合っているかどうか感じ取らなければならない、と述べた。
リズムに合わないボールを強打するとネットするかアウトすることになる。
後者については、贈る言葉(6)で『サービスルーティーンの要は距離目測すること』と述べた。
『距離目測』と述べているが、もう少し意味を正確に述べるべきであった。
この言葉から、『距離を頭で考える』と思った読者もいたようである。
私の意図は、目から入る決まった映像を頭脳に送り、サーブするために使う筋肉へ送る電気信号の出発点が頭脳の同じ場所になるようにすることである。私の経験によれば、そのことによってサービスが安定するからである。サービスルーティーンの意味がここにある。すなわち、相手コートを見るだけで良いのである。『距離目視』である。
この項であらためて、トスを上げる前に相手コートを見ることの重要性について、頭脳から筋肉への命令信号の観点から考える。
2. 贈る言葉;
目から入った映像信号は頭脳にある海馬と呼ばれる部分を通過して大脳皮質の後頭葉にある視覚野に記 憶される。(大脳皮質はコンピューターシステムにおける記録装置に相当)
一方、筋肉を動かす運動を司るのは小脳と呼ばれる大脳皮質とは異なる部分である。
サービス練習を繰り返すことによって、視覚野と小脳の連携電気信号回路構築することになる。この電 気回路をコントロールするのが海馬である。
すなわち、サービスルーティーンで相手コートを見た映像信号が海馬に入るとサービス練習で造り上げ た視覚野と小脳の連携電気信号回路に電気が流れ、小脳からサービスを行うのに必要な筋肉への所定の 強さの電気信号が流されるのである。
神経細胞が構築している種々の電気回路網からサービスのための連携電気信号回路を正確に選択させる 役目をするには、練習で記憶された視覚野にある相手コートの映像とサービスルーティーン時に取り込 んだ映像が合致するように海馬が働き、小脳と脳幹に電気信号を伝えるのである。(「脳とニューロン」という文献では、『脳が行う活動のほとんどが意識しないところで潜在的に行われている。』と述べられている。俗に『体が覚えている』神経回路網を使うことになる。)
思考する必要はなく、目からの最小の映像信号を海馬に送り込むだけでよいのである。
あとは、神経回路網が自動的に練習と同じ状況を造ってくれ、サービスが入ることになるのである。
では、相手コートを見ない場合の頭脳の働きはどのようになるのだろうか。
海馬は大脳皮質にあるサーブ練習時の記憶回路(大脳の皮質の複数個所が関連付けられている)と脳幹と小脳を結びつけて筋肉に命令電気信号を送る。大脳皮質の記憶回路はやや不安定な要素があり(ニューロンのネットワーク機能の性質による)、この為に大脳皮質の視覚野と小脳だけで命令信号を送 る場合に比べて命令信号が不安定になり、サーブに使う筋肉の安定性が阻害され、フォールトに成り易いのです。
特に、プレッシャーの掛る場面での大脳皮質神経細胞記憶回路の動作は不安定になるので、海馬は視覚 野からの電気信号を命令信号のトリガ(引き金)とする方が安定したサービス筋力動作を作り出せます。
相手コートを見た場合と見なかった場合のそれぞれの100本サーブ練習を比較してみてください。きっと、コートを見た場合の方がサーブ成功率は良いはずです。
トッププロであるロジャー・フェデラー選手はトスを上げる前に0.3秒くらい、チラリと相手コートを必ず見ています。
3.あとがき;
大坂なおみ選手は2017年全米オープンの1回戦で2016年度優勝者のアンゲリク・ケルバー選手を破った時のコメントで『80%の力でサービスを打って入れることも重要である。』と云うような意味のことを述べていた。(朝日新聞スポーツ面記事による)
しかし、私の経験ではサービスを強打して相手にプレッシャーを与える方が試合に勝つ確率は上がる。高速サーブを打てる実力がある大坂選手の特徴を生かすべきである。
また、ファーストサーブはフラットかスライスで打つことが多いので、フォールトする確率は80%の力で打っても、100%の力で打っても変わらない。
80%の力で打つくらいなら、トップスピンサーブを強く打つ方がサービスコートに入る確率は上がる。
試合の目的は勝利することであり、サービスを入れることは手段である。
ファーストサーブを高速のトップスピンサーブにするために手首を使った錦織選手は手首を故障してしまった。テニスの鉄則『手首は使うな』を忘れてはいけない。
(『手首は使うな』とは『掌の面に垂直方向に手首を曲げるな』ということである。トップスピンサーブでは掌の面に平行に手首を動かしてボールを擦り上げて強いスピンをかける人もいる。テニスでショットを打つ時は、手首と肘の関節は固定し、肩関節を支点とするのが鉄則である。野球のピッチャーの様に手首や肘のスナップを使ってはいけないのである。ラケットに掛る打球の反力のモーメント作用のため、支点である肩関節には数十倍の力が掛る。手首や肘では耐えられない力であり、手首の故障の原因となる。)
試合に勝利するためにサービスを入れることは重要であるが、緩いサーブではレシーブする相手に主導権を与えることになり、相手がポイントを取る確率が高まりサービスブレークされることになる。事実、3回戦の相手であったK・カネピ選手は大坂選手のサーブに全くプレッシャーを感じていない様子であった。
サーブは最大の攻撃武器である。強力サーブを活用しなければならない。
『考え方が変われば結果が変わる。』(贈る言葉(7)参照)である。
考え方はよくよく吟味する必要がある。
『諸君の健闘を祈る』
目賀見勝利より第二の錦織圭たちへ
2017年9月7日
参考文献;
ニュートン別冊 脳と心 ニュートンプレス社 2010年11月発行
ニュートン別冊 脳とニューロン ニュートンプレス社 2016年9月発行
頭脳のメカニズム エドワード・デボノ著 箱崎・青井訳 講談社 昭和47年2月発行