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誰のせいでもなく

作者: 抽冬一人


「わたし見たんです」


 それは今から13年程前のことらしい。青紫の夕暮れ時の、影が主を飲みこむほどに伸びていた刻限のこと。ある女が交番に駆け込むなり、警察官に滔々と語り始めた。


「わたし見たんです。通りで人が落ちるのを。サラリーマン風の男性でした。髪はまだあったかな。たぶん。茶黒い手提げの鞄を左手に持って、わたしのまえ歩いてたんです。わたし、イヤホンで音楽聞きながらその人の背中を見ながら歩いてて、別に変な意味じゃないですよ、歩いてただけで。そしたら、急に、男性が落ちたんです。普通の歩道でですよ。わたし、えっ!ってなって、そばまで行ったんだけど穴なんて何も残ってなくて。こんなショートショートみたいなことあるのかよ、って。あ、わたし小説とか結構好きなんで。でもわたし見たんです。あの人は落ちて消えちゃったんです」


 当然ながら、警察官はこの手の妄言には取り合わず、女を説得するなり交番から追い出した。その後、とくに不審な捜索願もなかったので、この一件は交番では簡単に忘れられた。けれども追い出された女の方は、交番で話した内容をSNSにアップした。投稿は瞬く間に拡散され、その後同じように落下した人を見たという人が続出した。


 以来、13年を経た現在も、この街では一日に一人は穴へ落ちると言われている。どうして人は落ちるのか。その原因を突き止めようと各種メディアが騒ぎ、学者やら警察やらが街中を動き回っていたのも十年程前までのことで、今ではこの件をほとんどの人々が冷静に受け止めている。誰のせいでもない。雷に打たれるようなものだ。その時はその時。運が悪かったのだ、と。


 私がこの街に住むようになって3年。風のうわさに落下のことを聞くこともあるが、なんとも住みやすい街である。商店街の各店舗は上々であるようだし、銭湯やきれいな公園も残っている。特に私は夕暮れ時の銭湯を好んでいる。

 ある夕暮れの刻限のこと。下駄を履いた私は、お気に入りの銭湯へとカランカランと歩いていた。左手に提げた小袋には下着とタオルが数枚、小銭入れが入っているくらいなものである。

 そして狭い路地の先に、かの銭湯のネオンマークが見えたとき、私は穴に落ちた。ある人は言った。運が悪かったのだと。不条理とはそういうものだと。けれども今になって、私はそれでは納得できない。


 私は誰かに背中を押されるのを、確かに感触したのである。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白かったです。女子高生が警察官に、自分が見たことを説明する場面、女子高生の感情が伝わるし、警察官がどんな態度で聞いているのかも想像できました。非常に読みやすいです。 テーマもいいですね。…
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