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さよならを告げる


(ロブの馬鹿…!)


 エレンは悔しくて涙を溢した。

 なぜ涙が止まらないのか、こんなにも胸が苦しいのか、エレンはとっくの昔にその理由を知っていた。だけど、わからないふりをしていた。

 なぜなら、その気持ちを認めることは、とても辛いことだったから。


 ロバートの女性関係の噂を聞くたびに、苛立った。それと同時に、とても悲しかった。

 エレンの知っているロバートは、ちょっと意地悪で、でもエレンを甘やかしてくれる、そんな人。

 そんなロバートがエレンは昔から、好きだったのだ。

 だからこそ、華やかなロバートの女性関係の噂が嫌だった。その噂の相手にすら選ばれない自分が情けなかった。

 ロバートにとってエレンは妹同然の存在。恋の相手にはなりえない。

 それを知っていたから、エレンはこの想いに気付かないふりをしていた。自覚すると同時に失恋なんてしたくなかった。


『ロバートさまはあなたの事を重荷に感じていらっしゃるのよ。いつもいつもエスコート役をロバートさまに押し付けて、迷惑だと仰っていたわ』


 そう、クリスティネーテに言われ、エレンはなにも反論しなかった。

 否、出来なかった。


 エスコート役を押し付けているのは断じてエレンではない。だけど、エレンのことをロバートが重荷に感じていないなど、なぜ言い切ることができるのだろう?

 本来なら、夜会は意中の相手と出たかったはず。それなのに、エレンの父に頼まれてエレンをエスコートしている。これを重荷と言わず、なんと言えばいいのか。


『あなた、幼馴染みだからと言ってロバートさまに甘えすぎだわ。あなたはロバートさまの婚約者ではないのよ。それなのにいつまでたってもロバートさまにべったりして…恥ずかしいとは思わないの?』


 ロバートに甘えているという自覚はあった。

 だけどロバートはいつだってエレンを甘やかしてくれた。だからそれはエレンにとっては当然のことだった。だけど、それは恥ずかしいことだったのだろうか。本当は、ロバートはとてもいやだった?


 エレンにはわからなかった。

 だけど、あの日、ロバートに避けられているのではないかと疑ったあの日、ロバートはいつも通りにエレンに接してくれた。また、マッシュに会いにきてくれると、そう言っていた。

 もしエレンのことが嫌だったら、マッシュに会いにいくなんてエレンに言うだろうか。ロバートはエレンの家では家族同然として扱われている。わざわざエレンにそんなことを言わなくてもマッシュにはいつでも会えるのだ。だけど、それを敢えてエレンに言ってくれたということは、エレンを嫌っていないということなのではないだろうか。


 あの出来事がエレンに希望を持たせた。

 今度ロバ―トに会ったらエレンのことをどう思っているのか聞いてみよう、と思った。

 ───それなのに。


 クリスティネーテと親密そうにぴったりと寄り添うロバートの姿に、エレンは憤りと悲しさと悔しさで、胸がぐちゃぐちゃになるのを感じた。

 そして気付いたらロバートたちから背を背けて逃げていた。


 息が上がり、ふと我に返ると、きちんと掴んでいたはずのリードがなく、マッシュの姿も見当たらない。

 慌てて辺りを見回しても愛くるしい愛犬の姿はどこにもなく、エレンは余計に泣けてきた。


(…なにをやっているのかしら、わたし…)


 ロバートから逃げて、マッシュを置き去りにして。

 馬鹿みたいだと、心から思う。

 そう思うのに、胸はすごく苦しくて、痛くて。この苦しみから逃れたかった。


 服が汚れるのも構わずエレンはその場に座り込み、自身の膝に顔を埋めた。

 そうして泣いていれば少しだけでも楽になれるような気がした。


 どれくらい、そうしていただろうか。

 じゃり…と砂を踏む音が聞こえ、エレンはのろのろと顔をあげた。

 そこには愛犬のマッシュの姿と、今一番会いたくない相手──ロバートの姿があった。


「エレン…君はまた、こんなところに座って…」


 呆れた口調で話し掛けるロバートはいつもと変わりなく、そのことが、余計にエレンは悔しかった。

 あんな場面をエレンに見せておいて、なにひとつ動揺した様子を見せないロバートが憎かった。そして馬鹿みたいに動揺してしまった自分が情けなかった。


「服が汚れる…さあ、エレン。俺の手に掴まって…」

「…結構よ」

「エレン?」

「わたしに触らないで!」


 エレンは触れようとしたロバートの手を振り払った。

 ロバートはそんなエレンの行動に傷ついたような表情になった。


(どうしてあなたがそんな傷ついた顔をするの! 傷ついたのは、わたしの方なのに…!)


「エレン…俺が悪かった。だから機嫌を直してくれないか」

「悪かった…悪かったですって? それで謝ったつもりなの?」

「エレン…俺の話を聞いてくれないか?」

「あなたの話なんて、聞きたくもないわ!」


 キッとロバートを睨みつけるが、その目にはまた涙が滲んでしまった。

 これではきっと迫力も半減してしまっているだろう。だけど、涙を堪えることはできなかった。


「あなたはいつもそう。期待させるようなことばかりして、人の気持ちなんて知らんぷり。わたしがどれほど傷ついているか、考えたことはある? 夜会でひとりぼっちになって、どれだけわたしが惨めな思いをしているか、知っている?」

「…それは…」

「もう、あなたに振り回されるのはうんざり! わたしに関わらないで!」

「エレン…」


 ロバートが本当に傷ついた顔をし、エレンは言い過ぎた、と後悔した。

 カッとなって口から出た言葉だった。だけど、それは全部本心からの言葉ではなかった。


(どうして…わたしはいつもそうなの…? 可愛くないことばかり言って…これではロブに呆れられてしまう…ううん、もう飽きられているにちがいないわ…)


 エレンは顔を覆った。素直じゃない自分が情けない。

 うんざりと言うのではなく、あなたに構って貰えなくて寂しいと、他の人を見ないで欲しいと、とう言えば良かった。だけどエレンの口から零れるのは可愛くない言葉ばかり。


(消えてなくなってしまいたい…)


「───エレン。顔を見せて」

「…いやよ」


 いやいやと駄々っ子のようにエレンは首を横に振った。

 そんなエレンの腕をロバートは優しく掴み、無理やりに顔を開けた。


「あ…」

「やっと君の顔が見れた」


 そう言って微笑んだロバートの顔は、いつになく優しい。

 あれほど酷いことを言ったのに、どうしてロバートはこんな優しい顔が出来るのだろうか。


「ねえ、エレン。さっきの言葉は全部、嫉妬だと思ってもいいのかな」

「……え…」

「俺によそ見をしてほしくないと、君だけを見てほしいと、そう君が思ってくれているという都合の良い解釈をしてもいい?」

「……」


 ぱくぱくと口を動かし、顔を真っ赤にするエレンにロバートはとても嬉しそうに笑う。


「なにを言わないということは、肯定ということ。そうだろう?」

「あ……あなたって、本当に自惚れやさんね!」

「いいや、そんなことはないさ。俺は君のことに関すると、とても臆病になるんだよ」

「え…?」

「エレン…君はね、俺にとって、とても大切な女の子だよ。他の誰にも代わりはできない、俺の唯一の女の子」

「ロブ…でも、ロブはわたしのこと、妹だと…」

「そう思っていた時もある。だけど、今は違う。俺は君のことが好きだ。異性として、ただ唯一の存在として。俺はこの通り、女性関係の噂が絶えないし、今すぐに君に信じて貰おうとは思っていない。だけど、俺が触れたいと思うのは君だけだ」

「ロ、ブ…」


 ロバートはそう言ってエレンの唇に指で触れた。


「今すぐ君のここを奪ってしまいたい。そういつも俺が思っているなんて、君は知らないだろう?」

「……っ!!」


 にっこりと妖艶に微笑むロバートはエレンの知るロバートではない。

 エレンの知るロバートはもっと意地悪な笑みを浮かべていた。決してこのように微笑む人ではなかったはずだ。


(それとも、わたしが知らなかっただけ…?)


「とにかく、まずは俺の話を聞いてくれないか、エレン。君の誤解を解きたいんだ」


 真剣な表情でそう言ったロバートに、エレンはぼうっとしたまま頷いた。

 そしてロバートは、自身の女性関係の噂が絶えない真相について、エレンに話し出した。




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