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わたしと私の存在理由

シャルムアーテ視点

 





 ヒツキ様は、何度もわたしを愛子として迎え入れてくださった。

 何回も何十回も。


 わたしはヒツキ様に出会う度に、少しずつ自分を思い出します。

 人生を繰り返すたびに、少しずつ思い出していくのです。


 それが何故か、を知ったのは今生。


 ついにわたしは、()がなんだったのか、を思い出しました。


 あまりに陳腐でくだらない内容だったので、ヒツキ様に見つからないように、泣き明かしました。

 今でも油断すれば、涙がこぼれてきます。


 それと共に、ヒツキ様と繰り返してきた時間を、思い返して、わたしは自分を呪いました。

 わたしだけが覚えている、繰り返しを。

 短いときは数年、長い時は十年以上の道のりを何度繰り返したでしょうか?


 ヒツキ様と過ごした蜜月の日々。


 何度、わたしを守ってくださったか。

 何度、わたしのために傷を負われたか。

 何度、わたしを喰らおうとして、躊躇って逆らって己を傷つけられたか。

 何度、わたしを愛してくださったか。

 いつも決して言葉にはして下さらないのに、いつも無条件に甘えさせてくださる。


 今生で、ヒツキ様は英雄ではなく、魔王として君臨しておられます。

 本来の魔王を英雄として倒していない影響か、心を蝕まれてはおらず、正気も失っておられません。


 仕組まれた枠から外れた、初めての展開が、わたしには怖くて仕方ないのです。

 先を読むことができないから。

 このまま、日々が過ぎていくなんて事は思っていません。


 いつかは、いつものように、わたしは勝率ゼロの賭けに負けて、ヒツキ様を送り戻すのでしょう。

 いいえ、思い出したわたしにとって、これはもう賭けですらないのです。


 ただ、同じ道を何度もぐるぐると回っているだけ。

 同じ定めを延々と繰り返しながら。


 わたしに与えられた、二つの選択肢はいつも変わりません。

 それを覆す力も策もないのです。

 だから、選ぶ答えも変わらないまま。


 世界よりもヒツキ様を。

 ヒツキ様だけを。


 わたしは生贄姫の生を繰り返し、ヒツキ様に出会うためだけに生きて、いえ、生かされているのです。


 これが終わりのない悪夢だとしても、わたしにとっては、幸福に満ちた牢獄。

 仕組まれていることだと知っていても、なお。


 何度でも命を捧げられる、そんな愛おしい人に会える、延々と続く繰り返しなのです。




  ◆




 ゆっくりと覚醒しながら、目を開き・・・。

 広い寝台の上で身を起こして、横に誰もいないことに、少しだけ消沈しました。


 今日もヒツキ様は先に起き出して、鍛錬に出向かれた後のようです。


 頼んで甘えて、ようやく一緒の寝台で眠ってくれるようになったのに、ヒツキ様はわたしを女として見てはくださいません。

 頬への口づけ以上は、してくださらない。


 いや、もう誤魔化すのはよそう。

 ヒツキは、()()()と情を交わす危険性を、覚えていなくても、直感的に感じているのだろう。


 わたし()()血肉を喰らい(得れば)魔王へ堕ちる(扉が開く)


 魔王に堕とされる下準備は、すでに彼の肉体に施されている。

 この世に引きずり込まれた時に。


 変化への鍵であるわたしを取り込めば、蝕まれていなくても魔王になる可能性はある。

 わたしは・・・いや、()も元は異界から落ちた命だった・・・?


 元の異界には戻れず、さりとてこの世の一部にもなれず、いつまでも終わりなく彷徨い続ける。

 輪廻に組み込まれ、何度生まれ変わっても、前の人生の記憶を留めてしまう。

 そのせいで、膨大な記憶の重さに負けて、力を暴走させる。


 何千、何万回と続く生。

 ようやく終わったと安堵しても、すぐにまた始まる、生物としての営み。


 生きることに疲れ果てて、この延々と続くループ(繰り返し)を仕組んだのは、()自身だ。

 ()という存在を消す手伝いをさせよう、と()と相性の良い、惹かれあう者を異界より引きずり込んだ。

 それが彼、ヒツキ。


 わたしはその時が来るたびに〝彼の為に〟と、自分の存在を削ってヒツキを元の異界へ戻す。

 その度にわたしは磨り減って、少しずつ弱くなっていく。

 わたしが弱れば、繋がっている()も弱って生き、その存在が少しずつ削れていく。


 これは、とても気の長い自殺だ。

 それを思い出したのは、前生で死ぬ間際。


 わたしの繰り返しを管理しているのは、大元の八割の()

 今、ここで鍵である生贄姫として生きているのは、残り二割のわたし。

 

 ループのたびに、わたしが自身を砂とする事で、()とわたしの存在そのものが摩耗し、少しずつ弱っていく。


 ()の力が弱る事で、封じられている記憶は取り戻しつつあっても、二割のわたしが、八割に勝てはしない。

 過去の()は、神にすら近付き、森羅万象を知り、星々を砕こうとした・・らしい。


 その辺りは、まだよく思い出せない。

 古い記憶になればなるほど、わたしの手元からは遠くなる。


 過去の自分がおかしくなったせいで、今の自分が苦労するなど、馬鹿げてる。

 なぜこんな事をしているのか理解に苦しむ。

 死にたいなら一人で死ねばいいのに。


 何よりも許せないのが、ヒツキを巻き込んだこと。


 ()という存在と、相性が良いというだけの理由で、この世に連れ込まれたヒツキ。

 連れ込まれた際に、()に弄られているせいで、彼はループを覚えていないし、思い出せない。


 彼を解放してあげたくても、わたしには力が足りない。


 策を練ろうにも、()はわたしだ。

 自分の手の内など、知り尽くしているだろう。


 でも、今がその時だという根拠のない直感だけは、強く感じている。

 今生のヒツキは、仕組まれた大筋をあまりにも大きく逸脱している。


 ヒツキを繰り返しから解放してあげたい。


 わたしの中にある、ヒツキを取り込むために設定された〝愛したい、愛されたい〟という願いは、いつしか、彼の幸福を願うものへと変わった。

 何十回も同じ生を繰り返す途中で、塗り替えた。


 この想いはとても自然である気がして、わたしは微笑む。


 きっと、八割の()よりも、わたしの方が幸せだ、と。

 ()は消滅を願っているけれど。

 わたしは愛されて愛することを、知ったのだから。



 

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