20年目の結婚記念日
夕日が差し込む病棟の一室。
40歳ほどの男は、ベッドに眠っていた。酸素マスクなどがつながれ、どうやらもう長くもたないらしい。
今や生の証となったモニターの音が、機械的に流れている。そこで、意識があるかもわからない男へ向けて手紙を読み聞かせている者がいた。
『……俺の初恋は中学生の頃だったっけな。
俺は、自分で言うのもなんだが、賢かったと思う。努力こそ嫌いだったが、小学生のまだ純粋だった頃の勉強と、親からもらった遺伝子で、その賢さを成り立たせていた。
確か、250人ほどいる学年で3位だったはずだ。しかし俺は少し人付き合いが上手ではなかった。
小学生の頃はまだ何とかなっていたのだが、周囲の思考力も長けてくる中学生になっては、俺は少し妬まれる存在となっていった。
俺はやがて友達を失っていった。それが中学3年生の話だったな。
少し遡るが、中学2年生の時だ。まだ仲良しが何人かいた時に出会った女の子がいた。その当時はなんとも思わなかったが、その子と遊ぶ機会は自然と増えた。
小学生の頃から仲良しだった女の子がいたのだが、その仲良しになっていたからだ。
俺は、いつからかその子を好きになっていた。気が付いたのは3年の夏だった気がする。
よくメールのやり取りをしていたのだが、それが少し間が開くと、心にぽっかり穴があくように感じるのだ。
その女の子が、他の男の子と話してると、なんだかモヤモヤするのだ。
母親からそれはヤキモチだと教えられた。初めてヤキモチを感じたのだ。
俺は5月から不登校になっていたな。しかし何も寂しくなかったし、特に死のうなどとは思わなかった。
俺の心を支えてくれていたのはその女の子だった。後々になって気付いた。
その子は何も意識してないようにしていたが、どのみち俺は助けられていたのだ。
俺は受験には成功した。しかしその女の子とは違う高校になった。
──卒業式。俺は初めての告白をした。
結果はダメだったな。
後々聞いた話だが、俺が好きな気持ちは相手は感じ取っていなかったらしい。周りにはスケスケだったらしいが。
そして俺は高校生になった。その子とは、その夏のその子の誕生日にラインをした。久しぶりだった。そこから続く会話は楽しくて仕方がなかった。
高校2年生になった。俺には彼女が出来た。けど、すぐに別れた。単に相性が合わなかったからだ。
俺は別れてから、その行為をひどく後悔した。俺の心は、まだ初恋相手から離れていなかったのだ。俺は、他の子を好きになることに罪悪感を感じて、それ以来彼女を作ろうとはしなくなった。好きな子も作ろうとはしなかった。好きになりそうな時は、自分に言い聞かせた。
別れてから数ヶ月。ついに、その女の子に彼氏ができたのだ。
悔しかった。悔しくてたまらなかった。だが、俺も振られた身だ。初めは頑張って気持ちを割り切った。
2ヶ月後、俺の心は空虚と化していた。
やはり俺は割り切れていなかったのだ。
年が明けると、年始の挨拶が飛んできた。少し驚いた。そこからまた会話が弾んだ。やはり、とても楽しいものだった。
半年後、その女の子は彼氏と別れた。喜んではいけないが、喜んでしまった。
一年経って衝撃の事実を知ることとなった。
なんと、その女の子と大学が同じになったのだ。行ってから知った。ものすごいイタズラだった。神様も手の込んだことをしてくれたものだ。
俺は、また仲良くなった。俺も変わっていたし、向こうも変わっていた。とても楽しい日々を送ったのだ。
いつしか俺達は付き合うこととなった。一度は振られたのだが、ついに念願の彼氏となったのだ。
とても楽しかった。夏は海に行ったし、2人で映画も見に行った。
俺は、いつか言いたいことがあった。
俺のことを救ってくれてありがとう、と。
彼女は何も考えていなかったのかもしれない。でも、俺は確かに救われたのだ。あの時彼女と触れ合えたから、俺は今ここに俺として、居る。
長い前置きだったな。
俺がこの手紙を書いたのは、いつまでもこの気持ちを忘れて欲しくなかったからだ。
今話すのは違う気がするんだよな。勝手な話だが。
だから、俺は20年後の俺に、この気持ちを託す。
………。
………………………。』
手紙を読んでいたその女は泣いていた。
手紙はしわくちゃになっている。
嗚咽が出るほどに涙を流しながら、女は黙って男の手を握った。
病室には、女が涙を流す声だけが響いていた。
ただ、ただ、涙が流れている。
『もし、もしも俺のプロポーズが成功して、20年後も一緒に居るのなら。20年の結婚記念日を迎えているならば、俺の代わりに言ってくれ。
ありがとう、と。
まあ、20年後の俺なら結果は知ってるだろうけど…成功することを祈っててくれ
──行ってきます。』