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ちょきんさんがゆく。  作者: おっふぅとぅん
2/6

01 警邏の男たち

雨がしとしとと街を覆っていた。

こんな日の街は人の往来が最小限になり、道々に商品を広げていた露店商が消える。

この雨が降ってもう3日になった。

時期的なものなので昔よりの住人は食料の溜めこみをしており、屋内に引きこもっていた。

たまに外へ走り出る者は新しく街に住み始めた者か、一時的に立ち寄った者たちなのだろう。

肉屋の戸を叩くもの、八百屋の戸を叩く者がフードをかぶって走り出す。

そんな中。


「キャアアアアアアアアアッ」


赤黒い染みを雨で拡散された路地の中央に、女の悲鳴が響き渡った。




警邏の男は疲れていた。

この時期の外回り担当に当たってしまった事にぐちぐちと文句を垂れながらフードを目深くかぶって建物を沿い雨の中を足早に歩いていた。

この憂鬱な街一周が終われば花街でしっぽりしようと決意してなんとか歩を進める。

あの店のあの子は可愛かった。あの店はハズレ、あの店は……等と仕事とは関係のない事を延々と考えてやっとこさ一周を終えて駐屯所に入り込む。

フードを払うと、水の重さが背中に打ち付けられた。


「ううぅ、さみい。おおい!戻ったぞお!」


大声を出してマントを外す。搾ると防水加工が取れるため、ポタポタを滴るままにハンガーにかけた。


「んん?誰もいねえのか?おおい!」


何度か呼びかけると、カタッと奥から物音がする。なんだ、いるんじゃないか。


「おい、いるんなら返事をしろよ。」


冷えた体と外回りのストレスでイライラしながら文句を言えば、奥から出てきたのは最近入ってきた新人。


「す、すみません。ミーツさん、外回りお疲れ様です。」

「おう。ライルはどこいった?今日はここで待機だっただろ。」


小柄で赤錆びた色合いの髪が特徴のニコロは誰かに頼まれると強く否定出来ない性格をしている。

確か昨日は夜番だったなぁと他人事に思い出せば目元にうっすらと隈が出来ているのを発見した。恐らく昨日からまともに寝ていないのだろう。今日の待機も誰かに押し付けられたようだ。まあ俺には関係がないけど。

しかし真面目が取り柄のライルが今日の仕事を新人に押し付けてサボるとは考えられず、確認を取れば「ライルさんは今対応で外に行っています。」と返され、何か問題があった事を察した。


「何処だ?」

「花街側の住宅地です。路地裏で男が倒れていたらしいですよ。」

「いつもの事じゃないか。あいつも律儀に仕事するなあ。誰かが引きずってくるのを待ってりゃいいのに。」


そう呟くとニコロは苦笑し「そうですね」という言葉で返してくる。

はあぁ、と盛大に溜息を吐いて椅子に座ると「酒」と新人に催促した。

冷えた体には酒が必要だ。ニコロに急かして持ってくるように頼む。

新人が中に引っ込んだ時戸を叩く音が聞こえた。


「今戻った。」


フードを払いながら屈強な体を濡れたマントで包んだライルが部屋に入ってくる。

普段から厳めしい顔を更に険しくさせているところを見るに、何か不都合でもあったのだろうか。


「よおライル。男前が上がってるな。現場で何かあったのか?」

「外回りお疲れミーツ。……現場が酷かった。」

「あー……そりゃご愁傷さん。」


恐らく大変な仕事だったのだろうそれを想像し、苦労を労うとライルは本当に大変だったのか顔を顰めて顔に影を落とす。


「ミーツ」


何かの感情を抑えたようなその声は何故だかこの室内によく響き、俺は酒を持ってくるニコロの方に向けていた顔を直した。


「……何年か前に、女が男の大事なヤツを切った事件を覚えているか。」

「……ああ、ありゃあひでえ事件だった。ここの街の警邏で覚えてねえ奴なんかいねえよ。」

「?どんな事件だったんですか?」


嫌な事を思い出した、と不快感に顔を顰めた俺と違い、詳細を知らない新人は気になったのか尋ねてくる。

それに答えようかどうか考えていると、ライルが話し始めた。


「ニコロは知らないか。あれは凄惨な事件だった。あのとき担当した奴らは今でも夢に見る。」


担当したのは自分だと言いたくないようだ。

ニコロは更にに知りたくなったのか、向上心の高い眼差しを向けて「聞いてもいいですか?」と年相応な目をライルに向ける、奴は頷いた。


「ある所に女遊びの酷い男がいた。

毎晩のように花街に通って散財していたが、男には既に嫁がいた。

嫁は針子の仕事をして家の維持に使い、両親に仕送りもするような生活をしていた。

自分には最小限の金を使って生きていた為か、やせ細っていてな。それで更に男は家から離れて行った。


……男の心が徐々に嫁から離れて行ったのに最初の内は嫁も我慢していたんだ。嫁にはまだ子どもがいなかった。だが男だって子どもが欲しくなったら神様と自分に契っている自分に子どもを作るだろうと信じて、そうして我慢している内に、男が遂に家にも帰ってこなくなった。

これは何かあったのかと心配になった女は仕事の途中に心配になって飛び出した。飛び出して走り回っている時に見ちまったんだ、男が女の家から出てきた所をな。」


ゴクリ、とニコロの喉が鳴る。


「嫁だってどっかの誰かと男がそういうことをしているのは判っていた。だからここで自分が現場を見た事はなかった事にしようと物陰に隠れた。だがやっぱり気になって物陰からそっと覗いてしまった。……そして気づいた。」


無意識にニコロの肩に力が入った。


「女は嫁の知らない女じゃなかった。仕事仲間の娘だった。男は娘から離れて酒場かどこかに行こうとしたんだろう。たまたまあまり人の通らない道を歩いた。後ろには嫁がついていた。人が全く通らなくなった時、嫁の我慢は限界になった。男を後ろから襲い、一緒に倒れた後暴れる男の目に持ってきてしまっていた裁縫道具を刺した。」

「ぅわ……」

「刺したところで男は痛みに叫んで悶えた。だがここで女は恐ろしい手に出た。……男の急所を足で潰し、もんどりうっている間に切り落とした。」

「な、何を……」

「ナニをだ。」

「うわあ」


真っ青な顔になって股間を手で押さえるニコロ。俺も思い出して少し足をぎゅっとする。ライルは顔を手で覆い、もう片手で腹を抑えた。


「女は罵声を浴びせた。花街の女だったら我慢も出来た、だが仕事仲間の娘に手を出すなどこの恥知らず、仕事仲間にもう顔向けが出来ない。なんて言って仕事仲間と神に謝罪しながら男の体を滅多刺しにし、もうその時には集まっていた野次馬に抑えられた。その間に男が死んだことに誰かが騒いだ。嫁はそれを聞いて笑った。抑えている男たちが怯むくらい壮絶な笑いだったそうだ。緩んだ手から逃れた女は……」

「に、逃げたんですか」

「その場で自害した。」


しん、と静まり返る。ライルはこれで話が終わった、とばかりに酒に口をつけ、最後に「これを教訓にして女遊びはほどほどにするように嫁持ちの警邏の間では有名だ。」と告げた。


「……でよ、その話がなんか関係あるのか?」


俺は股間の痛くなるような話が聞きたいわけじゃないんだぜ、とライルを見ると先ほどまで流暢に喋って酒を飲んだとは思えない程顔を青くして口元にあるコップがガタガタと震えて落ちる。

頬杖に額を乗せた。


「……出たんだ。」

「ッヒ!?」

「おいおい、まさかその女の幽霊が出たとでもいうつもりかよ!」


流石にふざけすぎた話に突っ込むとライルは軽く顔をふり、視線をこちらに向けてきた。


「プレイキラー……噂の男殺しがこの街にきたんだ。」


雨は一層激しく建物を打った。


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