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インセイン(リライト資料用)  作者: 森内カンナ
6/15

デート?

遅番で仕事を終えて帰宅すると家に着くのは21時半を過ぎる。そんな時間から洗濯機を回せば、古いアパートのこと、隣近所に迷惑になるので洗濯をするのは早番の日か休日になる。

「ハンカチ、返せるのいつになるかな」

今日の昼礼の直前に駆け込み出勤した萌香に坂下が貸してくれたハンカチ。

「とりあえず、明日休みだからお洗濯は明日ということで」

いつも通り独り言で呟く。

「汗もかいたし、シャワー使うか」

一人暮らしの気楽さで、服を全て脱ぎ捨て脱衣籠に放り込むとそのまま浴室へ向かう。


シャワーを使い終えるとペーパードリップで丁寧にコーヒーを淹れる。宵っ張りの萌香は夜にコーヒーを飲んだからといって眠れなくなるということはない。

一目惚れで買った碧が美しいジェンガラのマグにコーヒーを注ぐと濡れた髪もそのままにソファに腰を下ろして本を読み始める。

つい興がのってしまい止めるタイミングを逃すのはいつものこと、その日も気づけばいつの間にか深夜1時を過ぎていた。

マグを洗い、歯を磨く。髪はもうすっかり乾いていた。

ベッドに潜り込むと小さく伸びをする。濃く淹れたコーヒーも眠気は妨げない。

ひとつあくびをすると穏やかに意識はフェイドアウトしていった。


昼過ぎ、同僚からのメールで目を覚ます。

坂下が萌香の連絡先を知りたがっているが教えても構わないか、というものだった。にやにや顔の絵文字付きだ。

「妙のやつ」

苦笑しながら問題ない旨返信する。

岡村妙、おそらく萌香の勤めるセンター内で一番の情報通だ。先日カフェでの雑談で坂下に関する情報をくれたのも彼女だ。

「さて、洗濯するか」

着ていたパジャマもそのまま洗濯機に放り込み、部屋着に着替える。

いつも通りコーヒーを淹れ、何もつけないバゲットをそのまま齧り簡単にブランチを済ませる。美味しいバゲットには何もつけないで食べた方が旨いというのが萌香の持論だ。

洗濯が終わり洗濯物を干すとPCを立ち上げる。大好きな猫関連のブログを巡回していると時間が経つのを忘れてしまう。

知らないアドレスからメールが着て、もう夕方になっていたことに気付く。

怪訝に思いながらメールをチェックする。

「あ、そっか」

坂下だった。岡村にアドレスを聴いたこと、今日は早番だが業務後会えないかということ。

「これって、デートのお誘い?」

ごく当たり前なデートなんて、そういえば経験ないんだった。気づいて軽くパニックになる。

以前出会い系サイトに登録して以来、サイト経由でやり取りした男となら何回か会ったことはある。しかしそれはデートなどという甘酸っぱいものではなく肉欲そのものだったので萌香は何も考えずお人形になっていればよかった。

でも、これは。

ハンカチを返すだけだったら会社で会った時で構わないだろうし、その他坂下と特に接点がない自分にわざわざ連絡を寄こして会いたいと言ってくるのだからこれは誘われていると判断しても自意識過剰にはならないはずだ。

戸惑いながらそう判断した萌香は了解した旨返信する。

坂下からの返信はなかなか来なかった。コールセンターでは通常、業務中に携帯電話を自席に持ち込むことが禁止されている。情報漏洩防止の為だ。

さっきのメールは休憩時間にくれたのだろう。


洗濯物を取り込むと坂下から借りたハンカチにアイロンをかける。

早番の業務が終わる18時を数分過ぎた頃に坂下からのメールが着た。一旦帰宅して車で迎えにくるという。

メールで住所を知らせ、時間が遅くなりそうなので坂下が来るまでの間に軽く夕食を摂り、シャワーを済ませる。

いつもより少しメイクに念を入れる。

夏場でも夜になれば札幌は冷える。踝まであるマキシ丈の黒いふんわりしたワンピースに臙脂色のカーディガンを合わせる。足元は華奢なヒールが気に入っている黒いがキラキラと光沢のある布地が貼られたパンプスにした。


20時近くになって、坂下から近くまで着たことを知らせるメールが入る。

身支度に漏れがないことを確認して部屋を出る。

坂下の車はすぐに分かった。可愛らしいコンパクトカーだ。目があったので軽く手を振る。車が萌香の前に止まった。

ドアを開けようと降りかける坂下を制して、萌香は助手席に乗り込む。

「お疲れ様」

声が重なって二人とも軽く笑う。会社外で会う坂下は濃紺のジャケットにスマートなパンツを合わせていて、普段より大人びて見える。

「ハンカチ、ありがとう」

アイロンがけしたハンカチを坂下に返す。

「あぁ、いつでもよかったのに。ありがとう」

坂下は微笑みながらハンカチをポケットにしまう。

「じゃ、行こうか」

車を走らせて坂下が訊く。

「明日は?」

「遅番」

シフトのことだとすぐに分かったのでそう答える。

「じゃ、ちょっと遅くなっても大丈夫だね」

「どこに行くの?」

「内緒」

「えー、変なところじゃないよね」

「ふふ。内緒」

なんだろう、これってカップルの会話?こういうのって悪くない。


しばらく車を走らせていると徐々に坂道になり、森が見えてきた。駐車場も見えてくる。

どうやら公園のようだ。坂下は駐車場をひとつ通り過ぎ、奥にあるもうひとつの駐車場に車を停めた。

「初めて?旭山記念公園」

「あ、ここがそうなんだ」

札幌のいくつかある夜景スポットでも旭山記念公園は有名どころなので名前は知っている。

「うん、名前は知っているけど着たのは初めて」

「坂になってるから、足元気をつけて」

坂下に従い公園内へ足を踏み入れる。最初は軽い登り坂だったが広場へ出ると階段上になっており、下っていくと噴水があった。

そしてその噴水の向こう。

何にも遮られずにたくさんの光に溢れた札幌の夜景が広がっていた。

初めての景色に軽く息を飲む。そして坂下を見ると嬉しそうに萌香を見ていた。

「綺麗だね」

初めて経験する普通のデートと思われるこの状況で、ごくありきたりな言葉しか出てこないのが悔しい。

しかし公園から見る夜景は掛け値なしに綺麗だった。

「うん、綺麗だね」

坂下も満足そうに返す。

しばらく黙ったまま並んで立ち夜景を見る。

「そろそろ冷えてきたね。帰ろうか」

坂下に促され頷いた萌香は一度だけ振り返り再度夜景を見てから車へ戻った。


帰宅すると23時を大きく過ぎていた。

「ありがとう、すごく楽しかった」

「こちらこそ。付き合ってくれてありがとう。じゃ、また」

手を振って坂下は車を出した。

「じゃ、また、か」

単に会社で会うからか、それともまた。

「どっちなのかな」

呟いて部屋の鍵を開ける。

「ただいま」

部屋の灯りは点いていた。

「点けたままだったか」

バッグをソファに置き、部屋着に着替えるとメイクを落とす。

「さて、寝るか」

ベッドへ潜り込んで小さく伸びをする。

どうやらデートだったらしきもの、綺麗な夜景、坂下のスマートな姿。目を閉じてもそれらを断片的に思い出し胸が甘酸っぱく高鳴る。

眠気はなかなか訪れてくれなかった。


翌日のランチで岡村は好奇心を隠そうともせずにやにやしながら萌香の向かいに座った。ランチといっても遅番の場合実質夕食になる。

「で?」

まわり道はせずストレートに切り込んでくる。

「旭山記念公園行って夜景見た」

萌香も素直に答える。

「なに、急展開じゃない?接点ゼロだったのにいきなりドライブデートですか」

萌香自身も戸惑っていたので、ちょっと顔が赤くなる。

「恋する乙女って感じねー、いつもクールで近づきがたいあんたが」

ぶほっと乙女らしからず茶にむせ、恨めしそうに岡村を睨めつける。

「おー、怖い怖い。そのほうがあんたらしいわ」

岡村には敵わない。

「あれってやっぱりデートだよね?」

「なんじゃない?」

一昨日の出勤時の出来事と昨日のデートをつまみにランチを済ませると互いに業務へと戻っていった。

拙作をお読みくださりありがとうございます。

積極的に感想や評価を頂けると幸いです。

どうぞよろしくお願いします。

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