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インセイン(リライト資料用)  作者: 森内カンナ
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賽は投げられた

今回入ってきた新人の男の子にちょっと好みの人がいた。線が細く中性的で色が白い。

名前は坂下というらしい。

研修後しばらくは萌香たちと同様に電話対応をしていたが、いつの間にか事務処理チームに移っていた。元々そちらが希望だったらしい。

それは先日カフェで同僚とのおしゃべりから拾った情報だった。

チームが違うとなかなか接点が持てない。気にはなっていたが積極的にアプローチするつもりはなかった。

恋愛に興味がないわけではないが、自分が誰かと付き合って幸せになることなど想像したこともなかった。

親からもらった身体は大事にしましょう。そんなありきたりの言葉が脳内でリフレインする。

「もう私の身体はたぶん大事なものじゃなくなってるよ」

ひとり呟く。


先日登録した出会い系サイトのユーザページはブックマークしておいたので、休みの日の午後思い出して開いてみた。

たくさんの書き込みを見て要領は掴めたと思う。直接的な書き込みをするとサイト管理者に書き込みを削除されてしまうようなので、サイトでよく使われている用語を織り交ぜて書き込んでみる。

反応は早かった。すぐに数通のメールが来る。

相手のプロフィールページを見て、それなりにちゃんと書いてある相手を選んで返信してみた。相手の返信は思いのほか丁寧で安心感を抱かせる。

何回かやり取りをした後、会う日時を決めた。地下鉄すすきの駅改札前で今日の午後7時。

お互い目印になるよう服装や持ち物、外見の特徴を伝える。

萌香はやや栗色がかった黒髪のロングストレート、グレーのワンピースにキャスキッドソンのサドルバッグ。

男はグレーのスーツ、ビジネスバッグ、ドラマでよく見かける有名な脇役俳優にちょっと似ているという。


時間通りに指定の場所について萌香はあたりを伺う。ここもやはり待合せ場所としてはメジャーな為人が多い。

何回か周囲を見回すと男と目が合った。確かに某脇役俳優に似ている中年男性だ。相手も萌香に気付いたらしい。

「カンナさん?」

黙って頷く。緊張のあまり声が出ない。

「思ってたより可愛い子が来てくれて嬉しいよ。行こうか」

エスコートするように自然に手を繋がれ、地上に出る。男はすぐにタクシーを捕まえて方向を指示する。

車はすすきのの奥、使用目的がほぼ特定されている宿泊施設がある地域へ入っていく。適当なところで車を止め料金を払うと男と萌香は車を降りた。

手を繋いだまま宿泊施設へと入っていく。

部屋を選び、エレベーターに乗る。選んだ部屋の番号ランプが点滅している。

ドアを開け男は萌香を先に部屋に入れた。続けて男も入ってくる。

靴を脱ぎ、初めて入る宿泊施設内を観察する。大きなベッドが中央に据えられている。

ここがトイレ、あ、お風呂場もある、アメニティもすごく豊富だ、とちょっと楽しくなってきて室内を探索する萌香を男は珍しそうに観察する。

「出会い系サイトってよく使うの?」

男が質問する。

「ううん、初めて」

素直に答える。

「そっか」

男は頷くと萌香を背後から抱き寄せる。身体を固くする萌香の反応を楽しむように男はうなじにキスをする。

「シャワー一緒に使おう」

そう言って萌香の服を脱がせた男は自分もすぐに服を脱ぎ萌香を浴室へ連れて行った。


これはお人形遊びだ。萌香は心の中で呟く。

私はこの男の欲望を満たすためのただの人形。そう思うと緊張が解けた。

でも心のどこかが疼く。これはいけないことだ。

親からもらった身体は大事にしましょう。

バカだ。もうとっくにこの身体は大事にする価値を失っている。

そのまま萌香は男に身体を預けた。


「初めてだったんだね。俺でよかったの?」

身体の中心が疼くようにまだ痛んでいるが、黙って頷いた。

腕枕の中で小さくなる萌香の髪を男は静かに撫で続けた。しばらく呟くように雑談をした後、今度は別々にシャワーを使い身支度を整える。

「これ、約束の」

男が”お小遣い”を差し出す。

「ありがと」

受け取った萌香は、なんとなく自分の財布にそのまま入れる気にはなれずむき身のままバッグにしまった。

宿泊施設を出て今度はすすきの駅まで手を繋いで歩いた。男とはそこで別れた。

決定的に自分を汚し切ったことが悲しく思えないのが不思議だった。


そういえば夕食を摂っていなかった。

自宅最寄り駅近くのコンビニに入って適当に物色する。ペットボトルのお茶、ネギトロのおにぎり、唐揚げ、エクレア。お腹に入ればなんでも良かった。

「ただいま」

誰も応えないことはわかっていても必ず言う。日が長いとはいえもう外は真っ暗だ。

カーテンを閉めて灯りを点ける。青白い蛍光灯がいつも通りビーンズテーブルとラブソファを照らす。

テレビを付け、コンビニ袋を開ける。

ひどく喉が渇いていた。お茶のペットボトルを開けごくごくと飲む。

あまりお腹が空いている気はしなかったが買ってきたものを機械的に口に運ぶ。

エクレアを食べ終わるとチョコレートが指についていた。いつもなら手を洗うが、なんとなく今日は指に付いたチョコレートを舐めとる。

指を舐める行為はどことなく後ろめたさを感じさせた。


宿泊施設ですでにシャワーは使っていたが、身に付いた匂いが気に入らなくて改めてシャワーを使う。

今日の全ての痕跡を拭うように時間をかけ丹念に体を洗う。

シャワーを頭上から浴びたまま、萌香はしばらくそのままぼんやりしていた。

「明日、遅番だ」

呟くとシャワーを止めて浴室を出た。歯を磨き、髪を乾かす。

ベッドにもぐりこみ小さく伸びをする。横になり身体を丸めるとまだ身体の中心が疼くように軽く痛んでいた。

目を瞑り深く息をつく。思いのほか眠りはすぐに訪れた。

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