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インセイン(リライト資料用)  作者: 森内カンナ
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ポケットティッシュ

街を歩いているとやる気のなさそうな若い男が、それでも明らかに相手を選びながらポケットティッシュを配っていた。ターゲットは女性のようだ。

何のティッシュかは知らないがティッシュはもらっても困らないので萌香もティッシュを受け取る。派手派手しい広告だな、それだけ認識してバッグにしまう。

仕事はシフト制なので休みも平日になりがちな為、自然と遊ぶ相手も職場の気の合う人間になる。今日は以前からチェックしていたカフェに休みが一緒になった同僚と行くことにしていた。

何故かヒロシ前と呼ばれている地下街の待合せ場所には時間通りに着いた。待合せに良く使われる場所なのであちこちに人待ち顔の男女がいる。

同僚を見つけて声をかける。

「おつかれー」

職場の仲間とは会社外で会う時もなんとなく挨拶はこうなる。相手も当たり前のように「おつかれー」と返す。

「じゃ、行こうか」

「萌の見つけるカフェって外れないんだよね。楽しみー」

「や、ちょっとハードルあげないでよ」

「大丈夫大丈夫、期待してるよー」

目当てのカフェはテレビ塔の近くなので地上に出て話しながら歩く。クレーマーを撃退した自慢話や、ムカつく上司の愚痴。罪のない憂さ晴らしだ。

目当てのカフェはちょっと路地に入ったところにあり、白い漆喰の塀と年季の入っていそうな木製の階段が落ち着いた雰囲気を作っていた。

階段を上り木製のドアノブが着いたステンドグラスの嵌ったドアを開く。少し薄暗い店内は外観同様落ち着いた雰囲気だ。

「お好きな席へどうぞ」

やや年配の女性店員が感じ良く微笑みながら促す。軽く会釈して店の奥へ入ってみる。

椅子に座ると先ほどの女性店員が水を注いだグラスを二つ置く。

「お決まりになったらお声がけ下さい」

また微笑んで店員は立ち去る。

グラスの水に口をつける。ほのかなレモンの風味が心地よい。

「やっぱりいいお店じゃない?」

萌香と同様に水に口をつけた同僚が目で笑う。萌香も頷いてにんまりする。

「ここ、チーズケーキが美味しいんだって。でもね、プリンも美味しいらしくて。迷うわー、両方食べたい」

「あれ、萌香ダイエット中じゃないの?」

同僚がからかうように笑含みの声を上げる。

「うー、それはそうなんだけど」

結局、萌香はチーズケーキ、同僚がプリンを頼み一口ずつ交換することで罪悪感に蓋をする。

飲み物は二人ともコーヒー。ネルドリップで丁寧に淹れられたコーヒーはコクはあるが軽やかな後味でチーズケーキに合った。

甘いものとコーヒーで話は弾む。最近使っているコスメ、旅行に行くならどこに行きたいか、また新人が研修中に辞めたこと。

「そういえば坂下君、最近事務処理チームに移ったんだってね」

「あー、ちょっと線が細くて色白な人」

「そうそう、萌、まだ話したことないんだっけ?ああいう人、好みでしょ?」

付き合いの長い同僚の目はごまかせない。確かにいかにも男らしい、という男性より柔和で中性的な男性のほうが好みで坂下はビンゴだ。

「うん、もろ好み。だけどまだ接点なくてね」

「そっか」


その日は甘いものとコーヒーと雑談を十分に楽しんで解散した。

自宅までは街中から地下鉄で3駅、駅近くに遅くまで営業している大手スーパーがあるので便利だ。

駅近のそのスーパーで夕食の買出しをして帰途に着く。

安さと広さだけが取り柄の古いアパート。自分で鍵を開ける。

「ただいま」

誰も応えないことはわかっていても必ず言う。外はまだやや明るいがカーテンを閉め灯りを点ける。

青白い蛍光灯がビーンズテーブルとラブソファを照らす。アウトレットで買ったラブソファには好みの濃紺のカバーをかけてある。

ビーンズテーブルに買い物袋を、バッグをソファに置き部屋着に着替える。

基本、食事は自炊だ。毎回外食出来るほど給料は良くはない。

それなりに健康に気を遣って雑穀ご飯の素を混ぜ炊飯器をセットする。

今日のメニューは豚汁、トマトと胡瓜のサラダ、雑穀ご飯。今の時期はトマトも高くないのでよく食べる。

撮り溜めていた海外ドラマを見ながらゆっくりと夕食を楽しむ。お昼にチーズケーキを食べたので、今日は食後のデザートは諦める。

食器類を洗い終えるとペーパードリップで丁寧にコーヒーを淹れ、碧が美しいジェンガラのマグに注ぐ。

ソファに腰をかけ、ドラマの続きを観る。わずかな証拠を科学的に分析し犯人を追い詰めていく警察物だ。

ふと、ソファに置いてあったバッグから覗くけばけばしい色合いに目がいく。街中でもらったポケットティッシュだ。

「そういえばこれ、なんのティッシュだろ」

一人暮しをしてからつい独り言が増えた。

バッグからティッシュを取り出してよく見てみる。

「出会い系サイトってヤツか」

大学時代に友人の友人が利用していると聞いてなんとなく知ってはいたものの、積極的に自分からそんなサイトを探して使ってみる気はしなかったのでそれっきりだった。

「女性は無料、ふーん」

ちょうどドラマが終わったので、そのまましばらくポケットティッシュを眺める。


それは、ほんの気まぐれだった。

恋愛に興味がないと言えば嘘になるが、かといって積極的に出会いを求めていたわけでもない。一人暮しを始めて半年、独りでいられる気楽さが気に入っている。

「どうせヒマだし」

呟くと手元のスマホでティッシュに書かれているQRコードを読み込みサイトにアクセスする。女性用のリンクからサイトに入るとユーザ登録画面になる。

ニックネームや年代、血液型、趣味、サイトの利用目的など項目はかなりあった。

「ニックネームか。こんなのまさか、本名入れる人なんていないよね」

あえて自分が普段使うようなニックネームとは違うものを考えてみる。

カンナ。

奈が付く名前って可愛いよな、と昔から思っていたので奈がついて響きが可愛い名前にしよう。それだけで深い理由はないがなんとなく気に入ったので名前はカンナで登録した。

登録には10分くらいかかった。登録が終わると早速掲示板を見てみる。

掲示板には純粋に出会いを求める掲示板と、セックス目的の相手を探すアダルト掲示板の二種類があった。『援助交際』に関するニュースの特集を最近見たことがあったので、ふと興味が湧きアダルト掲示板を見てみる。

穂別荷、ゴム有り。ノーマル。中には金銭なしで純粋にセックスを楽しみたいというものもあったが、そういうものは明らかに閲覧数が少ない。お小遣いという名目の金銭提供を示唆する書き込みがかなりの割合を占めていた。

胸がざわつく。大学時代の友人はたかだか二万やそこらで知らない男と寝るなんてとんでもないと鼻で笑っていた。

親からもらった体は大事にしましょう。そんなありきたりの言葉が脳裏をよぎって、何故か笑えた。

「私の体なんて、大事にする価値あるのかな」

そのまましばらく掲示板を見ていたらかなり遅くなってしまった。明日は通し勤務だ。

急いでシャワーを浴び、髪を乾かすとベッドで伸びをする。いつもは速やかに訪れる眠気が、今夜は妙に胸がざわついてなかなか寝付けなかった。


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