金曜、夜
約束の金曜日。前回会った際に携帯の連絡先は交換しておいた。今回の待ち合わせ場所は地下のヒロシ前だ。
萌香は早番で仕事を終えヒロシ前に向かう。
ヒロシ前は定番の待ち合わせ場所なので、金曜日の夜には人待ち顔の男女が多数いる。周辺を確認するが真田はまだ来ていない。
待ち合わせには少し早かったのでそのまま待つことにする。
5分ほど経ってから真田が現れた。萌香を探しているのかきょろきょろと辺りを見まわしている。
真田のいるほうへ歩き軽く手を挙げるとそれに気づいた真田が笑顔で近づいてくる。なんて心休まる笑顔なんだろう。
「ごめんね、待たせちゃったかな」
「大丈夫です、私も来たばかりだから」
「写真持ってきたんだけど、どうせだから一緒に夕食いかがですか?」
密かに期待した展開に萌香は嬉しくなる。
「いいですね」
「俺、行ってみたい店があるんですけど、萌香さん何か食べられないものとかありますか?」
「いえ、多分大体大丈夫です」
「良かった。じゃ、行きましょうか」
そのままさっぽろ地下街に入っていき、とある商業ビルから地上に出て東に向かう。真田がマップを見ながら歩いていくので萌香はそのまま付いていく。
しばらく歩いて小さなビルの前で真田は立ち止まった。
「えっと、このビルの2階ですね」
ドアを開いてくれたので好意に甘え先に入り階段を上る。
「そのまま突き当りです」
真田の声に従い通路の突き当りまで行くと一つの飲食店がある。ドアを開けて入ってみると意外と広い。
テーブル席とカウンター席があったが、二人はテーブル席に通された。ピークタイムにはまだ早いのか、店内は割合空いている。
「ここ、リゾット専門店なんですよ。女の人ってこういうの好きかと思って」
テーブルに置かれたメニューを開くと何十種類というリゾットのメニューがあり、とてもじゃないが選びきれない。
結局真田と萌香はその日のお勧めメニューを頼む。
注文を取った店員が立ち去ると真田は鞄をごそごそと探り出す。
「これ、お約束の去年の写真です」
池の上の岩に腰かけた自分が少女のようにはにかみながら笑顔をこちらに向けている。
知らなかった。自分がこんな顔で笑えるなんて。
自分を守る為に感情を殺すことを中学生の頃に覚えて以来、いつも感情をコントロールしてきた。それなのに、なんて無防備で素直な笑顔なんだろう。
丁寧にラミネート加工を施してある写真にぽつりと雫が落ちて、萌香は自分が涙をこぼしていることに気付く。
急に涙を流した萌香に真田が慌てふためく。
「え、ど、どうしたんですか。写真、嫌でしたか」
今の感情を言葉にすることが出来ず、萌香はただ首を左右に振る。
慌てながら真田が差し出してくれたティッシュを有難く受け取り慎重に涙を拭う。そして水を飲み気持ちを落ち着ける。
「ごめんなさい、困らせてしまいましたよね」
「いや、俺はいいんですけど。大丈夫ですか?」
「大丈夫です。自分がこんな顔で笑えるって知って嬉しくなっちゃって」
真田が安堵したように笑う。
タイミングを見計らったかのように注文したメニューが届いたので早速スプーンを手に取る。
リゾットは予想以上に熱く、二人とも口に入れた瞬間に顔を見合わせ目を白黒させた。
なんとか飲み込み水を口に含む。
「うまい、けど熱い」
真田が苦笑いを見せる。萌香も笑いながら頷いた。
しばらく黙々とリゾットを食べ続け、ある程度お腹が満たされたところでぽつりぽつりと会話が始まる。
食後には二人ともコーヒーを注文した。
「実はこの間待ち合わせしていたとき、萌香さんがあんまりいい表情しているからつい撮っちゃったんです」
そう言って真田はもう一枚写真を取り出す。それは萌香がベンチに腰掛けて伸びをしている姿を捉えた瞬間だった。
開放的な表情の自分を見て思う。自分は思っているほど感情を殺していないのかもしれない。まだ、感情が生きているのかもしれない。
「すみません、盗み撮りみたいな感じになっちゃって」
上目遣いで萌香を見る真田の表情がおかしくて萌香は吹き出す。
「いいんです、真田さんなら」
真田が照れたように笑う。
店が混んできたのでコーヒーを飲み終わったタイミングで店を出る。
二人はそのまま大通公園まで歩き地下鉄の改札で別れた。
特にまた会う約束はしなかった。
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